第2章~道・前編~
北山村を出て、南へ進んでいく。羽前国までの道のりもそうだが、足への負担を考えて替えの草鞋も用意してある。江戸までの距離を考えると、ゆっくり進んでいる暇はない。
治郎 そう言えば陽太。俺はたまに父ちゃんと一緒に薬売りに行くとき、関所で父ちゃんが何か見せてたけど。うちらは大丈夫なのか?
陽太 あ、それなら父さんにこの地図の裏に書いてあるコレを見せれば通れるって言われた。
治郎 おぉー。どれどれ?
治郎は放浪人が書いた地図の裏面を陽太に見せてもらった。そこには、何やら読めない漢字がずらずらと書かれており、治郎には解読困難だった。だが、通行証と言う言葉の意味だけは確かに理解できた。
治郎 うん!心配ないな!
陽太 すごいな治郎!これ読めるんだ。俺はまるっきりわからないけどな。ハハッ!
治郎 (ごめん!陽太、俺もわかりませんよー。)
最初の関所。羽前国に到着した。
関所の者 通行手形を見せて下さい。
陽太 はい。こちらです。
関所の者 ん?、よく見ない手形だな。何の用だ?
陽太 あー、と、いや、人、探しに
関所の者 (幕府の命で使われた者、特例か)、失礼しました。どうぞお通り下さい。
陽太 ありがとうございます。
関所を抜けしばらくすると、そこには綺麗な田んぼが広がっていた。俺の村では感じなかった別の空気の匂いがする。風に押されるように、俺達はさらに歩を進めた。
さっきから、チラホラと動物を見かける。犬や猿。鳥や鹿。自然と目で追っては、動物はすぐに山へと逃げ帰ってしまう。だが心は少しほっとした。
グルルルルゥッ、ガルルルルゥッ。
治郎 おい、こらっ!やめろ!飯はやらんぞ!痛っ!噛むな!おいっ!やめろっ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!え!?目が怖い!こんなに目開くの犬って!怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いー!くっそぉ!
ドッ!
キャウンッ!
治郎は足に噛み付いた犬を離そうと足蹴した。犬はすぐに逃げ帰った。
陽太 大丈夫か治郎!?、野犬か?
治郎 傷は浅いから大丈夫。化膿しないようにちょっと薬を塗る。
ザッザッザッザッ
牙 お前達か?
男は治郎が足蹴にした茶色の毛並みの犬を両手に抱えながら歩いてきた。
陽太 何ですか?
牙 俺は動物と心を通わせる者。お犬様がその方の食料を頂こうとした所、足蹴にされたと言う。正しいか?
陽太 食料は自分達の為に持ち合わせた物で、足蹴にしたのは正当防衛です。
牙 フンッ!分け与える考えもなく、自分よりも小さき物には怪我をさせても良いと言うことか。
治郎 急に犬が襲って来たんだぞ!
牙 心が小さいようだな。動物と共存していくと言う考え方を持たぬ愚か者め。刀を取れ。
男は抱えていた犬をゆっくりと脇道に置き、刀を抜いた。
治郎 くそっ。こんな時に。まだ左足がじんじん痛んでやがる!
陽太 治郎!休んでて良い。俺が、行く。
俺は刀を抜き、白い刀身を真っ正面に構えた。
牙 俺の名は牙!順番に相手してやる。
陽太 受けて立つ!
お互い視線を交わした瞬間。牙は刀を下に構え、物凄い速さで陽太に近づき刀を振り上げた。
ガキッ!
俺は振り上げられた牙の刀を寸での所で食い止めた。?、何だこの刀?刃こぼれが酷い。刀を離して間合いを取る。初めての真剣の感触。致命傷をさけるにはどこが良いんだ?先に行かないと。治郎の足の怪我もある。
牙 獣刀、咬み斬り!!
牙は陽太に刀を突き刺すように構え、俊足の速さで首もとを狙った。
ザッ!
陽太 くっ!あっぶねぇ。
俺はすぐ牙との距離を取った。左の頬を触る。血だ、切れてる。危なかった。避けてなかったら首をあの刃こぼれた刀で斬られる所だった。
牙 ほう。よく避けたな。
再び牙は突き刺す構えをした。俺は牙の刀に集中し、ゆっくり息を吐いた。
再び牙は俊足で陽太に近づき、今度は陽太の左腕を狙った。
キンッ!ズバッ!
