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アスマとベル  作者: 鈴女亜生
『竜殺しの魔王』
92/379

7ヶ月前~1週間前(5)

 パロールの気分転換から二ヶ月ほどの月日が流れ、合同研究のタイムリミットが刻々と迫ろうとしている頃のことである。パロールの気分転換の甲斐もあって、合同研究は破格の進み方を見せ、着実に有益な結果を生み出していたら、パロールはさぞ嬉しかったことだろう。

 しかし、現実はそこまで甘くない。パロールの気分転換の時点で数ヶ月が経過していた合同研究に、そこから新たな結果が簡単に齎されることはなかった。魔王を封じる新たな方法を考えては、それが期待通りの結果を齎さなかったことに絶望する日々だ。


 その中でラングは一つの決意を固める時が来ていた。時期としては少し早いが、ラングは諦めることに決めようと思ったのである。

 そのことをパロール達に伝えた時、パロール達は動揺を隠すことなく表し、ラングの言葉を受け入れようとしなかった。


「意味が分かりません。まだ時間はあります。最後まで諦めずに探すべきです」

「私もそう思っていたよ。けど、ここ数週間の結果を見ると、そうも言ってられないと思ったんだ。私達は明らかに願っている結果から遠ざかっている。それは結果を早く出さなければいけないと思うプレッシャーが原因だと思う。このまま、この状態を続けても、きっと結果は出ない」


 ラングの説明を聞いて、真っ先に受け入れたのはガゼルだった。それはきっとガゼルも同じことを考えていたからなのだろう。パロールやエルと違って、既に結果が出ない未来を見ていたのである。


「確かにそうだな。王妃殿下が移動されるための時間も必要だ。見切りをつけるなら、この辺りだろう」

「ちょっと待てよ!?俺は納得できないよ!!明らかにここで諦めるべきじゃないでしょ!?だって、ほら、そうしないと犠牲になるのは王妃殿下かもしれないんだよ?」

「なら、お前は次にどうするんだ?もう何十と考えてきた方法を掘り出してきて、もう一度検討するのか?それとも、今更そこにない新たな方法を考え出すのか?そんなことがまだできるのか?」


 ガゼルに畳みかけるように追及され、エルは言葉を失っているようだった。何も言い返せず、何も言い返せないことが悔しく、エルは唇を噛んでいる。


「人には限界がある。魔王という存在はその限界を超えていたということだ。俺達にできることはもうない」

「そんな…そんなことって…ここで諦めるしかないの……?」


 パロールはこれまで以上の絶望を感じているようだった。合同研究に終止符を打つということは、アマナに死ねと言うことに等しい行為かもしれない。それはただ研究が失敗に終わったという事実よりも重く、パロールの心を踏み潰しているに違いない。


「それでは確認を取ります。ここで研究を終えることに反対の人はいますか?」


 ラングが最終確認としてそう聞くと、パロールの手だけ軽く動いて、頭の上に上がることなく、へなへなと床に落ちていった。パロールの心の動きをそのまま表したような手の動きに、ラングの心も酷く痛む。

 ラングだって、本当はここで諦めたくなどないのだ。自分達の敗北を快く受け入れられる瞬間など、そうそうあるはずがない。況してや、人の命が関わっていることになると尚更だ。


 しかし、ラング達はどこかで選ばなければいけない。

 何故なら、このまま行くと更に多くの人が死ぬことになるからだ。そうなる可能性があるからだ。


「では、私が宰相閣下に言ってきます」


 ラングがちらりとガゼルを見ると、ガゼルはその意味を理解してくれたようで、軽くうなずいていた。それを確認してから、ラングは部屋を出て、宰相室に向かう。


 パロール達の合同研究は結果を出せないまま、ここで終わりを迎えることになった。



   ☆   ★   ☆   ★



 宰相室の扉をラングがノックした段階で、もしかしたらハイネセンは気づいていたのかもしれない。ラングが声をかけたことにも、ラングが部屋に入ってきたことにも驚く様子はなく、その表情はきりっと真剣なものだった。


「どうされたのですか?」


 ハイネセンの一言目を聞いた瞬間、ラングはそれまで感じていなかったはずの緊張に襲われた。そこで改めて、自分の一言がアマナの命を奪うかもしれないという事実を思い、突然酷く怖くなったのだ。

 口を軽く開けて、少しだけ躊躇うようにパクパクと動かしてから、ゆっくりと息を吸う。吸い込んだ息を吐き出しながら、心臓を速める緊張も一緒に吐き出そうと努力する。

 それを数度繰り返したところで、ようやく落ちつきを取り戻し、ラングは言おうと思っていた言葉を口にすることができた。


「残念ながら、魔王の力を封じる方法を見つけることができませんでした」

「まだ時間があると思いますが?」

「いいえ、これ以上の研究は無意味だと思います。それほどまでに私達は結果に近づくことができなかったのです」


 ハイネセンは一度下を向いてから、深くゆっくりと息を吐き出した。それは溜め息というよりも、深呼吸に近い印象だ。ラングがさっき行ったことと近しいことをハイネセンは必要としたのかもしれない。

 これから辛くなるのは、ラングではなくハイネセンの方なのだから。


「分かりました。ラング殿達がそう決定したからにはそうなのです。非常に残念ですが、このことを陛下と王妃殿下にお伝えしたいと思います」

「お願いします」

「こうなると、我々は魔王の誕生がないことを祈るしかありませんね」


 ハイネセンの言葉にラングがうなずく。それ以外に望むことはなく、望めることもない。たとえ、ラング達の数ヶ月が無駄になっても、そうあって欲しいとラングは祈っている。


「パロールは大丈夫ですか?」


 ハイネセンにそう聞かれて、ラングはすぐに返答することができなかった。大丈夫であると信じたい気持ちは強いが、本当に大丈夫であるとは思えない。最後に見たパロールは力なく項垂れている姿で、あの姿に大丈夫と思える要素はなかった。


「少し危ういかもしれません」

「本当に辛いのなら、国家魔術師を辞めるように勧めても構いません。その場合は、普通の女の子に戻してあげてください。だから、このことを理由に彼女が()()()()()をすることだけは防いであげてください」


 ()()()()()。ラングもたった今、パロールのことを考えていて、一瞬、頭を過ったことだった。


 死ぬことが何かの解決になることはない。それはパロールも理解していることのはずだ。

 しかし、人が死を選ぶ時に何かの解決が理由になることはほとんどない。その多くが辛い現実から逃れるためであり、そして、今回のパロールは正にそれに当てはまる。


 パロールの行った占術で魔王の誕生が分かり、それを封じる方法を自分達で見つけようとしたのに見つけられなかった。それはパロールの心に大きな失敗として伸しかかり、治らない傷を作り出すかもしれない。

 そうなった時、パロールが自分の命に疑問を持たない自信がラングにはなかった。


「もしも、本当にその時が来たら、私は他のどんな未来になっても、パロールを生かす道を選びます」

「お願いします。きっとそれができるのは、師である貴方だけですから」


 ラングはパロールに最悪の選択だけは選ばせないように、その決断の全てを見届けることに決めた。その先で、どのようなパロールになっても、生きてさえいれば最良であると、この時のラングは思っていた。

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