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ファーストキス

 一瞬の静寂。


「おあああああ!?」

「兄さん!?」


 私とネイビーはそれぞれグレイ隊長とフォーサイシアに引き剥された。

 グレイ隊長は先ほどまで紳士的に後ろから肩を掴んでくれていたが、ネイビーの暴挙に動揺したのか今度は私を抱え込むように抱きしめている。

 厚い胸板と逞しい腕に囲まれて安心感しかない。

 一方ネイビーはフォーサイシアに肩を揺さぶられながら怒られていた。


「兄さん! 何であんなことしたの!」

「フォー、ずるい! ネイビーも!」

「そ、そういう問題じゃないでしょう!?」


 フォーサイシアも先ほどの人工呼吸を思い出したのか、顔が真っ赤だ。

 しかしネイビーの暴挙の理由が分かった。


 フォーサイシアとお揃いが良かったんだね。双子だから同じことがしたいんだな。


 納得しながら手の甲で唇を拭っていると、グレイ隊長が気まずそうに声をかけてきた。


「その、嬢ちゃん……大丈夫か……?」

「大丈夫ですよ。ネイビーは幼女だから仕方ないですね」

「何言ってんだよ、嬢ちゃん……」


 グレイ隊長が引いた眼で私を見てくる。


 何でだ。ネイビーはどう見ても幼女だろう。


 憮然としてグレイ隊長を見上げていたら、フォーサイシアがネイビーの頭を掴んでこちらに頭を下げてきた。フォーサイシアも一緒に深々と頭を下げる。


「サクラさん、兄さんが申し訳ありませんでした。その……私のは、命の危機だったからで、あれは、そういうこと、よくするんですか?」

「いや、これが初めてだしファーストキスだよ」


 運転免許の講習は人形だったし、今世でも記憶にある限りキスしたことはない。

 なんなら前世でもキスした記憶ないな。酔って妹の頬にしたぐらいだ。

 フォーサイシアは勢いよく顔を上げる。まだ顔が赤い。

 彼は胸に手を当てて宣言した。


「それなら責任を取ります!」

「結構です」


 思わず敬語で否定する。


「命の方が大事だからそうしたの。セクハラで訴えないでくれればそれでいいよ」

「訴えませんよ!?」


 フォーサイシアが食い気味に否定してくれる。

 良かった。前世でもAEDを女性の胸に付けたらセクハラで訴えられた事例があるから、ちょっと心配だったんだよね。

 ほっとしていたら、グレイ隊長が先ほどのフォーサイシアに何が起こっていたかを説明してくれた。


「フォーサイシアは悪霊たちに取り囲まれて魂を蝕まれてたんだ。嬢ちゃんは触れるだけで良かったんだけどな」

「私は見えないので、そんなのわかんないですよ。そもそも私にそんな浄化機能あるなんて知らなかったんです」

「あいつ、それも説明してないのか?」


 グレイ隊長はやれやれといった様子で額を抑える。

 あいつとは、多分院長の事だろう。

 この場にいない人をどうこう言っても仕方ないので、私は改めて双子の方を向く。


「ネイビーもフォーサイシアの事で動揺してたんでしょ。二人とも事故だと思ってノーカンにしよう」


 それを聞いてフォーサイシアは複雑な顔になるし、ネイビーはまだむくれている。そして何故かグレイ隊長が呆れ顔だ。


「クロッカス殿下も昔、姐さんと恋人になる前に姐さんからキスされても『事故だからノーカンにしよう』ってミリも動揺せずに流してたな……」

「それは殿下が鈍すぎるんじゃないですか?」


 あんな美人にキスされて意識もしないのはどうかと思う。


 私の発言にグレイ隊長は頭を抱えて呻きだした。


 何でだ。


 首を傾げていると、急に背筋が寒くなった。

 ビリビリと肌で感じるほどの魔力の高鳴り。

 規格外の魔力を持った『何か』が背後にいる。


「そこの二人がサクラに何をしたって……?」


 しかし背後からの声は随分と懐かしい声だった。

 私の背後を見て、双子が揃って息をのむ。


「やっと出てきたか」


 グレイ隊長は呆れ気味に私を抱きしめていた手を緩めた。

 今まで色々ありすぎて久しぶりな気がするけど、本当ならこれぐらいの頻度で会えなくなるのはよくある人だった。

 でも、今また会えるのは嬉しい。

 うっかり目頭が熱くなる。

 私は振り返りながら叫んだ。


「院長……!」


 だが、考えてみてほしい。

 今まで体調が最悪の状態で、気力だけで耐えていたのだ。

 その状態で気が緩んだらどうなるか。


 吐いた。


「サクラーーー!!」

「嬢ちゃん!!」


 院長の悲鳴とグレイ隊長の叫びが木魂する。

 張りつめていた空気が一瞬で解除され、高まっていた魔力が霧散する。

 再び前のめりに倒れかけたところを院長が素早くキャッチしてくれた。


「ごめん、ごめんね!? ボクのせいかな!? ちょっと怒ったのがダメだった? 魔力高め過ぎた?? えーん! ごめんね、サクラ~!」

「うるせぇよ! 嬢ちゃんの頭の上でごちゃごちゃ騒ぐな! 具合悪いんだぞ!」

「わかってるよ! グレイこそ何でそんな状態のサクラを連れてきたの!?」


 頭の上で大人二人がキャンキャン言い合っている。

 正直、止めてほしい。

 頭の中でぐわんぐわん響く。

 そんな私を見て、院長は慌てて私を抱き上げる。

 お姫様抱っこだ。今は恥ずかしいとか言ってられない。

 院長はフードを被りながら、キッと双子を睨みつけた。


「今回は見逃してあげるよ。次は覚悟しておくんだな!」


 ラスボスみたいな迫力で出てきたのに、三下みたいなセリフを言い捨てる院長。

 

 締まりがないなぁ。


 でもそれがなんだか安心する。

 いつもの院長だ。

 目が覚めた時にはもういないかもしれないけど、心配で会いに来てくれたことをまずは喜ぼう。

 院長に抱えられて意識が落ちる前にふと、双子が目に入る。


 そういえばネイビーの前で吐いてから、特に口をゆすいだりもしてないな。


 ファーストキスがゲロの味はダメでしょ。


 やっぱりノーカンにしよう。


フォーサイシア編はこれにて終了です。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

よければ感想、評価等よろしくお願いします。

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