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ラスボス

「こちらへどうぞ。中にいる方は大変高貴なお方なので、言葉遣いには気を付けてくださいね」


 人を言葉でチクチク刺して遊んでくるアンバーと歩いているうちに目的の部屋に到着したらしい。アンバーが大変いい笑顔で扉を開ける。


 もう疲れたんだけど。帰りたい。


 部屋の中は応接室だろうか。シンプルながら高級そうな机といす、絵画などが飾られている。その中で豪勢な椅子に足を組んで頬杖をついて座っている黒づくめの男が目に入った。腰まである黒髪を一くくりにして黒いマントを羽織った様はどこの魔王だと言いたいくらい威厳と威圧感がある。人外じみて整った顔は怖いくらいだ。

 院長も人外じみて顔が整ってるけど、あっちはふわふわエンジェルフェイスなのに対して、こちらの男は悪魔とか堕天使側の暗くて怖い感じがする。

 彼がこのゲームのラスボス、クロッカス・リア・ウィスタリアだ。

 ラスボスだからか、キャラデザ気合入ってるな。

 クロッカス殿下の藍色の瞳と目が合って、慌てて膝をついて頭を下げる。相手は王族だしラスボスだから下手な事出来ない。

 ロータスは蹴り飛ばしたけど彼は確か近衛騎士団の騎士だし! 女王陛下のアイリスには手を出してないし!

 頭の中で言い訳を繰り返していたら、クロッカス殿下が近づいてくる足音が聞こえた。

 

「お前がサクラか」

「は、はい」


 震えそうになる声をなんとか絞り出す。

 何を言われるか怖くてぎゅっと目をつぶった。


「すまなかった。顔をあげてくれ」


 言葉と共に労わるように肩を叩かれた。

 恐る恐る顔をあげると、非情に申し訳なさそうな顔をしたクロッカス殿下と目が合った。


「今回の騒動の責任は私にある。巻き込まれたお前の心労を思えばこんな言葉では足りないだろうが、あの二人には立場ある人間の行動がどれだけ周りに迷惑をかけるか改めて説いて反省させる。こんな騒動を起こしてお前のような一市民を巻き込み混乱させたことを、どうか許してほしい」


 噂とはなんだったのか、常識ある大人の謝罪だ。

 ラスボスなのにこんな性格なんですか? 戦闘しかゲームやってないから嘘か本当かわからんけど。

 でも院長だって『優しい』って言ってたもんなぁ……。

 悶々としていたらさりげなくクロッカス殿下の横に移動していたアンバーが口を挟む。

 

「恐れながら、独り言はそれくらいにしてはいかがですか。サクラさんも困っていますよ」

「ああ、そうだな」


 独り言、かぁ。王族がわざわざ小娘に謝罪するのはおかしいもんな。そういう体にしているのだろう。

 そもそもクロッカス殿下は名乗ってもいないから、誰に言われたか曖昧にする魂胆かもしれない。

 クロッカス殿下は再び椅子に座りなおして足を組んだ。


「今回迷惑をかけたのはこちらだ。宝石でも、家でも、お前の望むものをやろう」


 そのセリフ似合いますね! 世界の半分をお前にやろうって言われても違和感ないレベル。

 ただし私は一般庶民の孤児。身の丈に合わないものなど手に入れても後が怖い。


「お気持ちだけで大丈夫です……」

「そうか?」


 クロッカス殿下が顎に手を当てて考え込む。


「お前はもうすぐ私のもとで働くことになるからな。その時にまた考えればいいか」

「待ってください。ご質問させていただいてよろしいですか?」


 殿下の発言に思わず手をあげてストップをかけてしまった。


「いいぞ。なんだ?」

「働くって、私が? 殿下の所で???」

「ああ、すでに内定している」

「なんでですか!?」


 知らないうちに将来が決定している!? どうして!?


「お前の保護者からの推薦だ。お前はとても優秀で出来がいいから是非にと。あいつの推薦なら信用できる」

「保護者……院長!?」

「そうだ」

「聞いてないんですけど!!」

「そうなのか? あいつも困ったものだな」


 やれやれと言ったように肩を竦めるクロッカス殿下。一方私の心は大荒れだ。


 勝手に推薦されて勝手に就職先が内定していた!? せめて一言言ってほしかったんですけど!


 そんな私たちを見て、呆れたように側近二人が口を開く。


「殿下、それ俺も知らなかったんだけど」

「私は話だけ聞いてましたけれど……この子だったんですね」


 側近にも話を通さずに直でクロッカス殿下と話が出来る……?

 院長、貴方本当に何者なんですか。


「嫌ならば無理にとは言わない。あいつと話し合って、よく考えると良い」


 一方クロッカス殿下はどこまでも穏やかだ。気遣うような目線を私に向けてくれる。

 いい人だ。なんでこの人ラスボスなんだ。

 そこにアンバーが見下したような笑みを浮かべて問いかけてくる。


「おや、こんないい話を蹴るのですか? 貴方みたいな親もいない孤児が殿下のもとで働けるんですよ? こんなにいい話はないと思いますが」


 確かにコネとか血縁がないとお城で働くとかまず無理だ。それに民間と違って給料が段違いでいいと噂で聞いている。


 でも就職先がラスボス陣営なんですよ! ロータスルートがなくなったからって他のルートが開始されるかもしれないじゃないですか! 最悪革命に巻き込まれて死ぬかもしれないんです!

 勿論言えるわけがない。

 何も言えずに頭を抱える私を見て、アンバーが溜息をつく。


「殿下のお優しい心づかいを無駄するなんて……。そんなことされたら私は各所に働きかけて、貴方が他所で働けないようにしてしまいそうです」

「就職妨害……!?」


 えげつない。流石悪役、やることがえげつない。権力もありそうだから、できそうなのが更に嫌だ。


「殿下だけでなく、貴方を推薦してくださった方にも迷惑がかかるんですよ。それをよく考えてお答えを聞かせてくださいね」

「アンバー」


 クロッカス殿下が視線を向けると、アンバーはピタリと口を閉じた。ただしその目は雄弁に『とっとと答えを口に出せ』と促してくる。

 でも確かに断ったら院長の迷惑になるよね。クロッカス殿下と直で話せるくらい偉くても、王族である殿下の方が立場が上だから、私が断ったら後で何か言われるかもしれない。院長だって私にいい就職先を紹介しようと動いてくれただけだろうし。

 私に何の相談もないのはいただけないけど。

 ええい、女は度胸だ。


「すみません、突然の話で驚いただけで……。その、若輩者ですがこれからよろしくお願いします……?」


 挨拶ってこれでいいのかよくわからないまま、頭を下げる。


「当然の判断ですね」

「残念だな~。嬢ちゃんはウチが欲しかったんだけど」

「もしこちらが合わなければグレイに任せる」


 ラスボス陣営三人の話を聞きながら心の中で決意する。


 もしまたゲームが開始されたら巻き込まれないように全力で逃げよう。

 ロータスルートだけで終わってくれるならそれでいいんですけどね!


人はそれをフラグと言う

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