第3章~侵入・前編~
あいにくの空模様。雲が広がる朝を迎えた。俺はもう一度蔵後収容所の地図を見ていた。放浪人に言われた無実で捕まった人は、この収容所の一番奥。最後の間にいると印が付けられていた。まもなく侵入する。
ポツッポツッポツッ。
地図に雨が落ちてきた。咄嗟に地図をしまい、濡れないよう木の下へ移動した。江戸の町並みが段々と白けていく。
・・・
陽太 治郎。そろそろ行くか。
治郎 おう!
俺達は江戸の関所へ向かい、武蔵国・江戸の町に入って行った。こんな身なりの俺達に、雨は好都合だったかもしれない。町の人達は傘をさして歩く。その視界には俺達の下半身しか見えない。じろじろと怪しまれる事もなく目的地を目指せる。俺は頭に叩き込んだ地図を頼りに蔵後へ歩を進める。うん。おそらくこの通りだ。左手に見えてくるはず。
陽太 ここら辺なんだがな。
治郎 看板も人もないなー。
おそらく蔵後のある場所の前に来ているのだが。そこには、身長程の塀がぐるっと何もない平地を囲んでいるだけ。門は在るものの人はおらず、平地の奥の方に小さな建物が見えるだけ。雨がさっきよりも降ってきていた。
治郎 まあ、誰もいないなら好都合じゃないか?、早く入っちまおう。
陽太 あ、おう。
俺達は収容所であろう門をくぐった。やけに広い平地だな。あの小屋が地下に繋がっているのか?まずは小屋を調べてみるか。
雫 ふふふっ。雨って良いよねー。
気付かなかった。すぐに後ろを振り返った俺と治郎。そこには、塀の側で傘をさした男の姿があった。
雫 雨が天から落ちる様。傘に弾かれる音。そして地面から香る湿気った匂い。僕は雨の日がとても好きでね。、そこの二人の野侍さん。ここは空き地じゃないんだよ。門の下に彫られた文字を読まなかったのかい?ここは罪人達を閉じ込める牢屋。遊ぶんだったらもっと田舎の広い所に行くんだね。
陽太 俺達はここに用がある。
治郎 門番はお前か?
雫 ふーん。御愁傷様。
そう言うと男は降る雨を見上げ、指で雨粒を弾いた。
ピンッ!
一瞬で視界が霧に包まれた。男の姿はうっすらとしか認識できない。
陽太 急に霧が!
治郎 気を付けろ陽太!
俺達はすぐに刀を抜いた。
男はさしていた傘の柄を持ち、ゆっくりと下へ動かすとスラリと黒い刀が現れた。
雫 僕の刀はね。こうして、雨に打たれれば打たれる程。強度を増していくんだよ。黒い刀に滴る雨。硯特有のザラリとした刀身。なんて美しいんだろうか。
治郎 あ?あいつ今何て言った?、もしかしてあいつ、あの硯の刀を持っているのか?
雫 へー。君はこの黒刀の事知ってるんだ。邪魔だね。、雨刀、霧雨!
すると、さっきよりも霧の濃さが強くなった。男の姿は完全に消え、治郎の姿も見えなくなった。
治郎 おい!真っ白で何も見えねえぞ!
陽太 治郎!大丈夫か!?
くそっ!、治郎からの応答もない。視界は霧まみれで何も見えん。どうする。あの男はどこにいる。落ち着け。、、ん?、少し霧が薄くなった。
陽太 治郎!?、おい!治郎はどこだ?
雫 さぁ。どこだろう。、僕を倒したら教えてあげてもいいよ。
陽太 この野郎。
男は刀を真横に掲げた。
雫 雨刀、篠突く雨。
ドッザーーーーーーーーーー!
空から大量の雨が平地を打ち付け始めた。気付くと男の姿が視界から消えていた。
ガキンッ!
雫 君の刀、白いんだね。、ん?まさか白羽の刀じゃないよね?
くっ!!速い!急に目の前に現れた。瞬時に刀で防げたのが不思議な位速かった。雨で手が滑る。足元もねかるんでいる所とそうでない所があって踏み込みずらい。くそっ!かなりやりづらいな。少し距離を取る。
雫 ふふっ。苦しそうだね。
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!
くっ!くっ!くっ!くっ!、ダメだ!距離を取っても、男の鋭い突きが飛んで来る。
ガキンッ!キンッ!キンッ!
