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──田舎の夏は鮮烈だ。
真っ青な空に、もくもくと立ち昇る真っ白な入道雲。
目を射抜くようなエメラルド色の樹々、色とりどりの夏の花、そして雑草。
そこかしこで蝉がうるさいほどに鳴いている。
我が愛しの普通科高校、年季の入った校舎の三階窓から外を眺めれば、無駄に広い校庭と緑色の防球ネットが見えた。白っぽい道路を隔てた向こうは見事なまでに一面黄色のヒマワリ畑。ノスタルジックで素敵だけど、毎年同じようにどばっと咲いているので、完全に農作物だと思う。ヒマワリって食えたっけ?
そのまた向こうの雑木林は鬱蒼と生い茂り、少し視線を転じれば野原が生命力に満ち満ちた野草で覆い尽くされている。
民家や倉庫はあるにはあるが、緑地のおまけといった感じだ。
ああ、田舎は土地が有り余っている。
生徒のほとんどが自転車通学をしているが、なにしろくそみてえにただっ広い田舎でありますから、学校までの距離はバカにならない。登校するだけで、照りつける強い陽射しに朝っぱらから汗だくになる。
お楽しみは、プールと、エアコンの利いた図書館と、かき氷と、スイカと、夏祭りと、浴衣と花火と思春期妄想。そんなもんだ。
オシャレする根性のある子達は電車で一時間以上かけて渋谷や原宿にまで遠征しているようだけど、私にはそんな根性は無い。軍資金も無い。
私の席は窓際の一番後ろだったので、授業中はたいてい窓の外を眺めるか、ノートにラクガキをして過ごしていた。勉強は苦手。そこそこ頑張ってもテストの成績は中の下。進学はしても無駄だろうなぁ、と適当に投げていた。
地味で可愛くもないから男子にはモテないし、部活もやっていない。
つまんない青春だ。
あ~あ、と溜息をついたと同時に四時限目の終了を告げるチャイムが鳴った。
「真里ちゃん、お弁当食べよう」
小学校からの私の友達、美優ちゃんが寄って来た。
つんとおすましした可奈も。
屋上でランチタイム──
……だったら青春ドラマみたいで良い感じなんだけど、生憎うちの学校の屋上は生徒立ち入り禁止の聖域で、屋上を管理している学年主任のヒステリー魔女から魔法の扉の鍵を騙し取った勇者──熟女キラーのバスケ部男子──しか踏み入る事は許されなかった。
そんな訳で私達がランチを食べるのはつまらない普段の教室だ。グループごとに机を寄せ合って、しょうもない話をしながら、だらだら食べる。
窓際の私の席が私達の定位置だ。前の席の別グループの女子と隣の男子から机と椅子を借りて三人で島を作ってお弁当を広げる。
美優ちゃんとは記憶が薄らぼんやりとしている頃からの付き合いだから、気心も知れてるし、ぶっちゃけ学力レベルも生活レベルも同程度なので気が楽だ。お弁当の中身も似たり寄ったりだし、服や持ち物でも見栄を張る必要はない。
それに比べて可奈はちょっと毛色が違う。気を遣う……という訳ではないけど、まあ、とにかく私達とは違うのだ。
可奈は中学入学と同時に東京から引っ越してきた都会の人だった。
お父さんが一級建築士だとかで、私が知っている中ではかなりのお金持ちだ。お母さんは雑誌に出て来るような小洒落た人で、趣味でキルトカバーや刺繍まみれのクッションなどを作っていた。
可奈本人も田舎では浮いてしまう都会的な美少女だった。
清楚で可憐、品の良いお嬢様で、中学生の頃イギリスにホームステイした経験があるらしく、それを話しただけで、自慢屋、とクラスの派手めな女子達から陰口を叩かれ、ハブにされていた。本来ならカースト上位の可奈がオタクの私なんかと一緒にいることも、彼女たちの気に入らなかったのではないかと思う。
まあ、なんにせよ可奈は嫌われずにはいられなかっただろう。
彼女は何もかもが私達とは違った。容姿も、学力も、財力も、趣味も。
田舎者の私たちはイギリス文学かいうものの話をされても、はあ、とうすらぼんやりした返事しか出来なかった。可奈の話についていけるハイソな子なんていなかった。マクベスだの、ハムレットだの、そんなもん知らんわ。
それでも、どういう訳か可奈は私を気に入ってくれていたようだ。
「──真里」
にっこり微笑んで可愛らしく小首を傾げる可奈は、高校三年間いつも私の側にいた。
「可奈ちゃんのお弁当、いつもオシャレだね」
美優ちゃんがほんわりした声で言う。
地元訛りがしつこく残り、ほんのちょっとむっちり気味の美優ちゃんは、男子にものすごくモテる。小柄でロリ顔で色白で巨乳だから、とアホエロの大塚が言っていた。特に巨乳がポイント高いらしい。おまえ、それを女子に言うのかよ、と文句を言ったら、おまえは女子じゃねえ、と暴言を吐かれた。ほう、女子じゃないなら何だというのだ?