俺は牙から突き出された刀をギリギリの所で左に払い、牙の左太ももを狙い刀を右に振り抜いた。
牙 うぐっ!
牙の左足からは血が流れ出ていた。
俺の刀にも血が付いている。斬ったんだ。俺はすぐに牙を見た。足を手で押さえながらよたついていた。
陽太 すぐ止血を、
牙 くそっ!まだだ!この位で勝ったと思う、
ドッ!
治郎が手刀で牙の首後ろを打った。
バタッ
陽太 治郎!
治郎 決着は着いたろ。気絶させただけだから大丈夫だ。
陽太 なんだよその技?
治郎 なーに、子どもの頃によく好実にやられててね!、こんなところで役に立つとはな(笑)。
俺は刀を拭き、鞘に収めた。治郎は牙を仰向けにし、止血した左足に塗り薬と布で処置してくれた。
陽太 ありがとう。
治郎 いや、元はと言えば俺が起こした傷だ。陽太は怪我大丈夫か?
陽太 この位平気だ。治郎は足の傷大丈夫か?
治郎 大分良くなった。歩きは少し遅くなるから、早めにここを離れよう。この男も、直に目が覚めるだろう。
陽太 うん。そうしよう。
俺達はすぐにその場を離れ、野山で夜を過ごすことにした。そして翌朝。岩代国を目指し歩き出した。
俺はずっと牙と言う男との戦いを繰り返し思い出していた。最後の一太刀。牙の突き刺す刀を払う前に、感じていた手の震え。刀を握っているのに震えるのを感じていた。あれは何だったのだろう。
そして、治郎の足の具合を見ながら歩を進めていた為、予定より遅くなったが岩代国の関所へ着いた。
関所の者 手形を見せて下さい。
陽太 はい。
訝しげに見られたが、地図を返され無事に岩代国へ入ることができた。しばらくすると村が見えてきた。
陽太 おい、治郎。茅葺きの家がたくさんあるぞ!
治郎 すごいなこりゃ。薬を売るにはもってこいの場所だな。
陽太 それに川があちこちに流れてる。
治郎 魚もウマイのが取れそうだな(笑)。
俺は故郷とは違う景色や自然に目を奪われていた。疲れもあるが、ゆっくりもしていられない。先を急ごう。
・・・
陽太 ふぅー。大分歩いたか。
治郎 ちょっと休もう。小便小便!
陽太 あ、俺も。
治郎は急ぎ足で側の川へ向かい用を足す。俺も綺麗な川とは思いつつも、治郎の出す音に負けじと用を足した。
治郎 あ~、なんか気持ちいいよな~。
陽太 こんなに歩き続けることも無かったからな。疲れが取れる気がするな。
チリン♪、リン♪、チリ♪リン♪、リン♪
ん?風鈴の音か?ふと音のする方に顔だけを向ける。すると、こちらに向かって歩いてくる男がいた。さっきの音の正体は、男の脇に差した刀に付いている風鈴だった。
和泉 君達か。綺麗な音色を楽しむ私を邪魔する不協和音の正体は。ここの者ではないな。
陽太 あ、すいません。
和泉 勝手に川まで汚して。心の汚い輩め。
治郎 場所が違うだけで、結局川に流すんだから一緒だろ。
和泉 川も生きている。お前達に汚される筋合い等一切無い。私に見つかったことを後悔するが良い。
チリン。
男は鞘から刀を抜いた。俺達はすぐ、身なりを整え刀を抜く。
和泉 死ぬ前に名前だけでも覚えておけ。私の名は和泉。水の都を創る者だ。
陽太 こんな時に戦うことがあるのか。
治郎 大丈夫だ。こっちは二人、勝機しかな、(あれー?、ちょっと待って。え?、陽太?何その刀?え、白くない?川面の光に反射してる関係かな?うん。なんかキラキラ光ってるけど。え?何でなんで?俺のと全然違うじゃん!俺の刀なんか普通のより若干細いし短いし。それでも父ちゃん直伝の刀だって喜んでたんだぜ!?、え、ちょっと待って!今気づく?あの時?いや俺犬に噛まれてたからそれどころじゃなかった!うそっ!陽太の刀、めちゃくちゃ格好良いんでしけど!?)
