第2章~道・後編~
次の日。俺達は岩代国から下野国を目指して歩を進めた。天気は良好で、暖かい日差しのお陰で、濡れた衣服も乾きが良い。
しばらく歩くと関所が見えてきた。関所の人に地図の裏の手形を見せて無事に下野国へ入った。今日は風がよく吹いていた。向かい風になる前にできるだけ進んでおきたい。
俺達は、野宿できそうな山を見つけ、そこを目指し歩いて行く。風の影響か土埃が舞う。乾燥した地面がしばらく続く野原を進んだ。
治郎 今、どの位進んだんだ?、江戸まで半分ってとこか?
陽太 そうだな。もうその位まで来てると思う。地図見てみるか。
そう思い、風呂敷から地図を出した瞬間、突風が吹いた。
陽太 あ、地図が!
風で地図が飛ばされた。
治郎 あー。ちょっと何でこんな時にー!、俺が取ってくる!
陽太 ありがとう!
そしてまた強い風が俺の身体を押し倒そうとしてきた。今日はやけに風が強い。
陽太 とと、ふう。収まったか。ん?いつの間に、誰だ?
すると、陽太の目の前に見知らぬ男が腰に差した刀に肘をつき立っていた。
颯 何だその格好?刀を差す姿じゃねえな。野武士のつもりか?
陽太 誰だ?
颯 刀狩りの颯だ!関所の側を彷徨いてれば良いカモが釣れると思って来てみたが。変な奴が居たもんだ。興味があるのは刀の方でね。置いていってもらうぞ。
陽太 刀狩り?そんな事出来る訳ないだろう!
颯 だろうね。
カチッ!颯は鞘から刀を少し出した。
颯 風刀、塵風!
ズザッ!
颯は刀を素早く抜き、刀身を地に沿わす様に振り斬った。
あの男が刀を振った瞬間。一気に俺の視界は薄茶色い砂埃だけになった。男の姿は見えず視界が遮られた。俺は刀を抜いた。何処から来る?足音もしない。
颯 風刀、鎌鼬!
ビュンッ!
颯の刀から細かく鋭い光る風が砂埃の中に飛んでいく。
スパパパパッ!
陽太 くっ!何だっ!!
いきなり突風が吹いてきたと思ったら、何か光る物が飛んできた。、服が、切れてる。手には何かに引っ掛かれた様な傷。ん?顔もだ。細かい傷がつけられてる。
ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!
スパ!スパ!スパパパパッ!
陽太 ぐっ!見えない!
砂埃のせいでどこから攻撃されているのかが全くわからない。これでは防ぎようがない。このままだと流石にまずい。手も顔も身体も痛すぎる。
颯 風刀、辻風!
ボアッ!
陽太を隠す砂埃が風を纏い渦となって回りの土も巻き込んでいく。
陽太 風が!目に砂が!
ダメだ。持っている刀が風でぶれる。俺は刀を鞘に収めた。風が強すぎる。腰を落とし、刀をすぐ抜けるよう鞘から刀身を少し出した。目も開けていられない。強風が土や砂を巻き上げる。視界と動きも遮られ、風の激しい音であの男の位置すらわからない。八方塞がりだ。
颯 何も見えない聞こえない。さあどこから攻めてやろうか。
落ち着け!あの男も俺の姿は見えてないはず。俺を最後に見た位置を目当てに攻めてくるだろう。目を瞑った暗闇の中。俺は治郎と武士ごっこで遊んだ時に教わった居合い斬りを思い出した。風が吹き荒れる中、俺はじっと耳だけを研ぎ澄ましていた。何処から来る?前か、後ろか。右か、左か。その時だった。
ヒュッ!
俺の右側から空気を切り裂く音が聞こえた。
ガッ!
その瞬間俺は、刀を差した鞘を音のする方へ出した。あの男の刀が俺の鞘に当たった。そしてすぐ鞘から刀を抜き、視界に捉えた手首目掛けて刀を振り下ろした。
陽太 おりゃあああ!!
陽太が刀を抜いた瞬間。強風はピタリと止み砂埃が薄くなった。颯は己の刀が防がれたと同時に陽太が振り上げた刀を見た。その刀には細かい風の光を纏っていた。
スパンッ!