ともかく、美優ちゃんは可奈のお弁当を興味津々で覗き込んだ。
「可愛いねぇ。それ、ベーグルサンドってやつ?」
可奈は困ったように私を見る。
ちっ。しょうがねえな。
「うん、可愛い。ベーグルなんてこの辺じゃ売ってないじゃん。どこで買ったの?」
盛り上がるように良い調子で乗ってやったというのに、可奈はか細い声で、
「ママが昨日、表参道で」
とだけ言って黙り込んでしまった。
うわっ、感じ悪っ!
「へええ、すごぉい。表参道で買ったんだ」
ぱん、と美優ちゃんは楽しそうに両手を打った。
「やっぱり可奈ちゃんちはオシャレだねぇ。プレーンにはスモークサーモンとサニーレタスが挟んであるのかな? 味付けはマヨネーズ?」
おっと。美優ちゃんが空気を読めない子で助かった。
可奈が返事をしなくても、のんびりした声で、もう一個はブルーベリージャムとクリームチーズかな、私も作ってみたいな、などと勝手に話を続けてくれている。
私は机の下で、可奈の足を軽く蹴った。
パッと可奈は顔を上げ、なぜか嬉しそうに、うふっ、と小首を傾げた。
私のランチはコンビニで買ってきたハムサンドとたまごサンドで、美優ちゃんは一ミリも興味を示さない。可奈は美優ちゃんに頷きながら、チラチラと私のランチに視線を走らせてきた。食べたいのかな、と思って、
「一口いる?」
と聞いたら、あーん、と口を開けた。
思わず固まる。
「食わせろってコト?」
可奈は、こくん、と頷いた。
思わず教室を見回してしまう。別に誰も私のことなんか気に掛けてない。けど可奈は無視されながらもクラスの女子みんなに意識されていて、いつもチラチラと盗み見されているふしがある。私が可奈に、あーんしてやったりしたら、女子同士とはいえなんかおかしいじゃん。なんというか、なんというか、だよ。
けど可奈は頑なに、食べさせて、と目で訴えて来る。
こうなったらもはや私に選択肢など無いのだ。なんで、と言われても、無いのだから仕方がない。
死ぬほど恥ずかしかったけど、この程度のコトふざけてみんなもしてる。
意識するのも変なので、はいよ、とつっけんどんにハムサンドを差し出す。
ぱくん、と一口齧って、可奈は幸せそうに目を閉じた。
済んだ途端、どっ、と変な汗が噴き出した。
周りを確認する余裕なんか無い。クラスのみんながどう思ってるか、考えるのも恐ろしかったので、現実から目を逸らし、私は可奈の綺麗な顔を見た。
可奈の微笑みはテレビで見るアイドルみたいにキラキラしていた。
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