陽太 そうだな!行くぞ!
治郎の思いを知る由もなく陽太は和泉を見つめていた。
俺と治郎は二人で和泉に向かって走った。俺は和泉の右側から、治郎は左側から刀を和泉に振りかかった。
和泉 せせらぎ刀、二又!
ガキンッ!
二刀流!?、俺と治郎の刀を片腕ずつで防いだ。初めは一本刀にしか見えなかった。俺が刀を振り上げた瞬間、和泉が自分の刀を回した後に刀が二本に分裂した。俺達は間合いを取る。
治郎 陽太、正面だと分が悪い。俺が向こうに回り込む、挟み撃ちにしよう。
陽太 わかった。
もう一度俺は和泉と刀を交えた。その間に治郎が和泉の後ろへ回り込む。これで和泉がどちらかを相手にすることで必ず死角ができる。さすが治郎だ。気転が効く。
治郎は和泉の背中を斬るように刀を振り上げた。
和泉 せせらぎ刀、暴れ川!
ザバンッ!
急に川の水が和泉の刀に纏うように動いた。そして背中を狙った治郎の刀を弾き返した。だがその時、俺は和泉が治郎の方に向いた瞬間、刀を持ち替え足首を狙った。
ズバンッ!
和泉 ぐあっ!!
和泉の右足首から血が吹き出た。和泉は膝を付き前に倒れた。
陽太 治郎!大丈夫か!?
治郎 あ~。全身びしょびしょになったけどな。
陽太 よかった。治郎の気転のおかげだ、ありがとう!
和泉 くそっ!ガキ共が、調子に乗るな、
ドッ!
治郎 動くな!血が余計に出るだろ。
そして治郎はすぐに和泉の足首の処置をしてくれた。俺は刀を拭き鞘に収めた。だが、和泉のあの刀は何だったんだ?急に二本になったり、川の水を吸い寄せたり。気味が悪かった。奇妙な刀を使う者がこの先にもいるのだろうか?
治郎 よし。これで大丈夫だろう。陽太!行こう!
陽太 ありがとう。うん!
俺達は茅葺きの集落を抜けて、人気のない山中で過ごし身体を休めた。気が抜けない戦いで精神的にも疲労がたまっていた。収容所を守る者達はどれ程の力量なのだろうか?道中では少しの時間でもいいから、治郎と刀の稽古を作らなければな。
陽太 今日は特に疲れたな。
治郎 ああ。でも俺は、初めて真剣の刀を振って戦ってた。それだけでもすごい、こう、一瞬だけ、武士の瞳になってた気がする。
陽太 立派な男になるんだもんな。、俺は家族の為に。
治郎 俺、いつか手に入れたい憧れの刀があってな。家で父ちゃんがいつも薬屋の仕事で使ってる巻物に、筆で難しい漢字を書いてるんだけど。俺が気になってずっと見てた時、父ちゃんが硯の話をしてくれたんだ。
・・・
治郎の父 何だ治郎?、父ちゃんな、今薬の勉強してるんだよ。別に何も面白いもんなんかねえぞ?
治郎 なんかいつもの父ちゃんと顔が違うじゃん。
治郎の父 そうか?、治郎。この文字を書くときに必要な墨を擦る道具、これ知ってるか?
治郎 黒い石みたいなやつ?
治郎の父 そうだ。これを作る職人を硯職人って言ってな。山から調度良い石を掘ってきて、使いやすい形に切る。そして、墨溜まりの窪みと溝を掘って、仕上げに墨を石に色付けする。父ちゃんはこの石がないと文字が書けない。文字が書けないと、仕事もできない。父ちゃんの仕事一つには、たくさんの職人さん達の力があるからこうして家族を支えていけるんだよ。職人さんって凄いだろう?
治郎 ふぇー。職人さんすげー!
・・・
治郎 でな、繊細な手仕事をする硯職人が、特別に作った硯の刀があるらしいんだ。
陽太 硯職人の作る刀か。きっと見つかるよ。治郎がそんなに憧れてる刀なら。
治郎 そうかなー!へへー!、ヘックション!
陽太 大丈夫か?川の水もろに浴びてたからな。
治郎 まあバカと天才は風邪引かねえって言うからな。大丈夫だ。寝よう。




