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アスマとベル  作者: 鈴女亜生
『リリパット』

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22歳(3)

 ベルが最後に森に入ったのは、既に数年前のことだった。まだルルも元気で、レインも生きていた頃だ。その頃にはルークも生まれていて、ルルとレインがルークを見てくれるというので、ベルはテオと二人の時間を森で過ごしたのだった。


 あれから今日まで、ルークが勝手に森に行くようになっても、ベルはほとんど森に近づいていなかったため、何を準備したらいいのかも分からなくなっていた。植物の知識は大丈夫だと信じたいが、その部分にも心配はあったので、ベルはルークが持ち出していた植物の図鑑も一つ持っていくことにした。

 多分、これで大丈夫と思えたところで、ベルは本当に休みになったテオに、家のことやルークのこと、ルルのことを任せて、森に向かうために家を出た。


 久しぶりの森ということだったが、森の様子にほとんど変化はなかった。確かにテオの言っていた通り、動物が少なくなっているようで、森全体が静かになっているが、植物の様子に大きな変化はない。動物が少なくなったためか、本来は群生しない植物がまとまって生えている場所はあったが、変化としてはそれくらいのものだ。


 森の中を歩きながら、ベルは持ってきた植物図鑑を広げていた。流石に何年も読み続けた植物図鑑の内容はほとんどが頭に入っていた。知識の方は大丈夫と信じたかったのだが、ちゃんと大丈夫だったと分かると、どこかでほっとするベルがいる。

 森に生えた植物も、あれだけ通い続けていたこともあって、そのほとんどがベルの知っている植物だった。


 その中から、ルナの家に持っていきそうな植物をベルが探し始めた中で、ふと気になる植物を見つけていた。一見すると周囲の雑草と同じ種類の雑草に見えるが、良く見てみると葉の形状が微妙に違っていたり、葉の色が濃かったり、何より、地面からの生え方が違っていることもあり、明らかに別の種類だと分かる雑草が生えていた。周囲に生えている雑草自体は森の中で以前にも見たことがあったのだが、その雑草は見たことがなく、ベルは何かと興味を惹かれていた。


 しかし、ベルの知らない植物の情報が、ベルの持っている植物図鑑に載っているわけもなく、その雑草のことは分かりそうにない。せめて、他に同じ雑草がないかと思い、周囲を調べてみると、その雑草と同じような雑草が森の中でいくつか見つけられていた。

 それらは全て種類が違うのか、形状が違っていたのだが、生えている場所に他に生えている雑草と少し形が似ており、それらの雑草に紛れて育っているようにベルには見えた。


 そこまで分かっても、その雑草の正体に繋がりそうな発見はなく、ベルは諦めて、ルナの家に持っていく植物を採取していくことにする。せっかくだから、普段は食べられないような植物の他に、飾り物に利用される花なども採取していこうと思い、ベルはそれらの植物を探していた。


 そうしたら、雑草に見られたような花が咲いているところも見つけた。花畑の中に一輪だけ、他の花と微妙に形の違う花が生えている。ここにも生えてあると思うと、ベルはやはり、その正体が気になったが、その正体を突き止めることはベルにはできそうになかったので、後で誰かに話してみようかと思いながら、ベルは森の中をゆっくりと楽しんでいた。



   ☆   ★   ☆   ★



 森から帰宅したベルはルークを連れ、ルナの家を訪れていた。事前にルナには家に行くと言っていたため、ベルとルークが来ると、優しい笑顔で迎え入れてくれる。


「いらっしゃい」

「お邪魔します」


 そう言いながら、ベルとルークが家の中に入ると、すぐにビクトが顔を出して、ルークが嬉しそうに笑っている。その様子をベルも嬉しく思いながら、森で集めた花や葉をルナに渡していた。


「これ、お土産」

「どうしたの?森に行ってきたの?」

「そう。久しぶりに」

「どうだった?」

「楽しかったよ」


 ベルがつい笑みを漏らすと、ルナも同じように笑ってくれていた。そのことに嬉しく思いながら、ようやく部屋の中に踏み込んだベルは、そこで椅子に座っていたガゼルと顔を合わせることになった。


 先に部屋の中に入っていたルークとビクトがガゼルに何かを見せてもらい、感嘆の声を漏らしている。その様子が気になったベルが覗いてみると、二人の前に何かの図鑑が置かれている。


