目覚め
目が覚めると幼女になっていた。
意味が分からない。
昨日までブラック企業で働く23歳のOLだったんだが?
あたりを見回しても病室のように簡素な作りの部屋に私が寝ていた小さなベッド、机と椅子におざなりにぬいぐるみがいくつかおいてあるだけだった。
不安になってたらポロポロと泣いてしまった。
多分、情緒も体に引っ張られてたんだと思う。
すると何故か見知らぬ部屋に置いてあったぬいぐるみやら枕やらが勝手に飛び回り始めた。
パニクッて余計に泣いた。
更に激しくなるポルターガイスト。
地獄絵図である。
「なんの騒ぎ!?」
ドッタンバッタン大騒ぎを聞きつけてか、扉を蹴破る勢いで部屋に飛び込んできた人物を見て、思わず絶句する。
雪のように白い髪、白い肌、輝く黄金の瞳。現実離れした色彩に、これまたそれが似合う日本人離れした夢のように美しいハニーフェイス。体つきは華奢で線が細く、見た目は高校生くらいの男性が白いローブを羽織って立っていた。
強キャラデザイン過ぎてビックリした。
こんな人、現実にいる???
いや、目の前にいるんですけど。
驚いてマジマジと見ていたせいか涙も止まった。
ついでに部屋のポルターガイストも収まった。
呆然とする私をしり目に、男性は安堵の息をついて私に近づいてきた。
「良かった、目が覚めたんだね。痛いところはない?」
「は……はい」
耳慣れない自分の幼い声にも違和感がある。
私に一体何が起きたんだ。黒づくめの男の怪しげな取引でも目撃したのか?
「あの、ここはどこですか?」
「ここは孤児院だよ。君は親を亡くして、ここに預けられたんだ」
痛まし気に騙りながら、男性は私の隣に腰掛ける。
親? 私の親はただのサラリーマンと専業主婦で、妹も普通の大学生だけど……。
そこで私は再び違和感に気が付いた。
たまたま視界に映った自分の髪が赤い……いや、ピンクか?
こんなはっちゃけた色に染めた覚えはない。
再び混乱する私を男性はじっと見つめている。
「ひょっとして、何も覚えてないの?」
「えと、多分……」
目覚めるまで普通のOLしてた記憶しかない。最後の記憶も曖昧だ。
なんで幼女になっているのか皆目見当もつかない
。
「ボクも話を聞いただけだけど、君は親を目の前で亡くしたと聞いているから、ショックで記憶喪失になってしまったのかも知れないね」
「えっ」
急なハード設定。
でも男性は真面目な顔で語っている。
今の『私』について何か知っているような男性に、ひとまず尋ねてみる。
「あの、貴方も孤児院に住んでるんですか?」
「ボクはここの院長だよ」
「え!?」
どう見ても高校生くらいにしか見えないのに!?
驚異の童顔なのか、それとも年齢に見合わず高い地位にいるのか。
顔が良すぎてどちらもありそうな気がしてきた。
彼はその後、私に色々質問してきた。
国の事、魔法の事、前の生活について。
私は全てにわからない、と答えたが内心パニックである。
これって異世界転生ってやつ~!?
漫画やアニメでよく見るけど、自分がなるとは思わなかった。
しかし今の自分は名前もわからない幼女。孤児院に預けられてるから、おそらく身内もいない。
これはまず、自分がこれから生きていくための術を身につけなくては人生詰みでは?
まず幼女が考えつかないことに思い至って頭を抱える。
そんな私を横目に、孤児院の院長を名乗った男性が口を開く。
「本当に覚えてないんだね。でも、君はまだ5歳の子どもだ。これから学んでいけばいい」
穏やかな声に顔を上げれば、優しい眼差しと目が合う。
「それに君は魔法が使える。それだけでも他の子より優遇される価値があるものだ」
「魔法……」
「さっき、部屋の物が動いたでしょ? 感情に引きずられた魔力の暴走だ。魔力がある子はよく起こすからね。その扱いも勉強しないと」
「勉強……できるんですか?」
「勿論。他の所は知らないけど、ボクの孤児院は魔法の扱いも、一般的な勉強もしてるよ。社会に出た時皆が困らないようにね」
そう言って、院長は私の頭を撫でてくれた。
「何もわからなくて不安かもしれないけど、大丈夫。安心して過ごしてほしい。何かあれば、ボクが力になるから」
茶目っ気たっぷりにウインクする仕草がとても似合っていて、思わず笑ってしまう。
「ありがとうございます。……少し、安心しました」
「良かった。やっと笑ってくれたね。……そういえば、君の名前なんだけど」
改めて院長と顔を合わせる。
そういえば、この世界の『私』の名前ってなんだろう?
それすらも思い出せないんだけど。
院長はじっと私の目を見て口を開いた。
「君の名前は聞いてるんだけど、きっとそれは今の『君』には合ってない」
「え」
思わず口を開きかけて、院長の何もかも見透かすような金色の瞳に押し黙る。
「名前は自分を縛るものであり、守るものだ。そこに不和があると、君の将来に良くない気がするんだ。あくまで勘なんだけどね?」
勘、というには確信を持って話されている気がして少し居心地が悪い。
「だから君が君の名前を思い出すまでは、別の名前にしよう。いいかな?」
「いいですけど……」
そもそも覚えていないので、いいも悪いもないんだけど。
「じゃあ君は自分の名前は何がいい?」
なんでもいいよ、という彼の言葉に甘えて、私は『自分』の名前を答えた。
「桜、でお願いします」
「サクラ。不思議な響きだけど、凄くいいと思う。ぴったりだ」
そう言って、院長は再び私の頭を撫でてくれた。
その手はどこまでも優しくて、穏やかで。
この人の所にいれば、異世界でもなんとかやっていけるんじゃないかな、と思った。