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花子さん式思い出技法『哀歌』

作者: 氏松茶介

丑三つ時。夢物語と現実が交じり合い融解する時間。

丑三つ時。怪異は己の体を具現化しようとさらに大きな怪異を喰らうため跋扈する。

丑三つ時。一人の怪異が満月を背に学校の屋上から跳躍する。


体色が紫の老婆が私立川上高校三階東館渡り廊下の窓ガラスをたたき割り跳躍していた一人の少女めがけて両腕を伸ばす。ゴムのように延長されたその腕は空中の少女を絡めとろうとする。

しかし、少女が口元に人差し指をつけ小声で何かを唱えると紫色のツタの様な腕は体色と同じ紫色の血を吹き出しながら細切りにされる。

醜い悲鳴を上げる老婆。それを冷たい眼光で睨み下ろす少女。

老婆が自身の腕の切断面を一瞥しもう一度少女を見上げたころにはその姿は夜空になかった。

視界が暗くなり老婆は気付く。少女が腕を振りかぶり自分の目の前にいると。


「あんたとは遊んであげない。」


少女の右目を隠す金髪が月光に照らされ、左耳の三つのリングピアスが触れ合い金属音を鳴らす。

少女が右手で老婆の顔を殴り飛ばす。人間離れした腕力は老婆を体ごと吹っ飛ばし、背後の理科室の壁に叩き込む。めり込む老婆の周りに大きな亀裂が蜘蛛巣のように出来上がる。

呻く老婆だったが、すぐにぐったりと力を失う。

泡のような光に老婆は溶け、蛍のような光の群れとなり窓を通り抜けて天へと上がっていく。

その光景を背後に少女は短く折られた制服のスカートのポケットからスマホを取り出し操作をしながら歩き始める。スマホにぶら下がっている女の子のぬいぐるみがぶらぶらと揺れる。


「大丈夫だよ。愛花。」


少女が三階女子トイレに入っていく。

深夜2時まだ丑三つ時は始まったばかり。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「おぉ~やってるわね。確かに結構強そう。」


先ほどの戦いを二人の少女が学校前の道路で眺めていた。

背丈には大きな差があり、一人は170cm程の高身長でピンク髪のツインテールをしている。

モデルのような女性らしい体形で、ピンクのブラウスに黒の吊りスカート、長い両足には網タイツを履いている。顔の半分以上を黒い大きなマスクで隠している。

もう一方の少女は背丈は130cm程で小学生に見える容姿、黒いウルフカットの頭の上には犬耳がぴょこっと生えている。未成熟な体は黒いロリータワンピースで覆われている。