雫 死にたいのか!、ここに来るのは大半が罪人の恋人や家族、物乞い位だぞ!皆、口を揃えて言う。あの人はやってない。早く出してくれ。あんたらは悪人だと身の程もわきまえずに。
陽太 俺には、助けたい人がいる。
雫 脱獄させる事が、どう言う事かわかっているのか。
陽太 無実の人が捕まっていたらどうする?
雫 面白いことを言うね。そんな事等ありえない。、うん。話をしても通じなさそうだね。わからせてあげよう。
体が雨に濡れて重い。どうすれば。あの男を。治郎を見つけないと。寒さか、手が少し震える。
雫 雨刀、黒雨。
男は身体の正面に刀を出し、刀の刃を地面に向けた。雨が刀を伝い、段々と黒く染まる。そして、刃先から染まった黒い雫が地面に落ちる。すると、地面が墨を落としたように黒く染まって行く。俺は何か嫌な予感がして、瞬時に男の後ろに回り込もうとした。
雫 感が良いね。でも、墨の広がる速さを侮らないでね。
黒く染まる地面が徐々に広がってくる。俺はあの男の左側から真後ろに回り込んだ。あの黒い地面には触れてはいけない気がした。
治郎 陽太!しゃがめ!!!
シュルルルルルッ!ザクッ!
声がする方から何かが音を立てて飛んで来た。
雫 くっ!首に!手裏剣?、あいつ?いつの間に!?
治郎の声!、手裏剣が男の首に刺さった!今しかない!、手が小刻みに震えている。この刀なら。俺なら。技を使えるかもしれない。雨を切り裂く風の力!頼む!、俺は刀を身体より後ろに引き下げ、全速力で男に向かった。
陽太 出ろ!風の力ーーー!!!!
雫 くっそガキが!、技が間に合わない。
男が振り向き刀を振り上げた。
キンッ!すかさず俺は刀を弾き左膝を狙った。
ズバンッ!!
雫 左足がっ!、なんだ!?あいつの刀に風が纏った!
男の左膝から下が完全に斬り離された。黒く染まる地面に血が流れ込む。男は唸り声を上げながら倒れた。
治郎 見たか陽太!俺の手裏剣の命中を!
陽太 助かった!ありがとう。治郎は無事か?
治郎 ああ。霧まみれにされたけど、鞘でブンブンずっと振り回してたらなんとか視界が見えてきて。そしたら陽太が戦ってるのがわかってよ!一か八かで手裏剣使ったんだよ!
陽太 そんなんでよかったんだ!、そうだ!あいつの足。
気付くと男は気を失っていた。治郎いわく、大量の出血と大声で意識が飛んだんだと言う。雨はピタリと止んだ。すぐに治郎は足の治療に入った。俺はその間に小屋を調べた。
陽太 小さい小屋だ。開かない。鍵がかかってる。治郎!扉に鍵がかかってるぞ!
治郎 あーっと!ちょっと待て!、うーんと。あ、と、これか!?陽太ー!これかも!首からぶら下げてるのがあったぞ!
治郎が見つけた鍵は少し藍色がかっていた。治療を終えた男を小屋の近くに移動させ、扉に鍵をさした。
カチャン。
陽太 開いた!
治郎 よし。行こう!さっきのこの男の大声で誰かがこっちに来るかもしれない!
陽太 そうだな!
俺は扉を押し開き、下へと続く階段を降りて行った。慎重に進んでいく。段々と外からの明るさが弱くなり、物々しい雰囲気に少し息苦しさを感じた。階段が終わると、そこには短い通路があった。奥に小さな松明が燃えていた。その火の明かりに照らされる引戸の様な物が見えた。湿った土の臭い。振り返ると階段には少し陽が差していた。前に進む。通路の終わりには引戸があった。音は聞こえない。土壁の様な引戸をズズズズッと開けた。
竜 ん?誰や?、おー?お前らどうやってここに入った?、まさか雫を倒して来たんちゃうやろな?
天井と床面の四方に囲んだ桃燈がズラリと部屋を灯していた。そこには獣の皮を纏った短髪の男が立っていた。
陽太 話してる時間はない。
治郎 雨男なら上で寝てるぜ!
竜 ほう。生意気な奴らやのう。先に言うとく!俺は雫よりも強いで!後悔すなよ!