颯 ぐばああーー!!!手が!
地面に颯の左手首が落ちている。
治郎 陽太ーー!あったぞーー!!地図、ん?え?大丈夫か!?
颯 俺の左手をよくも、
タッタッタッタッタッタッ
ドッ!
治郎が手刀で颯の首を打つ。
バタン。
颯は気を失い横に倒れた。
陽太 ありがとう治郎!
治郎 俺がいない間に。陽太!これ、塗り薬だ。切れてる所に薄く塗っておけば治りが早い。その間に俺はこの男の手当てをする。
俺は治郎からもらった白い塗り薬を塗りながら治郎と颯と言う男を見守った。治郎は手際よく斬れた左手首を紐で縛り止血をした。汚れた血を拭き取り、次に刀を取り出した。治郎の持つ刀は俺の刀より刀身の幅が狭い。その細い幅に治郎は黄色い薬を塗っていた。
陽太 その黄色い薬は?
治郎 これは消毒と殺菌に効果のある調合薬。俺の刀は薬刀って言って、これを使えば深い傷から切断された部分もお手のもんさ。
そう言って治郎は、手首の切断面に刀の側面をゆっくり当てがって薬を塗った。黄色い薬で染まる切れた手首の断面。そこに離れた左手を元の形にくっつける。そして、二寸程の布をゆっくりと男の手のひらから肘辺りまで巻き付けた。さらに、木の枝を二本同じ長さに切り、手首を固定するように布で上から巻き付けた。
治郎 うん。これで後は男の生命力次第。うまくくっつけば、時間はかかっても手は動くはず。傷の痛みと薬の反応でしばらくは熱が出るだろうけどな。
陽太 すごいな治郎。俺には無理だ。
治郎 父ちゃんの見よう見まね。教わったこともあるけど、まだまだ。それに、約束したろ!陽太を人殺しにはさせない。俺がどんな怪我人でも治してやるって!
陽太 ありがとう。二人で脱獄成功と武士になること。何としても果たそう!
治郎 もちろん!、そろそろ痛みで起きるだろう。早いとこ行こう!
じんじんと痛む傷を柔らかい風がチクチクと刺激する。陽が沈む前に目的の山まで到着できた。治郎に傷口を再度治療してもらい俺達は眠りについた。鈴虫の音が静かな山に鳴り続けていた。
次の日、俺達は下野国から下総国を目指しさらに歩を進めて行った。下総国に近づくにつれ、町並みが徐々に変わっていった。瓦屋根に白土の壁の家々が建つ村に驚きを隠せなかった。そして関所を無事に通り下総国へと入って行った。
治郎 ここは江戸じゃないのか?
陽太 いや、まだ先だよ。でも後少し。そろそろ草鞋を履き替えないと、大分ボロボロになってきた。
俺は風呂敷から新しい草鞋に履き替え、地図で江戸の方面を確認した。
陽太 あっち方面だな。あの山を越えれば江戸に繋がるはずだ。
治郎 やっとか。江戸に入る前に収容所の詳細見とかないとな!
陽太 そうだな!
目標の山までの道のりは遠く、二人の疲れもあり時間をかけてしまった。そして、ようやく山の入口に着いた。
治郎 こりゃぁ宝の山だな。ここ近辺だけでも山菜に山草、こっちには手つかずの森があったんだな!
陽太 よかった!食料もここで蓄えられそうだな。もう少しで江戸だ。
俺達はゆっくりと歩きながら、治郎は薬の材料を、俺は食料の確保をした。森の中は木々の背が高く、空を覆い隠す様だった。地面には木の太い根や苔、湿り気のある土で先までずっと続いていた。土が柔らかく足の負担も軽い。湿った空気が何故か心地よかった。
治郎 うわぁ。こんなにいっぱい山草が。沢山調合して村に持って帰ろう。しっかし大きい木だなー。樹齢何年なんだろうな。記念に俺の身長でも記しておくか。背中を木の幹に合わせてと。ふんふん。ここら辺かなー。
すると、治郎の足元から細い木の根がスルスルと伸びてくる。
治郎 え!?何なに?気持ち悪い!え?根っこが動いてるんですけど!あ~、やばい!動けないよ!動けなくなっちゃったよ!うん、めっちゃ根っこ。身体に巻き付いてる。陽太く~ん。どこかな~?気づかない内に大分先に来ちゃってたかな俺。誰かー!助けて下さーーい!!