「キバコ。あれが親玉っぽい?」

「わかんないよサキ子。なんかこの辺りは匂いがこう、ぐわっとなってるんだもん。何が怪異をこんな呼んでるのかちんぷんかんぷん!」


キバコと呼ばれた黒い犬耳少女が鼻をスンスンと鳴らす。

それを見てサキ子と呼ばれたピンクのツインテール少女はカバンから画面がバキバキに割れているスマホを取り出す。


「とりあえず記念に自撮りしときましょ。」

「いぇ~い。」


ピースに顎を乗せウィンクするサキ子。あざといその仕草とは対照的にキバコは両手にピースを掲げ屈託のない笑顔を浮かべる。


「おやつ食べたい。」

「はい。ねるねるねるねあげる。」

「やったー!」


サキ子がカバンからねるねるねるねを取り出しキバコに渡す。

嬉しそうに耳をぴょこぴょこと動かしながら包装を開けるキバコ。

二人は深夜にも関わらず開け放たれた校門から川上高校へと足を踏み入れる。


「水ないと食べられなかった…。」


しょんぼりと耳を下げ、つかつかと黒いヒールを鳴らすサキ子の後をとぼとぼとついていくキバコ。

昇降口を開けようとするが鍵がかかっている。

サキ子がため息を吐く。


「窓割るかー。」


サキ子が足を上げ窓を蹴り破ろうとした瞬間。

存在が定まっておらず、体の所々が霧のように溶けている四つ足の巨大な肉塊がおぞましい鳴き声を上げながら校舎内からサキ子たちへと襲い掛かる。

飛び散る窓ガラス。顔と呼ぶには大雑把すぎる肉塊の部位が大きく裂かれ醜い口があらわになる。

寸前まで迫ったその脅威にサキ子はぎょっと目を見開く。

しかし、サキ子を喰らう前に怪異はバラバラ、というよりミキサーにかけられた様に血しぶきだけとなり光の群れに変化し天へと昇っていく。


「雑魚でもびっくりするわね。いきなり来られると。キバコ。あんた分かんなかったの。」

「だってここら辺においおかしんだもーん。」


怪異の事など意にも介さずキバコはねるねるねるねの粉を直接口に流し込んでいる。

そんな能天気さに少しあきれながらサキ子は校舎内に入っていく。

飛び散った窓ガラスの破片をじゃりじゃりと踏みながら、手にしたスマホのライトで暗闇に包まれた廊下を照らす。


「さっきの子は多分三階のトイレね。」

「すごーい!なんでわかるの?」


キバコの問いかけにウィンクと共に答えるサキ子。


「長年の怪異ハンターの勘よ。」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



三階女子トイレ6つの個室が並んでいる。

その前に立ちサキ子は首をひねる。


「えーっと、右から三番目か左から三番目か…。どっちだったっけか。」

「あーっ!もしかして花子さん!?さっきの女の子花子さんなの!?」


キバコの大きな声がトイレ内に反響する。

私立の女子高である川上高校は比較的最近開校した学校で、校舎内はもちろんトイレも綺麗だった。


「まぁ、たぶんね。とりあえず左から三番目でいってみましょ。」


サキ子が左から三番目の扉を三回ノックする。

キバコもそれをまねて掌でぺちぺちと扉をたたく。


「はーなーこさーん。あーそーびーましょ。」

「はなこさーん!あそぼあそぼ!」


ドンドンガチャガチャとサキ子がドアノブをひねる音やキバコが扉をたたく音が静まり返っていたトイレに響き始める。しばらくなんの反応もない扉の前で二人は花子コールをし始める。大きな声に手拍子、深夜の学校にはふさわしくない騒ぎが左から三番目のトイレの前で始まる。


「はーなこヘイ!はーなこヘイ!」

「あーそぼヘイ!あーそぼヘイ!」


二人の合唱が佳境に入ったあたりで右から三番目の扉が内側から乱暴に蹴り開けられる。


「るっさい!!!」


先ほど満月を背に戦っていた金髪の少女が顔をしかめてゆっくりとトイレから出てくる。

サキ子とキバコをにらみつけ何かに気付く。


「お前ら怪異か。」

「正解。ちょっと話があ――」


そう言ったサキ子の顔面に金髪の少女花子の拳が飛んでくる。目にもとまらぬスピードで距離を詰め、とっさに両手をクロスさせ顔面を守るサキ子の腕ごと拳一つで吹き飛ばす。

トイレの扉を突き破り、廊下の窓から外へと吹き飛ぶサキ子。花子はそんなサキ子に一回の跳躍で追いつき、三階から地面へと落下していくサキ子の体に鋭いパンチを連続で繰り出す。

落下と花子の連撃の衝撃で土煙が上がる。それを切り裂くようにサキ子がバク転で着地点から離れる。

花子のパンチの威力は簡単に壁や地面をえぐる威力だというのにサキ子には傷一つない。


「いきなり殴んないでよ!ちょっと話が聞きたいだけなんだけどッ!」


話している間にも花子はサキ子への攻撃を止めない。蹴り、突き、肘打ちすべてをいなすサキ子。

攻撃を受けていたサキ子は少しづつ後退していたが、花子が拳を大きく振りかぶるタイミングで自身の長い足を大きく一歩踏み出し、鋭い蹴りを花子の顎に炸裂させる。

よろめく花子。

サキ子が上を見上げ叫ぶ。


「キバコ!」

「はーい!」


割られた窓ガラスからキバコが体を大の字にして降ってくる。落下地点には顎をさすりもう一度攻撃態勢へと移ろうとした花子。花子が上を見上げた時には落下してきたキバコが花子の体を両手足を使って拘束していた。

