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 わお、スゴイ車。こんな田舎にBMWなんて珍しい──と思ったら、運転していたのは可奈だった。髪をアップにして女優みたいなサングラスをかけている。

「ママ、どうしたの? 何を外で騒いでるの?」

 チャッ、と運転席ドアが開き可奈が降りて来た。

「可奈──!」

 私が声を上げたら、ぎょっ、と可奈は後ずさった。わざわざサングラスを外して私を凝視する。信じられないモノを見るような表情で、なぜか一度視線を逸らして二度見した。

「真里……?」

 おっ、良かった。今日はガン無視はされなかった。

「可奈、話が」

 と言いかけたところで、可奈はBMWをその場に置き去りにして、くるりと背を向けて逃げ出した。たたたたたっ、と上品なパンプスの足音が細いアスファルトの道に響く。

「可奈、待って、話を聞いて!」

「ちょっと待ちなさい。行かせませんよ。可奈のことは放っておいてと言ったでしょう」

 両腕を広げて可奈のお母さんは私を行かせまいと立ち塞がる。可奈は県道の方へ小走りに駆けていく。

「お母さん、これ、福井の美味しい地酒です。受け取ってください」

「何を言ってるの?」

 私は咄嗟に抱えていた福井の地酒を可奈のお母さんに押し付けた。可奈のお母さんは地酒の包みを受け取ろうとせず、両手で私の腕を掴んで必死の形相で私を引き留める。ヤバイ、せっかくの高い地酒の瓶が割れる。つうか、可奈の大切なお母さんを相手に乱暴に腕を振り解くわけにもいかず、どうしていいのか分からない。

「可奈、可奈ぁっ!」

 大声で叫んだが可奈はどんどん遠くへ行ってしまう。県道への角を曲がって、雑木林の木立に可奈の姿は遮られた。見失ってしまう。追い付けなくなってしまう。

「お願いします、お母さん、行かせて下さいっ!」

「行かせませんっ!」

 もうダメか、と思ったその時、ぱしん、と誰かが可奈のお母さんの手首を掴んだ。

 大塚だった。いつの間にか車を降りて近くに来ていてくれたんだ。

 にっ、と奴は精悍な顔に不敵な笑みを浮かべる。

「お母さんと地酒のことは俺に任せて、谷中は橘さんを追いかけろ!」

 大塚は、しっかりと地酒の包みを抱え、可奈のお母さんも押さえてくれた。

 おおっ、頼もしいぞ。

「ありがとう、大塚っ!」

 自由になった私は可奈を追って駆け出す。

 途中気になって一旦振り返ると、大塚が可奈のお母さんにしたり顔で説教していた。

「お母さん、人の恋路を邪魔すると馬に蹴られちゃいますよ」

「あなたにお母さんと呼ばれる筋合いはありませんっ!」

「まあまあ、細かい事は言いっこなしで」

 可奈のお母さんは掴まれた腕を振り解こうとしたが、大塚は乱暴にならないギリギリの加減で手首をガッチリ掴んで離さなかった。きいっ、と可奈のお母さんは癇癪を起こす。

「どういうつもりなの? 邪魔をするならもうお宅では何も買いませんよ!」

「奥さんはそんな事はしない人だと俺は知ってます。あなたは一見冷たく見えるけど、公平で優しい人です。今後もご贔屓にしてください」

「まあ! なんて図々しいの!」

 そう叫ぶ声が聞こえたが、きっと可奈のお母さんはこれからも大塚坂店を贔屓にし続けるだろう。前を向いて走って逃げて行く可奈の背中を追いながら私は確信していた。

 そうなんだよ。私も知ってた。可奈のお母さんは善い人なんだよ。

「ごめんなさい、可奈のお母さんっ!」


   ◆◆◆



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