マインド・コントロールの実際
今からご紹介するのは、ごく普通の家庭で育った、ある青年のお話です。十代向けの本「カルトはすぐ隣に 江川紹子 著 岩波ジュニア新書」から抜粋、引用させていただきます。
(以下、引用)
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あのとき、自分の感性を信じていれば……――端本悟の場合
「あの時、自分の感性を信じるべきだった。なのに麻原(教祖)を信じてしまって……。人間には善悪を判断する感性があることが素晴らしい。それを、神とかなんとか言ったのは、若気の至りでした」
坂本弁護士一家殺害事件など三つの事件で裁かれた端本悟は、裁判の最後に、悔悟の気持ちをこんな風に語りました。
(中略)
大学を中退し、二〇歳でオウム(オウム真理教)に「出家」。空手の腕を買われて、事件への関与を命じられた端本は、「武士道」「男気」とかの潔さに憧れ、自分もそのように振る舞おうとする一方で、どこかで引き返す決断はできなかったのかという悔いを断ち切れないようでした。
(中略)
いったい彼は、どこの時点で人生を誤ってしまったのでしょうか。
(中略)
(大学)二年の終わり頃、高校時代の友人からオウムの話を聞きました。友人はすでに信者になっていて、「出家するつもりだ」と言います。端本は、強い口調で忠告しました。
「とりあえず、大学だけは出なよ」
友人を脱会させるつもりで、話を聞いたり、薦められた本を読んでみました。「輪廻」「カルマ」などの言葉がとても新鮮に感じ、「こんな世界があるのか」と、逆に興味が湧いてきました。
(中略)
「あなたは前生(前世)から修行していたんですね」
これは、彼(端本)にとって「殺し文句」だったと、後に語っています。(教団関係者から)こう言われて、この修行を続けるのが自分の今生(前世に対する、今の人生の事)での使命のように感じてしまいました。
(中略)
「出家することにした」
ある日突然、父は息子から告げられ、仰天しました。
(中略)
「少しでもおかしいと思ったら、逃げてらっしゃい。裸でも出てきなさい。それから、あなたが人を誘っちゃだめよ……」
オウムの本とわずかな身の回りのものだけを持った端本を、母と妹は駅まで送りました。電車に乗り込む間際まで、母は言い続けました。
「少しでもおかしいと思ったら、帰ってくるのよ」
それから一年もしないうちに、端本は坂本弁護士一家殺害事件の実行犯となります。
(引用終わり)
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これは、「地下鉄サリン事件」を起こした教団「オウム真理教」の反社会的行為を追及していた坂本弁護士とその家族が殺害された事件の、実行犯に関する記述です。坂本弁護士のご家族は、本人、妻、子供の三名です。
オウム真理教は、その反社会性を報道するメディアや団体、個人に対し、暴力的な方法で報復をしていた事で知られています。
実行犯個人に視点を戻しますと、端本氏はオウム真理教に入信する前、ごくごく普通の青年だったと言えます。進路に悩み、家族に心配され、何かあったら帰って来いと、どちらかと言えば両親は愛情深く、彼を育てていたと言えるのではないでしょうか。なのにどうして、幼い子供まで手にかけるような犯罪に加担をするに至ったのか。(端本を含め、実行犯は6名)
読者の方は、どう思われますか。
まず言えるのは、端本氏は出家する事で「トンネル(外界からの遮断)*1)」に入り、マインド・コントロール状態になったのです。
次回は、なぜマインド・コントロールによって、人格の変容が起きるのか、というお話をしようと思っています。それでは、またお会いしましょう。
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*1)「トンネル(外界からの遮断)」
マインド・コントロール 増補改訂版 岡田尊司 著 18ページ「第一章 なぜ彼らはテロリストになったのか」より