それを振りほどこうとした花子だったが、重心がぐらつきしりもちをついてしまう。


「な、なにこの子。力つっよ。」

「ぎゅうー。」

「ナイス。キバコ。」


サキ子が花子の額にデコピンする。

その指をかじろうと花子が首を伸ばすが寸前で手を引っ込められる。


「で、近くで嗅いでみてどう?キバコ。」


キバコが花子の首辺りをスンスン鼻を鳴らし嗅ぐ。


「親玉じゃなーい。たぶん。」

「確かに理性を失ってるって感じじゃなくてただ喧嘩っ早いだけな気が…。ねぇあんたこっちも攻撃しないから少し話聞いてくんない?」

「なんなんだよあんたら一体…。」


サキ子がカバンの中身を漁る。


「あーあ。中ぐっちゃぐちゃ。とりあえず食堂行きましょう。案内してよ。」

「はぁ。」


キバコから解放された花子が立ち上がる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


川上高校一階食堂。生徒800人が集まれるかなり広い食堂の真ん中にぽつんと少女三人が座っている。

サキ子がカバンからおにぎりを三つ取り出す。

ラップに包まれ、先ほどの戦闘の衝撃でいびつな形になっているそれを花子とキバコに渡す。

キバコは歓声を上げてラップを引きはがしおにぎりを貪り食う。

花子は手を付けず、机に脚を投げ出してサキ子を睨む。


「で、何者なのあんたら。」

「私は口裂け女のサキ子。怪異ハンターをやってる。ちなみにインスタのフォロワーは3000人。美少女って評判よ。」

「口裂け…。もしかしてそのマスクの下って…。」


花子が恐る恐るサキ子の大きな黒マスクを指さす。

サキ子がマスクをずらし口を露わにする。マスクに隠れていた素顔はきれいな色白小顔で傷一つなかった。


「え…。裂けてないじゃん。ただのメンヘラじゃん。」

「誰がメンヘラ美少女よ。今時傷なんて加工してるに決まってんでしょ。」

「美少女なんて誰も…。え。今加工って言った?加工って写真にするものだよね。」

「加工よ。」

「え…。」


キバコが口いっぱいにおにぎりを頬張りながら勢いよく手を挙げる。


「あふぁひひばお!ひんめんへんへす!」

「なんて?」

「この子は人面犬のキバコ。」

「じん…。えっ。」


花子が隣に座っていたキバコを抱きかかえる。

少し首を傾げたキバコだったが、すぐに花子に向かって満面の笑みを浮かべる。

体を凝視する花子。未成熟な体に細い手足、黒いロリータワンピースがよく似合っている。


「人じゃん。耳しか犬要素ないじゃん。コスプレ幼女じゃん。」

「正確には人面犬とか狼男とかワーウルフとかのミックス。人間の血も入ってるんじゃないかしら。」

「親の顔はわかりません!」


胸を張るキバコを椅子に下ろし、ため息を吐く花子。目の前の自分のおにぎりのラップを外し小さな一口でかぶりつく。


「で、怪異ハンターって言ったっけ?この学校に何の用?」


サキ子がスマホを取り出し花子に見せる。

軽自動車程の大きさの一つ目の怪物の死体の前での二人の自撮りが表示される。

加工に加工を重ねた結果、肝心の怪物はぐにゃりと曲がってしまっている。


「最近この辺強い怪異がわんさか出るようになったの。たぶんそれって暴走した怪異が自分を具現化するための餌をおびき寄せてるんだと思うのよ。」


スワイプされていく写真。

どの写真も怪物の死体よりもサキ子とキバコの方が大きく映っている。顔を全て同じ角度にして映っているサキ子に少し引く花子。


「で、この近辺の怪異スポットってなるとこの学校になるのよね~。建つ前は墓地だったらしいし、しかもこれ。」


写真のアプリを閉じてニュース画面が表示される。

その画面を見て、花子は目を見開く。


「ここ、一年くらい前に自殺者出てんのよね。で、そんな怪しい所に強い怪異がいるって噂。それは調査するしかないって感じでここに来たの。」


動揺からかニュース画面からすぐに目を離す花子。

そんな花子の変わった様子にサキ子たちは気付かない。


「ねぇ、最近暴走した怪異とか見なかった?私たちみたいに具現化してるんじゃなくていかにも危ないって感じのヤツ。」


花子は遠くの暗闇に包まれた外に目をやって動かさない。


「それで?その怪異とかいうの見つけたらどうすんの?」

「どうすんのって決まってるでしょ。私たちの先祖みたく人を殺しまくって都市伝説になる前に倒す。」


花子が制服のポケットからぶら下がっているぬいぐるみを握りしめる。


「残念だけどあたしは見てないよ。しっかり具現化した怪異を見るのもあんたたちが初めて。時間の無駄だから帰ったら?」


花子が立ち上がり、その場を去ろうとする。

サキ子が引き留めようとしたその時、キバコが声を上げる。


「なんかきたー--!」


直後、グラウンドの方面から何か地響きのような音が響く。

花子が食堂の窓からグラウンドの方面へと走り出す。

それを追うサキ子とキバコ。

大きなグラウンドには土煙がもくもくとたっており、真ん中に一人の少年のような影が体育座りをしているのが見える。

土煙が晴れ、おそらく空から少年が飛来しその着陸の際にできたであろうクレーターとその少年の正体が真夜中のグラウンドに露わになる。


「あれって…。」


サキ子が指をさしたその先にいるのは、二宮金次郎像だった。


「なるほどね。一時期は誰もが知ってる走る二宮金次郎像って怪異が最近じゃさっぱりご無沙汰になったから丑三つ時にしか具現化できないレベルにまで落ちたと。それで力を取り戻そうとした結果暴走。こいつが親玉ってことでいいかしら?」

「うーん…。そうのようなー違うようなー。」


自信満々に語るサキ子と首をひねり、すんすんと鼻を鳴らすキバコ。

上履きで砂利を鳴らし、戦闘態勢を構える花子。


「あれ倒したらいいんでしょ。とっとと終わらせるから早く帰って。」

「手伝ってくれるのはうれしんだけどさぁ、もうちっと仲良くしましょうよ。」


サキ子がどこからともなく銀色のはさみを二挺出現させる。

二宮金次郎像から機械の駆動音のようなうぃんうぃんという音がすると三人をとらえた両目がまばゆく車の黒んとライトのように光る。


「ターゲット…。グゲンカカイイサンタイ。ホショクシマス。」


金次郎像の背中の薪の束がジェットパックへと変形し、轟音と大量の煙と共に夜空へ重い体を飛び立たせる。

それを黙って見上げてしまう三人。


「飛んだー!!!」

「ねぇ、怪異ってこういうのが普通なの?」

「いやー私は初めて見たかな。」

 