そして、その男は床に置いてあった刀をゆっくりと抜いた。その刀身は黄金色に光っていた。
バチバチバチッ!
鋭い音が響くと共に雷の様な閃光が天井に走った。
治郎 おぉい!!何だよ今度は?
陽太 雷?
竜 俺の名は竜!そしてこの刀は、妖刀・ハクビシン。雷刀や!どっちが先や?二人同時でもええぞ!、まぁ、お前さんから先にやったろか!?
俺達は刀を抜いた。その瞬間、眩しい光が男の方から放たれた。
竜 雷刀、稲妻!
素早い動きで竜が陽太に斬りかかる。
バチンッ!
バチバチッ!バチッ!バチチ!
陽太は寸での所で刀を食い止めた。竜の刀から音をたてながら、細い雷撃が飛び散っていた。
竜 珍しいのぉ!俺の刀をまともに防ぐなんて。普通の奴やったら雷が身体を通って気絶してる所や!、なんや。白い刀に秘密でもあるんか!?
陽太 うるせえな!!
俺は刀を押し返し一旦距離を取る。痛い。手が痺れる。何だあの刀?でも、この白羽の刀。雷も防げるのか?、あいつの技を吸収しているとしたら、、。
治郎 陽太!大丈夫か?
陽太 ああ。治郎、少しだけ俺から離れておいてくれ!やってみたいことがある。
バチバチバチンッ!
竜の持つ刀の刀身が黄白色に変わった。
竜 雷刀、雷光。、何や最近はずっと地下ん中で、稽古する事もなくなって。腕が鈍ってきとるんかのう。俺もまだまだや。
フッ!竜の姿が消える。
バチンッ!くっ!こいつも動きが速い!刀が眩しすぎる!目がくらむ。バチンッ!バチンッ!刀がぶつかる度に俺の手に電撃が走る。バチンッ!
竜 そんなもんかっ!?ハハッ!
陽太 くそっ!おらぁ!!
ブンッ!竜は陽太の振りを後ろに避けた。
颯?だっけかあの風男。やるしかない。最後はあの男の雷が使えるかどうか。行くぞ!俺は瞬時に地面すれすれを狙い刀を横に振り斬った。
陽太 風刀!辻風!!
ザァブゥッ!
すると竜の回りを激しい風が巻き起こった。
陽太 行け!かまいたち!!
陽太の刀に細かい風と光の筋が纏い出す。
ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!
竜 おぉ!!くぐっ!!、何や?風の力か?楽しませてくれるやないの!、じゃあ俺も全力で行かしてもらうで!!
陽太 風は出せたぞ!、次だ。雷の力!
竜 雷刀、青雷!
竜の刀の色が青白く変わった。
竜 よけんなよ!?、とっ!ほっ!
巻き起こる風の中で竜は高く飛び、青白く光る刀を振り上げる。すると、その刀から青く光る虎が現れた。
ガアオォウウッ!!!
陽太 来るっ!
辻風を切り裂き竜が飛び掛かってくる。
俺は男の空いた右脇を貫くつもりで刀を振り上げた。
陽太 雷!起これ!!おっりゃあぁああ!!!!
陽太の刀に光が差し、電撃を纏い始めた。
竜 何でや!?あいつの刀に雷が!
ズバチンッ!
バキバキバキバキッ!
竜 カッハッ!、ガッ!
治郎 うぅえぇえええええ!?、俺の真横に亀裂が入ってるんですけど~!!煙ってる!地面から煙ってるよ!!!膝がこんなに分かりやすく震えることってある~?
陽太 出た?のか?、斬った感覚がなかった。あいつは?
男は白目を向いて仰向けで倒れていた。俺が狙った右脇は赤黒く、少し焦げ臭かった。
治郎 陽太?大丈夫か!?
陽太 なんとか。
治郎 よかったー。俺の真横にあいつの出した虎が突っ込んできてさ!しょんべんチビる所だったよ~。
陽太 無事で良かったよ。、そうだ!鍵、持ってないか?
調べると、男の足首に紐に通された鍵があった。そして、男が立っていた後ろに扉があった。治郎は手早く男の治療に当たりながら、さっきの雨の男の持ってた硯の刀を拝借し損ねた事を深く後悔していた。
治郎 よし。これで目が冷めても動けないだろ。
側に置いてあった紐を使い男の両手両足を縛って俺達はこの間を後にした。




