出会い4
(くっ…………食べたら美味いと言う…………美味いと言う…………)
まるで自分に暗示をかけるようにしてシチューを口に運んだところで、僕の今までの心配は杞憂に終わった。
「美味い!!」
口の中いっぱいに広がる暖かくとろみのあるそれは、野菜や鶏肉といった素材そのものの味をうまく調和させ、僕の今まで食べてきたシチューの概念を上書きした。
ごめん母さん。
あなたの作ってくれていたシチューは今、僕の中で死にました。
「ほ、ほんと?」
「本当に美味しいよ! こんなおいしいもの、今まで食べたことない!」
心配そうに聞いてきたメアに、僕は本心からそう告げた。
そもそも痛覚が生身と同じようにある時点で、味覚もあると考えるのが当然ってことか。
よく考えたら嗅覚も普通にあるしね。
「良かったー。誰かに食べてもらったことなんてなくて、実は少し心配だったのよ」
メアはホッとしたように柔らかい笑顔を見せた。
僕はその姿に思わずドキッとして、それを隠すように慌ててシチューをかきこんだ。
「もー、そんなに急いで食べて喉に詰まらせないでね?」
「大丈夫むぐ……シチューで喉なんかもぐ……ごふっ!? げほっ! げほっ!」
とか言ってたら気管に入ってむせた。
「あーあーだから言ったのに、何してるのよ。ほら、こっち向いて」
メアが身を乗り出すようにしてフキンを僕の口元にあてがった。
その際にメアの胸元が無防備にも見えてしまって、僕は慌てて顔を逸らした。
「あ、ちょっと顔を背けないでよ。拭けないでしょ」
「だ、大丈夫だよ! 自分で拭けるから!」
「そう?」
僕はメアからフキンを受けとり、自分で口元を拭いた。
全く、裸を見られたらすぐ首を切り落とすくせに、なんでそんなに警戒心低いんだ。
言い逃れできないレベルで裸を見ちゃったときはあきらめて脳内シャッター切りまくったけど、こういう隙をじろじろ見るようなことは罪悪感が生まれるから嫌なんだよね。
「おかわりあるからね」
「あ、ありがとう」
メアはシチューを頬張りながら、上機嫌そうに言った。
誰かに自分の作ったものを食べてもらうのは初めてだと言っていたし、美味しいと言ってもらえて嬉しいのかな。
そして、僕はシチューを全てたいらげた。
お腹が膨れた気は全くしないけど、形だけでも食事を摂ったことで満腹指数は刺激されたのか、とても満足な気持ちだ。
メアは僕の食器も含めて流しで片付けていた。
手伝うと言ったのに、よほど食べてもらえたことが嬉しかったのか、座って休んでてと言って一人で片付け始めてしまった。
ここまでしてもらうともはや、僕の中にメアを倒そうという気持ちはすでに無くなっていた。
それよりも、本格的に元の世界に帰る方法を考えなければいけない。
イベント内容にはメアを倒すまで棄権はできないと記載されていたけど、その選択肢を除くとするなら運営にメールを送ってみるのが一番の近道かもしれない。
僕からSOS信号を送るんだ。
というか今って何時だろう?
ログインしてからかなり時間経ってると思うけど、ここに来てから一度も時間確認してなかったな。
僕は指を宙で右にスライドさせて表示盤を出現させ、時間を確認した。
現実時間で夜中の23時。
かなり時間が経っている。
ログインしたのが概ね16時頃だから、7時間ぐらい経っている。
攻略に5時間ぐらいかかっていたことを考えても、死んでいる間はそんなにタイムラグはないみたいだ。
僕はメール画面を開こうとして目を見開いた。
僕の表示盤には装備変更の項目しか存在しなかった。
先ほどまではメール画面やログアウト画面の項目が確かにあったはずなのに、それらは全て無くなり、ポツンと残された項目が一つ。
(連絡をとる手段も封じられた…………?)