のんきに会話する三人に向かって足をドリルのように回転させた金次郎像が落ちてくる。

三人は思い思いの方向へ転がりこれを回避する。

着陸の拍子に発生した土煙を裂くように金次郎像はジェットパックでの追撃を開始する。

その標的になったサキ子は今度は回避することができず、胸倉をつかまれながら上空へと連れ去られてしまう。

鼻が触れ合うほど顔を近づけられる。すると金次郎像の口に光が収束する。


「ちょ、ちょ、ちょっと!うそでしょうそでしょ!」


二挺のはさみを石造りの胴体に突き刺し、蹴り飛ばすサキ子。

空中でもみ合い、何とか金次郎像から離れグラウンドへと落下するサキ子。

その無防備な状態のサキ子を狙い、金次郎像が口に蓄えた光の束を放出する。


「させるかー!」


キバコの飛び蹴りがレーザーを放つ寸前の金次郎像の顔を蹴り飛ばす。

地上から上空30メートルはある高さへとジャンプする驚異的な脚力を持つキバコの蹴りに金次郎像は大きく狙いを逸らし校舎を焼き払う。

天井や壁が焼き払われ教室がむき出しになった学校を見てサキ子は冷や汗を一滴垂れ流す。


「当たったらシャレにならないわねあれ。」


着地したサキ子とキバコに金次郎像がロケットの様に突進してくる。


「花子さん式遊技技法 『地獄手毬唄』」


花子が上げた片手に黒い稲光が集う。黒い雷は毬へと姿を変え、宙に浮かんだそれを花子は思い切り殴りつける。黒い大蛇の様なそれは金次郎像がキバコ達へとたどり着く前に吹き飛ばす。反動で飛び上がった毬はひとりでに動き始め、再度金次郎像に素早い一撃を叩き込む。

