潜入
そんな訳で何故か私が大聖堂に侵入する事になった。
ただ私は庶民丸出しのモブな服装だったので、このまま大聖堂の内部に入ると目立ってしまう。
そこでフォーサイシアに頼んで持ってきてもらった、シスターの服に身を包んで内部に入り込む事にした。
「サクラ、かわいい!」
「ありがとう、ネイビー。ネイビーも似合ってるよ」
にこにこ笑うネイビーにお礼を言う。
ネイビーも祭服に着替えて、フードで顔を隠している。
そんな格好をすると、ますますフォーサイシアとそっくりだ。
着替え終わった私達を見計らったように、フォーサイシアが声をかけてきた。
「その、ネイビーという名前は......」
「あ、私が勝手に呼んでるんですけど、ダメでしたか...?」
ゲームで『ネイビー』って呼ばれてたから、そのまま私が勝手に呼んでるだけだ。
弟としては何か思うところがあるのかもしれない。
私の心配をよそに、フォーサイシアが笑って首を横に振る。
「いえ、兄さんがとても喜んでいるので、良ければそのまま呼んでください。兄さんに名前がないのは、私も嫌でしたから」
再び憂いを帯びた表情になるフォーサイシア。そんな表情も本当に様になる。顔が良い。
しかし今はフォーサイシアの顔よりネイビーの事だ。
「ネイビーが黒髪黒目だから、教皇さまはネイビーを嫌ってるんですよね。そこまで嫌う理由があるのでしょうか」
ウィステリアと雪の妖精の逸話から、『黒』は不浄だとして嫌われている色だ。そのせいで黒髪黒目の子が虐められたりすることもあるが、閉じ込めるほど過激になるのは珍しいと思う。
「それは私にもわかりません。ただ、父はクロッカス殿下を毛嫌いしているので、その影響もあるのかもしれませんね」
クロッカス殿下とその奥さんのリリーさん。教皇はリリーさんと仲が良かったと言っていたから、昔何かあったのだろうか。
それも推測でしかない。
やっぱり教皇の自室にお邪魔して色々探るしかないな。
私はため息をついて、再度ネイビーを見た。
「でもネイビーは黒髪黒目じゃなくて、紺色じゃないですか。ちゃんと見ればわかるのに。夜明け前の空の色みたいで、私は好きですよ」
地下の牢屋では暗くてわからなかったが、日の光の下だと違いが良くわかる。
『ネイビー』の名前もそこからきているのだろう。
自分の息子の事くらい、ちゃんと見れば良かったのに。
そんな事を考えていたら、突然ネイビーに抱きつかれた。
「サクラ、好き!」
「ネイビー、ちょっと、力が強い!」
体がミシミシ言うくらいの力で抱きしめられて少し慄く。
中身は幼女だけど、外見は成人男性である。
力が強くて、ちょっと痛かった。
私がネイビーの腕を叩くと、ネイビーはしょんぼりした顔で手を離してくれた。
フォーサイシアはそんなネイビーの肩を困ったような笑顔で慰めるように叩く。
「力の加減は出来るようにならないとね、兄さん。すみません、サクラさん。兄さんはとても嬉しかっただけなんです」
「大丈夫です、気にしてないので」
私以外の女の子に抱きつくと、セクハラで訴えられるかもしれないので注意はしてほしい。
「それに、私の事は呼び捨てでいいですよ」
フォーサイシアの方が年上だし、ネイビーと同じ顔で違う呼び方をされると違和感がある。
するとフォーサイシアはぱっと顔を明るくした。
「では私の事もフォーと呼んでください。兄さんにしか呼ばれない呼び名なんですが、サクラにはそう呼ばれたいんです。それに敬語も無理に使わなくていいですよ。兄さんと同じように話して欲しいんです」
フォーサイシアが嬉しそうに両手を胸の前で握る。
結構、距離詰めるのが早いタイプだな。
双子だからネイビーに感化されているのかもしれない。
ネイビーはそんなフォーサイシアを慈愛の眼差しで見守っている。
そこはお兄ちゃんなんだな。
「わかりまし......わかったよ。じゃあ改めて、フォー、案内よろしくね」
「はい」
フォーサイシアが頷いて、ようやく私達は裏庭から大聖堂へ向かう。
ジェードには『絶対に目立つ事はしないで』と再三言われて別れたんだけど、言われなくても人目を惹くような大立ち回りなんてしないよ。
あの子は私を年下か何かだと思っているのだろうか。