陽太 あれ?治郎どこだ?ずっと山菜に夢中で下ばっか見てたから見失ったな。
治郎 お~い。陽~太~!
陽太 あ、治郎!?大分遠くまで行ってんな!今そっち行くー!
・・・
陽太 何これ?どういうこと?
治郎 山草取りに夢中になってたらこの通り。
陽太 何でこんなに根っこが幹に絡まって。んっしっ!全然素手じゃ外れないし!、ちょっと待て。刀でやってみる!
治郎 間違って俺を斬らないでくれよ~。
家森 旅の者よ。
俺達は急に声を掛けられた事に意表を突かれ身体がビクッとした。
家森 ここは山神様の棲む神聖な森。人間の立ち入りは禁じておる。
陽太 俺達は人を助けるために来た者です。この森を通らなければ、目的の江戸まで時間がかかってしまいます。森を荒らしに来た訳では。
家森 江戸。愚かな人間が集まる所か。如何なる理由であってもこの森を通ることは許さん。去れ!
治郎 俺をぐるぐる巻きにしたのはお前か!?、早くこの根っこ外してくれよ!そしたらとっとと森から去るからよ!
家森 お前は薬学に詳しそうだな。俺も薬には興味がある。しばらくは私のもとで、薬に関する知識を全て話してもらうぞ。
陽太 それは困る!今すぐ治郎の根っこをほどいてくれ!じゃなければ俺が刀で切り落とす。
治郎 おいおいおい!また根っこが絡まってきてるよ!陽太!早く斬ってくれ!
家森 出来るものならやってみよ。生きて帰れると思うな。愚か者めが。
そう言うと、地面からウネウネと根っこが男の右手に伸びてきた。すると、根っこの中から木刀が現れ、男は右手で木刀を掴んだ。
陽太 何なんだよあいつ!?
治郎 何も見えません。
家森 我が名は家森。山神様の森を守る為に使える唯一の人間。
陽太 家森か。悪いが江戸に行くにはこの森を抜けなければならない。押し通らせてもらう。
治郎 え!?、何なに?、陽太くん戦うの?
陽太 治郎!すぐ助けるから!
すると家森の木刀に木の根がぐるぐると巻き付き固く木刀を締め付けた。家森は鋭い眼光でこちらを睨み付ける。俺との距離は大分ある。俺も刀を抜く。ゆっくりかかとから地面を踏み締めながら間合いを詰める。
家森は大きな石を踏み台に、高く飛び陽太に向かって木刀を振り下ろした。
家森 フンッ!
ガッ!
刀同士がぶつかり、俺は力の限りを使い家森の木刀を食い止める。なんだこの力?今までの相手とは全然比にならない強さだ。木刀でこの強さ。しかも訳のわからない力で、根っこを自在に動かしている。山神と何か関係があるのか?
家森 森刀、根張り(ねはり)。
ニョキニョキニョキ。
陽太の刀に接触する木刀付近から、小さな細い根っこが現れた。そして、根っこが地面に根を張るかの如く陽太の刀の中に入っていく。
家森 白い刀か。珍しい力を持つ刀を持っているな。
陽太 ぐっ!何だこの根っこは!離れろ!
俺は刀を押し返して距離を取った。何だ今のは?根っこが俺の刀に入ったぞ?気持ちが悪い。
家森 うむ。刀から少し力を頂いた。、使わせてもらうぞ。
陽太 あの男の力の強さのせいか?、手が震える。くそっ!普通に戦って勝てる相手じゃない。
家森 フンッ!
ビュンッ!
すると家森の方からいきなり突風が吹いてきた。
陽太 くっ!
これは?、手と服に細かい傷が。あの風の男が使ってた技じゃ?、何でだ?でもさっきのあの男の言葉。刀から力をもらったって?あの根っこが俺の刀から何か吸収したって事か?俺の刀の力って?戦った相手の技を吸いとるのか?どう言う事だ、わからない。
家森 手も足も出ないか?自然を甘く見るからそうなるんだ。だから人間は愚かなまま朽ちていくのだ。もういい。そろそろ終わりにしよう。、森刀、地鳴り。
陽太 うおっ!え、な、何だ!急に地面が!