制服のポケットに両手を入れサキ子とキバコに合流する花子。

その後ろで、黒い雷をまとった毬が金次郎像を襲い続ける。

毬の猛攻を受けて地面に着陸することも叶わない金次郎像はミサイルの様に両腕を飛ばし、毬を迎撃する。

霧散する毬。しかし、サキ子とキバコが走り出し金次郎像との距離を詰めている。


「腕無くなった!チャンス!」

「いっくぞー!」


ハサミを振るうサキ子。目に留まらぬそのハサミ捌きは腕が何本にも見えるほど。

そんな猛攻を金次郎像は器用にジェットパックによる飛行と両足で捌く。

サキ子の舌打ち。

サキ子の攻撃に合わせ、両手の爪で合いの手の様に斬撃を繰り出していたキバコが高く飛ぼうとした金次郎像の足首を掴む。


「ナイスキバコ!『 鋏鋏縺叫きょうきょうれんきょう』!」


サキ子の持っている二挺のはさみの刃の部分が延長し、日本刀のような形状になる。

延長された鋏から目にもとまらぬ三十八連撃が金次郎像の石造の全身をチリ紙の様にズタズタにしていく。

石像の首が切断され宙に舞う。

その首を二人の後方から飛んできた花子が踏みつけ、地面にめり込ませる。

頭の飛んだボロボロの胴体は、ジェットパックも沈黙し完全に動きを止める。


「はい。終わり。」


サッカーボールの様に頭を踏みつけている花子。

微かに振動し始める金次郎像の頭部。

突如、大きく暴れだした金次郎像の頭と体。

黒い煙が竜巻の様に発生する。

それに巻き込まれない様に逃げ出す三人。

振り返り、竜巻の中に潜む怪異に思わず目を見開く。


「いや。それはおかしいでしょ。」

「でっかーい!」


頭を抱えるサキ子と対照的にはしゃぐキバコ。

その視線の先には校舎を優に超える巨大さの二宮金次郎像が雄たけびをあげていた。


「大変そうだね。怪異ハンターって。」

「人ごとみたく言うな!あんたも手伝うんだよ!」


三人に向かって巨大な新たに生えた拳が振り下ろされる。

何とかそれは躱す三人だったが、地面にめり込んだ腕から何十発ものミサイルが飛んでくる。


「げっ!」


校舎に逃げ、何とかミサイルしのぎ切る花子。

爪や牙でミサイルを迎撃するキバコ。

鋏の斬撃でミサイルを切り堕とすサキ子。

両目から放たれたレーザーが花子を追尾し、ミサイルの迎撃に手いっぱいだったキバコを巨大な右手でつかみ取り、脛から発射されるミサイルがサキ子の行動を制限する。

ぶんっと投げ飛ばされるキバコ。高速で投げられた小さな体はフェンスを突き破り、汚い水の溜まったプールに叩き込まれる。

両目によるレーザーの追尾。花子が超人的な速度でぐるりと金次郎像の周りを回る。

ミサイルをたたき切りながらも一回転するレーザーをバク転で躱すサキ子。

二人同時に像の足元へと駈ける。

大きく跳躍した二人は勢いを殺さずに巨大石像の顎へと強烈なキックを繰り出す。

がくんと二宮金次郎像の頭が後ろに吹き飛ぶが、倒れるあと一歩でこらえられる。

突如駒の様に回りだす石像の全身。

竜巻の様に周囲の木々や校舎を破壊するその攻撃に追撃が叶わない二人。

二回渡り廊下の壁を走り、何とか竜巻から逃げ続ける二人。


「あんなのどうすればいいんだよ!」

「ああいうのは核があるのがセオリー。花子!あんたあいつの動き止められる?」

「できなくはないけど…。」

「じゃ、お願い!」


くるりと振り返る二人。

竜巻の内部からまたもミサイルが雨あられの様に降り注ぐ。


「ミサイルお願い!」

「合点!」


花子が両手をパチンと合わせながら竜巻に向かう。

それを妨害するミサイルは、ゴムまりの様に壁や地面を縦横無尽に跳ね回るサキ子の鋏で撃ち落とされる。


「花子さん式遊技技法『 殺取(あやとり)』」


花子の両手に真っ赤なひもが蜘蛛の巣の様に現れる。

それは花子が両手を振るうと同時に金次郎像へと襲い掛かる。

先ほどまで猛威を振るっていた竜巻。しかし、ぎちぎちと花子のひもにからめとられ今は身動きもできない。


「けほっけほっ。水やだ~。」


プールから上がってきたキバコ。ワンピースはぐっしょりと濡れて重たくまとわりついている。


「キバコ!」


サキ子が跳躍し金次郎像に切りかかる。

サキ子の呼びかけにキバコは瞬時に反応する。

体半分浸かっていたプールの水がそのまま浮き上がるほどのスピードで金次郎像の元まで駈けるキバコ。


「核どこ!?」

「そこ!」


上から二番目の薪を示すキバコ。


「頭とかじゃないのかっての!『 華乱(からん)』」


何十挺ものはさみがサキ子の背後から出現し、金次郎像の背中に積まれた薪に一斉に群がる。

そこに、鋏を刀状に伸ばしたサキ子が突っ込み露わになった弱点へと斬撃を加える。

はずだったが、突如として金次郎像が消失する。


「は?あれ?」


そういって着陸するサキ子。

その腹部に強い衝撃が襲う。

うめくサキ子。吹き飛び一階保健室へと突っ込む。


「なんなのよ…。」


花子が壁から地面へと降りる。

そこをキバコが指さし叫ぶ。


「ちっちゃくなってるよ!」

「…ッ!」


体が蝿のように縮小した金次郎像が花子の頭部を蹴り飛ばそうとする。

寸でで気付いた花子はギリギリでそれを避け拳を振り下ろし像をたたき落そうとする。

しかし、最初の普通サイズに瞬間で戻った金次郎像はそれを腕で防ぎ、カウンターのパンチを花子に放つ。それを受け腕で受け止める花子。それに続いて蹴りが、頭突きが手刀が花子はそれを受け流すので精一杯になってしまう。

その攻防の隙をキバコが付く。弱点である薪を切り裂こうと爪を振るう。

それはお辞儀のような形で躱されてしまうが下がった頭を殴り飛ばし、そのまま馬乗りなって顔面を殴り続ける。

が、瞬時に縮小し攻撃を躱されさらに巨大化した石像は花子とキバコを腕を振るって吹き飛ばす。

保健室から飛んできた鋏が三挺巨大化し、金次郎像の足を地面に縫い付ける。


「人の事…って人じゃないけど。バコバコ吹き飛ばしてくれちゃって…ッ!」


身動きのできなくなった像は普通サイズに縮小し、サキ子の向かってレーザーを放つ。

獣の様な低姿勢で駈けるサキ子はその光の線を華麗に避けながら金次郎像に斬撃を放ち続ける。

ボロボロになっていく金次郎像。縮小しサキ子の斬撃から逃れようとするがサキ子の鋭い眼光は小さな的を逃がさない。


(再生速度は遅くなってる。畳みかければワンチャン…ッ!)


一撃当たるだけで体が大きく欠損した金次郎像。

巨大化するが、先ほどのように体全身の傷が治ることはない。

所々傷がついているその体にキバコが飛んでくる。


「くっらえー!『ガウマシマシ』!」


キバコが黒いオオカミの霊体を纏い、爪で腕を吹き飛ばす。

落ちた腕や体全身からミサイルが溢れ、空を埋め尽くすがサキ子とキバコの攻撃で無力化される。

食堂まで吹き飛ばされていた花子の両手に黒い雷が纏われている。


「花子さん式遊技技法『 弾不知(はじしらず)』」


両手に群れた魚のように空中を泳ぎ回る大量のおはじきを携えて、二人に向かって両目のレーザーで迎撃している金次郎像の足元まで駈けだす花子。


「くッらッえッ!」


必殺の一撃が来ると分かったキバコとサキ子は後ろに跳躍し、一人残った金次郎像のみに黒い雷を纏ったおはじきが襲い掛かる。空中で何度も反射を繰り返し体をすさまじい速度で侵食するその技に像は防御姿勢を取り普通サイズまで縮小する。

