言葉はシュレディンガーの猫みたい
ティーカップの割れる音
流し台には白い破片
興味無さげの「大丈夫か」は
明るい「うん、大丈夫」で消えた
彼は立ち上がらないし
彼女も一緒に片付けることを望まない
自分の失敗は自分で終わらせる
それが対等であるから
それ以上が望めずにいる
明るさが空回りして
いつかの夜に「大丈夫か」が帰ってくる
その時に二人は
違う世界に居ることを実感する
言葉はシュレディンガーの猫みたいに
人間に引き取られて行く
違う世界だから
あなたの中の登場人物には成っても
あなたの世界で眠ることは
生きている間は無いのかもしれない
どちらかが死んだら一緒になるのだろう
どちらかの身体を借りて
台所にエプロンをかけると
彼女は外行きの化粧をする
三段階くらい用意された絵があって
一番時間がかかるもの
彼の準備は既に終わっていて
時間を潰す為に雑誌を読んでいる
テレビに変わって
10時の番組が始まった頃
彼女は付けて欲しいと
ネックレスを持ってきた
「勿論」と軽く流す彼に
お願いするように優しく手渡すと
それと同じ優しさで胸元に宝石が揺れる
お互いの初めてが重なった
小さなプレゼント
言葉はシュレディンガーの猫みたいに
人間に引き取られて行く
違う世界だから
あなたの中の登場人物には成っても
あなたの世界で眠ることは
生きている間は無いのかもしれない
どちらかが死んだら一緒になるのだろう
どちらかの身体を借りて
一緒に居ること望む二人は
たまに言葉を無理矢理近づける
口淀みながら同意して
「まっ、いっか」に変えていく
お互いに価値観が同じことを望むのは
意見に違いがなければ
喧嘩になることは少ないと考えるから
簡単に考えているから失敗するとは
恋する二人には余計なアドバイスらしい
「許容して許せる範囲は
しっかりと決めておいた方が良い」
僕はそう言ったけれど
一人と一人の世界に
どういう風に届いただろうか
言葉はシュレディンガーの猫みたいに
人間に引き取られて行く
違う世界だから
あなたの中の登場人物には成っても
あなたの世界で眠ることは
生きている間は無いのかもしれない
どちらかが死んだら一緒になるのだろう
どちらかの身体を借りて
そうなって初めて
二人だったと言えるのかもしれない