愛のために鐘は鳴る
「アネット、お前との婚約を破棄する」
何色にも染まらない黒髪と強い眼差しの黒瞳、長身に立派な体躯を持つオベール王子は、パーティーの真っ只中で公爵令嬢アネットに言い放った。
「親の言いつけに従うだけの政略結婚に、はなから愛などなかった。それはお前も分かっていよう。だが俺は、この者との間に真実の愛を見つけたのだ」
そう言って、彼は傍らにいた人物を抱き寄せる。
自分のものであるとアピールするかのように。
金髪を結い上げたアネットは、碧眼をしばたたかせてから眉を寄せ、
「この期に及んで、何かのご冗談ですか」
「冗談などではない、心から愛しているのだ。お前も薄々は察していたのではないか」
「……当家においでになるたび、あなた様は私に簡単な挨拶だけして、あとは2人で部屋に入り浸っておられることが多かった。西洋四阿でお茶を楽しんだり、護衛を連れて、一緒に馬で遠乗りに出たりしていたのは、ただの親しみなどではなく……。なるほど、贈り物も私以外になぜわざわざ別宛でも届いていたのか、今分かりました」
「そういうことだ。お前の美貌や気高さ、聡明さを否定するつもりはない。社交界での立ち振舞い、マナーや所作の美しさ、人の能力を見抜く洞察力と先見の明、その上での広く行き届いた配慮。いずれ国母となるには最適の人物だと思っていた」
「では、それ以上に惹き付けるものがあると?」
「悪いが、そうだと断言させてもらう。優しさ、健気さ、それでいて物怖じしない芯の強さを併せ持っている。王子としてではなく、俺自身の求める魅力に溢れていた。いつも逢いたいと、片時も離さずに抱き締めたいと、溺れるほど愛したいと。これが真実の愛なのだと気付かされた。その言葉の通り、そこに一切の偽りはない。揺らぐことのない想いだ」
「納得はしがたいですが、分かりました。しかしそんな異例の結婚など、この国の法で許されては」
「そんなものはすでに変えた」
「は?」
「国王である父に直訴してな。じきに法の変更が公表される。反論する者たちもいたが、逆らうのなら肩書きや爵位を剥奪し、容赦なく家を潰すと言ってみな黙らせた」
行動力、発言力、大言もこなしてしまう実行力。
傍若無人ではあるが、その身にまとう猛々しい覇気は王の器といって何ら差し支えない。
「ですが、では、私はこれからどうしたら」
「お前は親からなんと言われていた」
「王位継承権第一位の王子の妻になれと。おっしゃられた通り、政略結婚の仲に愛はありませんでしたが、私はその覚悟で腹を決めております」
「ならばお前はその役目通り、継承権一位の王子と結婚すればいい。相手が変わるだけだ」
「……え?」
「父に訴え出たとき、すでに王位継承権は第二王子である弟にゆずった」
兄のように豪気ではないが、第二王子も穏やかながら、政治的な能力においてはひけを取らない有能な人物だ。
「そんな……約束された王の座を捨ててまで。あなた様の想いが、それほどまでとは」
「好きなものは好きなのだから、仕様があるまい。迂遠な言い訳など並べるだけ無粋というもの。真実の愛を見つけた、だから俺はすべてを受け入れ、取捨選択したのだ」
これが俺の決心だ。
オベールは肩を抱いた相手をそのまま、きつく抱きすくめる。
「姉様、どうか、どうかお許しください。私もオベール様を愛しているのです。この愛を知った今、義理の兄とは呼びたくなかった、だからっ」
「ああ、ユリアン……」
ふわりとカールした金髪に、愛くるしい天使のよう
なふっくらした頬。
子犬を思わせるつぶらな瞳と、それを際立たせる長いまつ毛。
王子に抱かれた肩などは、14歳にしてはまだまだ壊れてしまいそうなほどに華奢で、手足も十分に伸びきっていない。
そんな小柄な体を、淡い色のジュストコールに包んだ、
彼女の5つ下の弟。
アネットはしばし、伏し目がちにうつむいてから。
彼に向かって、ただ静かに、微笑みながら首肯した。
そして──。
公爵家は長男が継ぎ、アネットは第二王子に嫁ぎ、オベールもユリアンも、それぞれが思い思いに幸せな人生を送りました。
コメディーとして考えていたネタを、真面目な視点から書いてみました。
公爵家の次男なので、ユリアンも儀礼的に父や兄の下位の爵位は持っていたのかな。
欲しがり弟、ではないはず。
勢いと、寛大で寛容なアネットの人柄で少し強引に話を結んだ気はしています。