像は全身を銀色の鎧に包み微動だにしなくなる。おはじきの猛攻をはじき返すその強固さに歯噛みする花子。


「かたッいッ!」


左腕の袖をまくり白い腕を露わにするサキ子。


「キバコ!あれやるよ!」

「よーし!頑張っちゃうぞ!」


その露わになった腕にかみつくキバコ。痛みに顔をしかめたサキ子の腕にキバコの体が霧となり纏わりつく。


「『黒狼ガチ鋏』!」


サキ子の持っていた鋏が黒い巨大なオオカミへと姿を変える。大きすぎる力の渦に顔を歪めるサキ子。

鎧に包まれ動けなくなり絶好の的となった二宮金次郎像の薪へと狙い定め、跳躍し切り裂こうとオオカミの牙を突き立てる。

叫ぶサキ子とキバコ。

黒い火花が舞い散る。

その硬さで牙が弱点へ届くのを何とか阻止していた鎧だったが、花子が牙を押し込み徐々に弱点へと到達していく黒狼の牙。

三人の叫びと共に突き立てられた牙は果たして弱点を切り裂く。

嘆きの様な悲鳴と共に光となって消えていく二宮金次郎像。

ハイタッチをするサキ子とキバコ。

続けて花子ともタッチしようとするが花子はそっぽを向く。


「はい。終わり。帰って。」

「つめたーい!」

「一緒に戦った仲でしょ。ほら、打ち上げとか行こうよ~!」


うりうりと花子に抱き着く二人。

それをうっとうしそうに払おうとする花子。

そんなほほえましい光景。


それを止める様に、何かが、落ちてきた。


トマトを潰したような醜い音共に落ちてきたそれは、ゆっくりと両手で体を持ち上げその姿を現す。


「だめッ!愛花!出てきちゃだめッ!」


愛花と呼ばれたそれは一人の女子高生だった。

頭から血を吹き出し、花子とおそろいの制服が血濡れになり、おぞましい声を口から漏らす。

明らかにこの世の人間ではなかった。

その怪異が放つプレッシャーにサキ子とキバコは息も忘れその場から動けない。


「親…玉…。」


音がしなかった。

何の前触れもなくそれはサキ子たちの目の前に現れる。


「―――ッ!!!!」


咄嗟にサキ子が鋏で攻撃しようとする。


「待ってッ!この子はッ!」


消えていた。

花子が止めようとしていたサキ子は愛花に顎を殴り飛ばされ上空へと飛んでいき校舎に落ちていく。

それを見ることしかできなかった二人が反応するよりも早く愛花はキバコを蹴り飛ばす。

体育館へと一直線で飛んでいく小さな体。

花子は愛花に抱き着き涙を浮かべる。


「やめてっ!愛花っ!正気に戻って!」


獣の様な唸り声をあげる愛花。

愛花の強力すぎる力の強引に身を引きはがされ花子は顔面を掴まれ持ち上げられる。そのまま地面にたたきつけられ、声が漏れ出る花子。

何度も何度もたたきつけられ花子の脳裏のは走馬灯の様な光景が浮かび上がる。


『花子さん!見て!私のぬいぐるみ!どう?かわいいでしょ!』


トイレの個室で便器に座りながら花子のスマホについていたあのぬいぐるみを掲げ笑う愛花。

茶髪のポニーテールが快活そうに揺れている。


『なんで自分のぬいぐるみなんて作ったの』


スマホから顔を上げた花子にずいっとぬいぐるみを差し出す愛花。

その顔には怪異となった今では考えられないまぶしい笑顔を浮かべていた。


『花子さん一人の時間多いでしょ?これなら寂しくないかなって。いらない?』

『…いる。』


怪異と人間。本来交わることのなかった二人の友情。

笑いあう二人のありし日の面影に花子の涙は止まらない。


何回叩きつけられたのか花子が数えるのを止めたころ、サキ子とキバコ二人が愛花へと鋏と爪を振り下ろす。

その目は完全に余裕を失っており、ともかく全力で目の前の脅威を取り除くことだけが二人の思考を埋め尽くす。

爪も鋏も愛花の体を切り裂くことには成功していた。しかし、切り裂いた矢先に傷が地面からあふれ出た黒い霧にふさがれてしまう。


(なんて再生力!さっきの二宮金次郎像の比じゃない!)


