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プロローグ

 耳障りな金属音に思わず顔をしかめながら、僕は眼下に広がる光景にため息をついた。



 ずらりと整列したおびただしい数の箱型、それに向かいあう衆愚。

 煌びやかな光と音が空間を彩り、その様子は遠い記憶の祭りを想起させる。


 遠目に見える体躯の小さい男が、なにやら箱型に向かって罵声を浴びせている。

 その隣では老人と若い女がひとつの箱型に向かい、互いの所有を主張しているようだ。



 あまりにも穏やかではないこの景色のために、僕はこの異世界で得た新しい人生を注いできた。

 ただ生きていくだけ、死ぬまで生きるだけなら、東京でも異世界でもそこまで難しいことじゃない。

 それでも、僕は異世界に来てまで人生を怠惰に費やす気にはなれなかった。

 いうなればその程度の「決心」がきっかけだった。

 そして今や、僕の人生はその「決心」と運命を共にしている。


 この眺めは僕の命の結晶なのだ。


 箱型から放たれる光や音、装飾の数々。

 すべて僕が命を賭して作り上げ、そのどれもが僕一人の力では為しえなかったもの。


 僕は、僕たちはこの世界に「ぱちんこ」をもたらした。



 まごうことなく、今日は祭りだ。


 僕がみんなの力を借りて作り上げた、この世界にただ一つのパチンコホール。


 今日はその周年記念日なのだ。


 まさに感無量といった具合で、耳をつんざく喧噪に思いを馳せていると

 背後で静かに扉の開く音がした。




 ちらりと視線を外すと、目配せをする間もなく目前に資料が差し出される。


「戦況としては依然、国境を中心に戦線が展開されています」


 僕の背後に侍る女は、早口でまくし立てるように続ける。


「軍部は砦を目標とした攻撃作戦を発案し、先日の戦時議会にて承認されたとのことです。国境と合わせた二方面への軍事展開について、大蔵からの反対はなく、事前に勅意が通達されていたかと。」


 さも自分が見聞きしたようなトーンでペラを回す女に、僕は思わず振り返った。


 ここまで二人三脚でやってきたビジネスパートナーのこの長耳女を、僕は未だに好ましく思っていない。

 長耳の連中はどいつもこいつもマイペースで、どこか他人事のように物をいう態度が鼻につく。

 特にこの女はそのケが強く、長命が故の遠回りな言い回しについては日ごろうんざりしていた。


「端的に話せ」と文句をつけるべく女に顔を向けるのと、女が報告を締めくくるのはおよそ同時だった。




「戦時徴用が公布されました。勅令です」




 …何て?



「回収対象となる品目については軍需局によって速やかにまとめられ、各ギルドに通達されました。ギルドからは先ほど、回収物精査にむけた担当者の派遣の連絡を受けております。こちらとしては、先行して所有する回収対象物をまとめて、なんとか優先度の高いものは死守するようにしておきたいところですが…」


 …女の声がやけに遠くに聞こえる。判断を仰ぐようにこちらを伺う眼差しには、僅かに動揺の気配が感じられた。


 僕の手先はとっくに血の気が引いて冷たくなっていた。

 沈黙の間を埋めようにも、感覚の鈍い手では前髪をかき上げることすら億劫で。


「……で、回収対象は、なんなの」


 絞りだした言葉はあまりにも小さく、ただこの痛ましい沈黙には十分だった。


「回収対象は、ええと、軍需局に対しては各ギルドからの嘆願が、」


 女は珍しく言葉を選ぶ様子で、先ほどの迂遠な言い回しは彼女の性質によるものでなく、僕に対する哀れみや気遣いに起因するものだったようだ。


---


 彼女のような長耳族は往々にして短命種を見下す傾向にあるが、同時に愛玩することも珍しくない。

 自らを上位種族と信じて疑わない一部の種族にとって、弱く儚い僕らが足掻く様は滑稽そのものであり、愛おしさすら感じるとのこと。


 驚くほど傲慢で理解しがたい論理だ。


 確かに、目の前の長耳女がこうして時折見せる情緒は、いわば「慈愛」のようなものを含んでいるように感じられる。


 気持ち悪いな、と思う。

 ビジネスパートナーと宣うものの、僕がこの長耳女に提供している価値というのが一体なんなのか。

 彼女にとって、浮世のあらゆるものは基本的に無価値なはず。

 二人でともに築き上げてきた地位も金も人脈も、彼女には泡沫に過ぎないはずなのに。


 僕と彼女の協力関係はあまりにも不透明で、あまりにも都合がよい。


---


「リティ、大丈夫。僕は大丈夫だから」


 向かい合う女、リティミアルの愛称を口にする。

 演技じみた彼女の素振りに苛立つうち、僕の脳みそは迫る難題に向けて冷却を始めていた。


 僕の声を聴いたリティは、すっと冷静さを取り戻したように口をつぐんだ。

 彼女はじっと僕の目を見つめる様子で、僕はこの見透かすような眼差しも不快だった。



「回収対象の素材は大体見当がつくから、所有物全体の概算はギルドの担当に任せちゃってさ、時間を稼ぐのはどうかな。魔導盤の量産モデルはギルドに申請してないから、このまま隠せるね。動力は抜いて、バレないようにしといて。それで……」


 打って変わってペラペラとしゃべる僕を、リティはただ見つめていた。



「で、これからどうやって商売するかは、皆を集めて話し合うでいいね」


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