家森が揺れて見える。グラグラと森の地面が揺れ出した。俺は立っていられず膝をついた。
陽太 治郎!大丈夫か!?
治郎 何が起きてるの~?あ~気持ち悪い。吐きそう。
陽太 やばい。こんな所で、終わるのか?ん?何だ?焦げ臭いな。
バキバキバキバキッ!
バサバサバサバサッ!
家森 んっ!?何だ?
家森は地面に耳を当て、血相を変え舌打ちをした。
家森 旅の者よ。運が良かったな。すぐ側で山火事が起きた。もうこれ以上森の先へは進むな!警告だ!去れ!
ザッ!ザッ!ザッ!
そして、すぐにあの男は森の奥に姿を消した。
ブチブチブチブチッ!
治郎 はあぁあぁあ!!!もう!!!無理!!!
陽太 よかった!治郎大丈夫か?
治郎 急に根っこが緩みやがって。あー気持ち悪い!頭くらくらするし。
陽太 でも無事でよかった!とにかく森を出よう!あの男に会ったら次こそ何をされるかわからない。
治郎 大丈夫だ!もう強引にでもこの山を突っ切るぞ!それが最短なんだろ?
陽太 そうだけど!
治郎 いざと言う時は、好実から貰ったこの毒玉をあの男の口にぶっ込んでやる!よし!早く行こう!
陽太 わかったよ!見つかる前に行こう!
そして俺達は山神の森を全速力で駆け上がった。この山を越えれば江戸へ抜けられる。妙な技を使うあの男。一体何なんだ。怖すぎる。そして俺の刀の力。相手の技を吸収するのか?そんな力が存在するのか?ん?よし!山頂が見えてきた!後少しだ!
陽太 って!やばい!!
治郎 大丈夫か陽太!捕まれ!!
陽太・治郎 うぉうわあぁあぁあ!!!
ゴロゴロゴロゴロッ!!!
俺達は根っこに足を取られ山から転げ落ちた。
ガサガサガサッ!バキバキッ!ドンッ!
治郎 あー、いってて!木にぶつかって止まったのか。あぶねー。
陽太 うぅぅ。ごめん治郎。俺が転んだせいで。怪我は?
治郎 気にすんな。ここまで来るとあちこち痛いわ。
陽太 俺も。
治郎 ん?なあ陽太!あれ!
陽太 え?う、あれが、江戸か?
山から落ち、太い木の幹に助けられた俺達。そして、気が付くと目の前には、綺麗に創られた江戸の町が広がっていた。
陽太 やっと着いたな。治郎。
治郎 これが江戸かよ!
陽太 疲れたな。ここで一泊しよう。明日は収容所の場所を確認して準備を整えよう。
治郎 あぁ、そうだな。
陽太 今日で、出発してから十二日か。ギリギリ間に合った。決行日の明後日に関所を通ろう。
次の日。俺達は放浪人からもらった収容所の詳細な地図を見た。江戸の町並みに紛れるように位置する収容所。名前は蔵後。この収容所は地下に罪人を収めている。収容所の入口には門番が、地下へ繋がる鍵を持っている。地下には大きく分けて三つの間があるらしい。その一つずつの間には、門番と捕らえられた罪人達がいる。地下収容所の全体は、入口から最後の間に向かって段々と狭くなっている。間にはそれぞれに扉があり、おそらく門番が扉を開ける鍵を持っているだろうと書かれていた。
陽太 門番がどれだけいるんだろうな。
治郎 地下に入れば一方通行か。
陽太 ん~。ここでいくら考えても、明日何としてもやるしかない。今日は準備と睡眠!
治郎 そうだな。武士の道への第一歩だからな!
脱獄の日を明日に控え、俺達は入念に道具や薬の準備を整えた。森から臭っていた焦げ臭さもいつの間にか消えていた。準備が落ち着いた頃。ふと夕陽に染まる江戸の町を見つめた。そこには人の行き交う姿があった。只ありきたりの日常が確かに存在している。俺の頭には家族と過ごす日々や、治郎と遊ぶ何気ない情景が蘇ってきていた。