サキ子がキバコに目配せを行う。

キバコが地面に向かって爪をたたきつけ土煙を起こす。

サキ子は倒れている花子を抱え校舎内へと駈ける。

下駄箱を背に愛花から隠れ三人は息をひそめる。


「…おねがい。愛花を許して。」

「ここの怪異の気配ごまかしてたのあんたでしょ。」


力なくうなずく花子。


「あの地縛霊相当強い。このまま私たちが喰われたら間違いなく何万人と死者がでる。もうあんな暴走しきった怪異は倒す以外に方法はない。」


力が抜けてしまい土下座の様な格好になってしまう花子。


「最初の…最初で最後の友達なの…。」

「ニュースで出てた自殺した子よね。…。確か原因はいじめ。」


地面に突っ伏して歯をギリギリと鳴らす花子。

怒りや自己嫌悪で震えるその肩をキバコが優しく抱きしめる。


『死ねよッ!お前のせいで先輩停学になったんだぞ!』


美術室。五人の少女が愛花を囲んで蹴り続けている。


『た…たばこ吸ってた方が…。』

『…あ?』


必死に抵抗しようとしたがすぐにそれを後悔する愛花。

口答えされたことに逆上した少女たちはさらに苛烈な攻撃を愛花に続ける。


『土下座しろ!土下座!』


おずおずと土下座をする愛花。

それを冷笑しスマホで録画をし始める少女。

リーダーらしき女が愛花の頭を蹴りつける。


花子は絶望した。

愛花との学校生活で人間を好きになったというのに。

丑三つ時、学校に救う怪異を人間のために退治し続けたのに。

こんなにも人間とは醜い生き物なのか。

花子は一線を越えようとしていた。

愛花を踏みつけ汚く笑う少女の首に手をかけようとする。


『ダメッ!花子さん!』


愛花の声にはっと我に返る花子。


『何こいつ。』

『痛すぎだろ。』


その後も愛花は暴力を振るわれ続ける。

最終下校時刻のチャイムが鳴り、取り囲んでいた少女たちが帰った後花子は泣きながら愛花に抱き着く。


『なんで?なんで止めたの?』

『…花子さん。やっぱり人を傷つけたらダメだよ。きっとあの人たちも分かってくれる。』


そう言ってすすり泣きながら愛花は帰っていく。


『優しすぎるよ…愛花。』


サキ子たちの背後の下駄箱が吹き飛ばされた。

傘立てにロッカー、昇降口にあったものは全てが愛花による一撃で吹き飛んでしまっている。

たった一撃。暴力の嵐と呼べるその一撃に三人は戦慄する。

また音も無くサキ子たちの目の前に現れる愛花。

距離とろうと後ろに下がるが愛花の拳は止まらない。

サキ子の顔面を捉えた一撃。それを止めようとキバコが腕に縋りつくが壁に押し当てられすりおろされるかのように引きずられる。


『…ころす。』

「…え?」


ぽつりと言った愛花の言葉に、足元で丸くなっていた花子が驚き顔を上げる。


『ころすころすころす ねおもあだちもさいとうもゆきむらもばばも ころすころすころす』


重なったのは泣きながらも強がって笑顔を浮かべていたあの光景。


『人を傷つけたらダメだよ』

「そっか…もう、愛花は…愛花は…。」


あの日。

三階女子トイレの窓から見たあの光景。

愛花が飛び降りたあの事件。

力になれなかった親友への強い罪悪感。


学校からほのかに光が溢れ出す。

その光は花子を包む。

肩から力は抜けているが。

まだ親友への思いは消えていないが。

花子は立ち上がる。


「愛花…。あんたはここで止めたげる。」


愛花が雄たけびを上げる。

それにひるむことなく花子は拳を親友へと振るう。

二宮金次郎像との戦闘とは比にならない威力。長い廊下を一瞬で横断し吹き飛んでいった愛花。

追い打ちをかける様に花子は倒れた愛花にかかと落としを喰らわせる。

それを腕で防ぐ愛花。黒い霧が実像を持ち、高速で花子の体を天井へとたたきつける。

壁からよろよろと立ち上がるサキ子。

キバコも体に無理を言わせ立ち上がる。


「地縛霊はその土地への強い思いを力に変える。花子の学校への思い出が力を貸してるって感じ?。」


サキ子とキバコも黒い霧と白い光がぶつかり合う戦場へと駈けだす。


二階家庭科室。

先生に黙って二人で放課後にクッキーを作った思い出が蘇る。


『花子さんぶきっちょだね~!』

『うっさい!愛花が器用すぎるだけ!ほら!形はあれだけどおいしいよあたしのも』


そういって愛花の口にクッキーを押し込む花子。


『ほんとだ~!』


そうやって笑いあった過去。

今は互いに歯をむき出し目を血走らせ殴りあう。

なぜ親友と。どうしてあの頃に戻れない。

そんな思いを噛み殺し愛花の黒い霧から強引に抜け出し何度も愛花の顔を殴り続ける。

愛花の咆哮。

黒い霧が密集しレーザーの様になったそれを喰らい花子は体育館へと吹き飛ばされる。

白い光で何とか防ぐも愛花の猛攻は止まらない。


一階体育館。

最終下校時刻を無視して二人でバスケの練習をしていた日々。


『だめだ~やっぱり運動なんてできないよ~』

『頑張って。体育でみんなに良いところ見せるんでしょ。』


一、二回バウンドさせたボールを見事にゴールさせる花子。


『すごーい!花子さん!TikTokであげていい?』

『いいわけないでしょ。』


愛花に何度も殴られ蹴られる花子だったがそれでも食らいつく。

溢れる光で愛花を牽制し、背後に回って殴り飛ばす。

殴り飛ばされた勢いを殺さずに愛花は黒い霧を飛ばす。

光でガードするものの、光は霧に抉られ目の前の愛花に対する防御力がなくなる花子。

そこに二つの衝撃が愛花にぶつけられる。

一つは銀色に煌めく二挺の鋏。

一つは黒く闇を塗りつぶす黒狼の爪。


「おまたせ!」

「おまたせ!」


「…その、あんがと。」


二人が花子の前に立ちふさがる。

床をめくりあげ天井を崩壊させる暴力の嵐を三人は真正面から受け止める。

ぎりりと歯を食いしばる三人。

愛花の体からあふれる霧が鎌の形となり、目にもとまらぬ速さで三人を切り刻もうとする。


「『グルルガクスクス』!」

「『 燐吻化粧(りんぷんげしょう)』!」

「『花子さん式遊技技法『 円月殺法(えんげつざっぽう )


サキ子とキバコの必殺の三連撃が鎌を弾き飛ばし、花子による巨大なけん玉による攻撃が愛花に炸裂する。

円を描きながら光による竜巻を起こす花子。

その竜巻から巨大な球が四方八方から飛んでくる。

愛花の動きを完全に止めるけん玉による連撃。

それを止めようと愛花が大振りの一撃を構えた瞬間、花子が距離を詰める。


「『 炎掬び(えんむすび )


