褒めると好感度が下がる罠
しかし、この世界では髪の色を簡単に変えられないはずである。
そんな事が出来るなら、黒髪のクロッカス殿下や近い色合いのネイビーが虐げられなかったはずだ。
その疑問に院長は私の髪色を再びピンクに戻しながら答えてくれた。
「これはボクの一族に伝わる秘術なんだ。ボクらの魔力に色がないから出来るみたいでね。この国だとこの容姿は目立って活動しにくいから重宝するよ。大体は髪の色を変えられるくらいなんだけど、ボクは姿形も完璧に別人になれるんだいままで殿下とグレイにしかバレた事がないよ!」
得意げに腕を組んでふんぞりかえる院長。
私は半目になりながら指摘した。
「いや、二人にバレてるじゃないですか」
「あの二人はいいの! 長年一緒だったから、すぐバレちゃうんだよ!」
別人になってもバレるほど一緒にいる時間が長かったのか。
殿下には逐一私の話をするほどの仲みたいだし、グレイ隊長ともこの間の遠慮のない言い合いを見るに親しそうではある。
そこまで考えて、何か違和感を感じた。
しかし違和感の正体に辿り着く前に、院長は物悲しそうな顔で語り始める。
「ボクだって昔は自力で印象を変えようと頑張ったんだよ? でも幾ら鍛えてもグレイみたいに筋肉がつかないし......歳を重ねても殿下みたいに威厳が出るわけでもない......三十路過ぎても可愛いって言われる......」
言いながらドンドン声が沈んでいく。
確かに院長は最初に顔を合わせた時から恐ろしいほど変わってない。
これも妖精の血のデメリットなのだろうか。
いつまでも若く見られるからメリットみたいに感じるけど、院長の場合、色々あったせいで自分の容姿にコンプレックスがあるんだろうな。
容姿を褒めたら好感度が下がるタイプだ。
沈んでいるところで悪いが、私も院長に聞きたい事がある。
忙しい人だし、またいつ会えるかわからないから今の内に聞いておこう。
「院長に聞きたい事があるんです」
「なに? 何でも聞いていいよ」
院長はぱっと顔を上げて笑顔になる。
なので私も笑顔で質問した。
「ジェードの件なんですけどーーー」
「サクラ、今日はもう休んだ方が良いよ。体調が悪いのに長話しちゃってごめんね」
自分が不利な話題になった途端に表情も変えずに話を切り上げようとしてきやがった。
子どもか?
私の元から悪い目つきが更に悪くなるのを感じながら、構わず続ける。
「それと私の部屋に不法侵入した件もーーー」
「その件に関しては殿下にも怒られたから反省してます。ごめんね。きっと多分今度はやらないと思うから許して!」
「そのセリフは絶対にまたやるじゃないですか!」
自分の顔の良さを最大限生かして上目遣いで許しを請うてくる時点でダウトだ。腹が立つくらいに可愛い。
絶対に反省してないな、この男。
そして自分の面にコンプレックスがあるくせにそれを使うのに躊躇いがない。
大人って汚い。
よく考えれば『王の影』のトップ疑惑がある人だったわ。汚い手もお手の物か。
とりあえず今までの鬱憤も含めて一発その顔を殴ろうと拳を固めた途端に、それを察したように院長が指を鳴らした。
その音を聞いただけで、瞼が重くなり体に力が入らなくなる。
クロッカス殿下がアネモネに使ったのと同じ術......?
回らない頭でそこまで考えた時には、すでに体の自由が効かなくなっていた。
「お休み、サクラ。次に会えるのを楽しみにしてるよ」
院長の優しい声とともに、抗いようもなく私の意識は落ちた。