これで僕はどのプレイヤーとも運営とも連絡をとる手段を失くしてしまった。
「誰にも助けを求めることはできない…………か」
「どうしたの?」
「うわっ!」
突然横からメアに顔を覗かれ、情けない声をあげてしまった。
メアがいることに全然慣れない。
「む、そんな悲鳴あげることないんじゃないの?」
「急に声をかけられてびっくりしただけだよ」
「これなに?」
メアは表示されている表示盤を見て、不思議そうに顔を傾げた。
どうやらメアは表示盤を知らないみたいだ。
「見たことない?」
「知らない。何かの魔法?」
「これは僕たちのようなプレイヤーが装備を変更したりするためのものだよ」
そうだ。
試しにここでも装備の変更ができるか試してみよう。
僕は装備画面を開き、オルトロンの鎧を選択して荷物の中からオーパスの衣と入れ替えた。
オーパスの衣は絹のような素材で作られた、肌心地の良い服だ。
ただのおしゃれアイテムで効果は特に無い。
僕の服装が瞬時に入れ替わった。
「おお…………変更できるんだ」
僕はついでに兜の装備も外した。
「凄い! とっても便利じゃない!」
「メアにもこの機能があれば裸見られなかったのにね」
とてもいいボディーブローを入れられた。
余計な一言を言ってしまったようだ。
「忘れてって言ったよね」
「うう……それじゃあメアは魔法を使うときは宝をどこに持っているの?」
「もちろん宝具は飲み込んでるに決まってるでしょ?」
「え?」
「え?」
宝具を飲み込んでいる…………?
何それ怖い。
「飲み込んでどうするの?」
「宝具は飲み込むことで自由に使えるようになるじゃない」
なんだその新説。
僕は聞いたことがないぞ。
この世界の住人専用の常識ってこと?
「トーシロー達は違うの?」
「僕らはここに表示されている装備枠に装備しないと使えないよ」
「へー、不便なのね」
「さっきと言ってること真逆になってるけど……
「つまり決められた魔法しか使えないんでしょ? 不便じゃない」
「そうでもしないとゲームバランス崩れるし…………」
「バランス?」
制限無くなるとメアみたいになるのか。
そりゃバランス崩壊だのなんだの言われるよ。
僕は表示盤を閉じた。
「ねぇ、まだ帰らないんでしょ?」
「帰らないんじゃなくて、帰れないんだよ」
「じゃあ部屋を一つ貸してあげるから休んでいったら? どうせ行く当てもないんでしょ?」
「い、いいの?」
「空き部屋はたくさんあるから大丈夫よ。それに、明日はトーシローに付き合ってもらいたい場所があるの」
メアが少し嬉しそうに話した。
一体どこに行くんだろう。
まぁどこだろうとメアと出かけられるならどこでも行くけどね。
僕はメアに二つ返事でオーケーした。
メアに案内された部屋は大きめのベッドと机が置いてあるだけの、簡素な部屋だった。
一人になった僕は、装備をひとしきり解除してからベッドに横になる。
(仮想世界でも眠くなるものなのかな…………。ログインしてて寝たことなんてないから分からないや)
今日一日で多くのことが起こりすぎた。
マジトレのサービス終了に落胆して、気づいたらメアに会うことができて、かと思えばあっさり殺されて痛い思いをして。
この世界から出られなくなった僕をメアが慰めてくれて、手作りの食事まで用意してくれて、こうして今ここにいる。
現実の僕の体はどうなってしまうんだろうか。
就職はしたくないから大学には行くことにして、VRMMOを気兼ねなくやりたいから一人暮らしを選んで、もしも実家暮らしだったら母さんが異変に気付いてどうにかしてくれるだろうけど、誰かに助けてもらえる期待もできない。
下手したらこのまま死ぬ……?
それは嫌だ。
僕はまだ成人すらしていないし、童貞のまま死ねないよ。
じゃあメアを殺す……?
僕にここまで良くしてくれている彼女を?
正攻法では勝てるわけがないから、例えば今のように彼女が寝ているところを急襲して、彼女を裏切るような真似をするのか?
それこそ論外だ。
彼女もこの世界で生きていると認識してしまった以上、僕の中からその選択肢は消えた。
メアを裏切るくらいなら僕は自らの死を選ぶ。
(何かほかに方法があるはずだ…………)
疲れが来たのか、気付けば僕は深い眠りへと吸い込まれていった。