花子の左手から炎が噴き出す。

それは愛花を守っていた黒い霧を弾き飛ばし、その体を校舎三階へと吹き飛ばしていた。

吹き飛ばされた愛花は霧によるレーザービームを放つ。

先ほどまでとは違い拡散されたその光の線は校舎を真っ二つにし、複雑な回避を三人に要求する。

ひらひらとはためくスカートの端を焦がしながら三人は空へと野ざらしになった三階へと到達し、愛花にそれぞれの得物を叩きつける。


三階女子トイレ。

愛花がすすり泣く。


『私のせいで…。私がダメなせいで…。』

『そんなわけないよ…。愛花は愛花は悪くない!』

『ごめんね…。花子さん…。ごめんねごめんね。』


泣き崩れる親友を前に何もできなかったあの日の花子。

ああやって言えば。あいつらを殺していれば。

後悔が花子の頭をよぎるが目の前の愛花の叫びが悲痛に満ちた声が戦わなければと背中を押す。


「二人とも!10秒でいい時間稼いで!」


愛花からもらったぬいぐるみを握りしめ叫ぶ花子。

サキ子とキバコはその覚悟にうなずく。


「30秒稼いであげる。」


サキ子はそう言ってマスクを外す。

キバコがえいえいおーと両手を振り上げる。


「『テラーモード』」


サキ子の口角からひび割れの様に傷が広がっていく。耳まで伸びたその傷を浮かべにっと笑う。

キバコの胴体腕脚がどんどん筋肉質になっていく。丸太の様なその体に不釣り合いな小さな顔ははつらつとしていてにっこりと笑顔を浮かべている。


「私たち、綺麗?」


愛花が自身への脅威に身を震わせ雄たけびを上げる。

それに呼応し嵐のように二人を襲う鎌。

それを全て叩き飛ばし鋭い蹴りを愛花に炸裂させるサキ子。

キバコはそこに自身の樽よりも太い両手を振り下ろし愛花を一階まで叩き落す。

先ほどまでよりも巨大になった鋏で愛花を切り裂き続けるサキ子。

切り裂かれたその傷はすぐに塞がってしまうが愛花をひるませるには十分な威力だった。

しかし、徐々にその鋏の斬撃も見切られてしまい愛花はサキ子もとへと前進し始める。

そこにキバコが割り込み、愛花の両手を倍ほどある自身の両手で押しとどめる。


「ぐぬぬぬぬ!」


二人の周りにはクレーターが出来上がり両者の気迫で瓦礫が浮かび上がる。

自身の体の何倍ものデカさの鋏を振り下ろすサキ子。

キバコが両手を離しサキ子と位置をスイッチさせ巨大な鋏での大振りな斬撃を繰り返し愛花の体を切り刻む。

愛花の黒い霧がドームの様にその体を覆う。

明らかに来る必殺の一撃。しかし、二人は恐れず愛花へと直進する。

黒い霧の爆発。

校舎を完全に吹き飛ばすその威力に上にいた花子も吹き飛ぶ。

聞こえてくる二人の叫び。

テラーモードが解除され元の姿に戻った二人は体が悲鳴を上げるのも無視して頭上に飛んでいる花子のもとへと愛花を弾き飛ばす。

愛花と花子の位置関係が逆転し、落下しながら愛花の姿を捉える花子。

左手でぬいぐるみを抱きしめて右手を銃の形に折り曲げる。


「愛花。ごめんね。」


花子から光が迸り、愛花を流星の様に射撃する。

黒い霧で光を防ぐ愛花だったが花子はさらに光を浴びせ続ける。


『花子さん!この雪だるまかわいいでしょ!自信作なんだ!』

校庭に積もった雪で遊んだ思い出

『花子さん!私数学苦手なんだ~花子さんずっと学校にいるでしょ。教えてよ~』

居残りに付き合った思い出

『花子さん!お化粧上手だよね~!どこで習ったの?』

トイレの鏡で化粧の仕方を教えた思い出

『花子さん。綺麗だね。卒業してもたまに来ていい?』

夏休みにこっそり屋上に忍び込んで花火を見上げた思い出


その思い出全部を懸けて愛花にありったけの一撃をぶつける。


「届けッ!」


花子の光に押し出され、愛花は天高く飛ばされていく。

大の字になってその様子を見上げることしかできないサキ子がつぶやく。


「そうか地縛霊は土地の思い出で強くなる。空に追い出せば再生も止まる。」


花子の渾身の一撃が天へ愛花を送り出す。


「花子さん式思い出技法『哀歌』」


光は霧を絶ち愛花を包む。

花子は愛花の声を聴いた気がしたが何を言ったのかはわからなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


三人は私立川上高校の前に立っていた。

激戦の後の校舎はほとんど残っておらず瓦礫の山と化していた。


「そろそろ丑三つ時、終わるよ。」


ボロボロのサキ子がそう言うと、校舎がほのかに光始める。

怪異たちが起こした夢物語は現実へと戻り始める。

瓦礫が一人でに動き始めると、逆再生するかのように校舎が修復され始める。


「あたしたちは結局夢みたいな存在なんだよね。」


花子がぽつりとつぶやく。

花子の手をぎゅっと握るキバコ。


「確かに私たちは夢かもしれない。でもね人は夢を見なくちゃ。私たちみたいなとびきりかわいくてイケてる夢をね。」

「なにそれー!」


そっと花子の肩に手を置くサキ子。


「花子と愛花の友情は夢とか幻なんかじゃないよ。」

「…そうだね。」


午前2時30分。

丑三つ時が終わる。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


愛花の墓に花を手向け三人で手を合わせる。

すぐに顔を上げた花子は少し歩きだすと二人に向かって振り返る。


「ね、あたしも入れてよ。」

「なにに?」

「怪異ハンターっての。」


花子がにっと笑う。

サキ子とキバコは顔を見合わせる。


「やったー!花子さんも一緒!!!」

「結構しんどいわよこの仕事。」

「上等だよ。」


夜が明け日が昇りだす。

花子の頬を風が撫でる。


「じゃ、朝マック行きましょ。」

「ハッピーセットだぁぁぁ!!!」

「休まないのあんたたち。」


花子のポケットから飛び出しているぬいぐるみが揺れる。

怪異は夢物語。










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