「こんにちは」


 挨拶をしてきたガゼルにベルは会釈しながら、挨拶を返していた。ガゼル自体は以前、村人が集まっている中で見たことがあったが、こうして近くで見るのは今日が初めてだった。テオやアルのようにベルの知っている男の身体と比べると、その体躯は一回りほど大きくなったように感じられる。

 外の人はこんなに大きいのか、とベルは驚きながら、ルークとビクトが見ている図鑑に目を向けていた。


「それは?」

「これは魔術に用いられる植物の情報が書かれた図鑑です」


 ガゼルのその説明に、ベルは途端に興味が湧いて、ついルークとビクトの方を覗き込んでしまう。その姿にガゼルが笑っていることに気づき、ベルは一瞬で顔を真っ赤にしていた。


「ご、ごめんなさい…ちょっと植物が好きで」

「ルナさんから聞いていますよ。ベルさんですよね?この近くの植物を全て支配下に置いているとか」

「どんな説明!?」


 ベルがルナに抗議の目を向けると、ベルから受け取った花を花瓶に生けていたルナがかぶりを振っていた。すぐにガゼルに目を向けると、ガゼルはくつくつと押し殺すように笑っている。どうやら、ただの冗談だったらしい。


「人が悪い…」

「良く言われます」


 二人がその話をしている間に、ルナがテーブルまで花瓶を持ってきていた。その花を見て、ガゼルが不思議そうに聞いている。


「これは?ベルさんが?」

「そうです。今日は森に行ってきたそうで、そこで」

「森に…?」


 そこで一瞬、それまでの柔らかな表情が崩れ、ガゼルが苦虫を噛み潰したように表情を歪めた気がした。


「ガゼルさん…?」


 そのことを怪訝に思ったベルが口を開いた途端、ガゼルの表情がすっと元の柔らかなものに戻っている。そのあまりに速い変化に、ベルは気のせいかと思っていた。


「どうされました?」

「いえ、気のせいです」


 そう言ってから、ベルはガゼルと同じテーブルにつき、ルークとビクトが楽しそうに話しながら、読んでいる図鑑に目を向ける。


「魔術でも植物を使うことがあるんですね」


 植物のことに詳しいベルだが、植物が関わっていること全てに詳しいわけではなかった。特に魔術に関する知識となれば、魔術師以外が好んで得ようとしないと聞くくらいだ。敬遠したわけではなくても、勝手に入ってくることもない。


「植物によっては生育段階で微量な魔力を含むこともあるんですよ。それが魔術に利用できることがあるんです」

「そうなんですね。魔力とか分からないから、考えたこともなかったなぁ…」

「他にも植物自体は魔力を含んでいないけど、魔術を発動する際に効果を及ぼすものもあることが分かっています。魔術は結構、植物を利用しているんですよ」

「やっぱり、植物は凄いですね」


 ベルが思わぬところに着地したためか、ガゼルは面食らったような表情をしていた。それから、再び声を押し殺したようにくつくつと笑い始める。


「ルナさんから聞いていた通り、貴女は結構面白い人ですね」

「何を聞いていたんですか?」

「詳細に、というわけではないですが、貴女と旦那さんの馴れ初めを」


 そう言われてテオのことを思い出した途端、ベルは顔が沸騰したように熱くなっていた。あの数年に亘る日々を知られていると思うと、急に恥ずかしくなってくる。


「ルナ~…」


 ベルは身を縮ませながら、ルナに何と言ってやろうかと考え始めていた。別にいいのだが、話したことくらいは事前に教えてもらわないと準備もできない。急に知られていると分かる恥ずかしさをルナはきっと知らない。

 ベルがそのことを考えている間に、ガゼルはルークとビクトに目を向けていた。


「その図鑑でしたら、後でお子さんに差し上げますよ。彼は興味があるようだし、貴女も興味があるようなので」

「いいんですか?」

「問題ないですよ。魔術に関する図鑑としては安い物なので。この村に泊めていただいたお礼…とするには少し足りないでしょうかね?」


 ガゼルが笑いながら言ったことに、ベルはかぶりを振りながら礼を言っていた。


 この時の出来事がきっかけとなり、ルークも他の子供達と同じようにガゼルに懐くようになって、それまでの寂しさを感じている様子を見せなくなっていた。それがベルの心を安心させた上に図鑑をくれたこともあって、ベルの中でガゼルの評価が上がっていた。

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