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正直なのは鏡の中に

作者: 遥 かずら


 毎朝毎夜、洗面所の鏡を見る。そこで見る自分の立ち姿、顔は同じだ。

 笑顔、悲観、不安。一日において人の表情は目まぐるしく変わるもの。


 そこに映し出される自分の姿は常に同じ。心の中と表情は一致しない。気に入らない相手だろうと無かろうと、心の内で思っていることを相手に分かられてしまえば、そこで自分と相手の関係は崩れてしまう。


 たとえ相手が嫌いな奴だとしても笑顔を見せる。その笑顔の中身を知られることはまずあり得ない。笑顔と心は別物。


 ――相手がそれを知れば、人間関係は直ぐに解消されてしまうのだから。


「喜多さんって、いつも笑顔ですよね。やっぱり、普段から鏡とか見て練習してたりするんですか?」


 笑顔の練習なんてしたことはない。いや、サービス業の研修でした経験はある、あった。でもそれだけだ。普段から練習なんてするはずがない。


「練習してませんよ。どうしてそう思うんです?」

「口調は怒ってるかもしれないですけど、笑顔じゃないですか。先輩ってすごいなと思います。素直じゃないけど、やっぱ陰で笑顔を絶やさないことをしてきているからだと思うんです」


 私の後輩に当たる男性。決して愛想のいい人ではなく、話しやすいタイプでも無かった。それがいつからか、見せかけの笑顔で持ち上げキャラになり愛想も抜群に良くなっていた。


 これは彼だけのことではなく、私と関わる人はみんな笑顔を見せるようになっていった。笑顔とは裏腹に心の中では、気に入らないなどと呟いていたのに。


「喜多さんは、きっと心の中も優しい笑顔で満たされているんですね」

「いえ、そんなことないです」


 それを言われても私自身は自分を拒み続けた。朝と夜と起きた直後、そして寝る直前。必ず鏡を見ながら、そこに映っている私の顔は笑顔。


 心の中は「笑ってないんだけどね?」などと、自分自身に叫んでいるのに鏡に映し出される自分の顔は満面の笑顔だった。


 これはきっと何かの罰なのだと自分に言い聞かせるしかなかった。心の中じゃ一度も笑ったことの無い私に対し、鏡はいつも笑顔の私を映しだしている。


 鏡に映る笑顔の私が永遠に繰り返される。笑顔と引き換えに心を失い、心の無い自分が作り出される意味。他人に笑顔を見せるのが怖い。


 ――それでも繰り返す、鏡の中の笑顔の自分がそこにいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔、ホテルのフロントで働いていた頃を思い出しました。忘れてた記憶が蘇り、思わず感想を書いています。 心がどんどん固まり、無感動なくせにちょっと突けば泣き出しそうなギリギリの心の裡が伝わりま…
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