14歳(3)
テオの様子がおかしくなり、ベルと真面に話してくれなくなってから、ベルの心は落ちつかなくなっていた。眠れなくなったこともそうだが、仕事で森に入っても、植物には一切目が行かず、テオの姿を探してしまったり、テオのことを考えていたりするようになってしまっていた。明らかに仕事の効率と精度は落ちていき、ついには苦言を呈されるくらいだ。
それくらいにテオのことが気になっても、そのことをテオ本人に聞くことはできなかった。逢っても目すら合わせてくれないこともそうだが、何より、ベルがどれだけ探してもテオと逢えない時が多くなっていた。狩人組合に行っても、テオの姿が見つからず、森の中でテオを目撃することもなくなった。
それだけだったら良かったのだが、狩人組合でテオを探している時に、さっきまでそこにいたと言われることも多々あり、テオがベルを避けて、逢わないように移動しているのではないかと思い始めると、途端にベルの胸は痛み始めていた。
かと言って、ベルは最後のところであるテオの家に直接訪ねに行く、ということはしていなかった。それは何より、テオと本当に逢えるとなった時、テオに何を聞けばいいのか、テオが何を答えてくれるのか、そのことを想像すると怖くて堪らなかったからだ。
結局、ベルは見つからないテオを探すフリをして、狩人組合の建物を訪ねるので精一杯だった。
その日々が一週間、二週間と続いたある日、ベルはついに耐えられなくなり、ルナの家を訪れていた。仕事に行っているアルがいないタイミングで、ルナはビクトと一緒に遊んでいる最中だった。その遊びにベルも交ざり、その中でベルはテオの様子がおかしくなったことを伝える。
「テオさんの様子が?」
「そう。私と逢っても、目も合わせてくれないし、最近はそもそも逢えてもないし」
「忙しいの?」
「分かんない。逢いに行っても、いないとか、見つからないとか言われるんだよ。さっきまでそこにいたって言う人もいるから、避けられてるのかもしれない」
「何かしたの?」
「何もしてないよ。何もしてないと思うよ…」
暗くなったベルを心配した様子でビクトが頭を触ってくる。言葉はまだうまく喋れないようだが、ベルを励まそうとしているのか、「あー」とか「うー」とか声を出している。
「ありがと」
ベルが笑顔でお礼を言うと、ビクトは嬉しそうに笑っていた。その笑顔にベルの心も少しだけ落ちつく。
「そういえば、アルもテオさんが何か考え込んでいるって言ってたなー。何を考えているんだろうね?」
「それが分からなくて聞こうとしたら、どんどん逢えなくなったんだよね…」
落ちつき始めていたベルが再び暗くなりかけると、ルナが困ったように笑っていた。さっきまで笑顔だったビクトも、再び心配した顔でベルの顔を見てきている。
「家には行ったの?」
「行ってない…行けないよ…そこで嫌いとか言われたら、もう私、立ち直れないもん…」
「けど、そうやって悩んでるなら一緒だと思うよ?」
「そうなのかなぁ…」
悩めば悩むほどにベルの身体は小さく見えるようになっていた。丸まった背や肩はその上に悩みが乗っているように戻る気配がない。
「そんな調子だと仕事に影響出ない?」
「出てるぅ…」
「じゃあ、ダメだよ」
ルナが思わず笑いながら言ってきた。それはあまりに的確な言葉だが、その的確さを真正面から受け取れるほどの余裕は今のベルにはない。的確な言葉も、今のベルの心は矢のように突き刺さるものとして受け取ってしまう。
ベルは両膝を抱え込むように座ると、その間で頭を支えるように顔を伏せていた。目を瞑り、頭の中でルナの言葉を反芻しながら、その言葉の的確さに胸の痛みを強めてしまう。
「ご、ごめん…!?そんなに気にした!?」
ルナが驚きながら声をかけてきたが、ベルは顔を上げて、小さくかぶりを振っていた。ルナの言葉が悪かったのではなく、ルナの言葉で思い悩む自分がいけないことは分かっている。分かっているが、今はまだ、その気持ちにうまく踏み込むことも、退くこともできずにいる。
「テオが私のことを嫌いになるとしたら、どの部分だと思う…?」
自分の中で覚悟を決めていくために必要なものを揃えようと思い、ベルはルナにそう聞いていた。理由が分かっていけば、そこに対する気持ちの持ち方も分かってくるかもしれない。
そう思っていたのだが、ルナは考えるように上を向いたまま、途端に動かなくなる。その様子を見ていたビクトが隣で真似をしているのが、光景としては非常に微笑ましいが、今のベルの心情はそのことに微笑ましさを覚える余裕がなかった。
「ル、ルナ…?」
「ちょっと思いつかないかな…?」
「ええっ!?困るよぉ!?」
思わず抗議の目をルナに向けていたが、ルナからすると抗議されても仕方ないことだというのはベルにも分かっていた。何より、思いつかないということはテオに嫌われている可能性は薄いということとも取れる。
実際、ルナもそう言ってきた。
「ベルがテオさんに嫌われることはないよ」
しかし、その言葉を鵜呑みにできるほど、ベルもポジティブではない。そこに明確な根拠がない以上は、ルナの言葉を信じることもできない。
「どうして?」
「え?」
「どうして、そう思うの?」
ベルの質問を受けたルナが盛大に目を泳がせていた。明らかに焦っていると分かる姿に、ベルの気持ちは更に沈んでいく。
「いや、その理由は言えないけど、そう思うのは確かだよ」
「そんなの気休めだよぉ…」
気持ちを奮起させようと思えば思うほど、どつぼにはまり、どんどんと落ち込んでいく。その負の連鎖から、ベルは抜け出す方法が思いつかなかった。
いっそのこと、最初からテオと出逢わなければ良かったのかもしれない。ついにはそんなことを思い始めたベルの目の前で、唐突にルナが何かを思いついた顔をした。
「もしくはベルのことを気遣っているのかもしれないよ?」
「私のことを?」
「そう。もうベルもいい年齢だから、自分と一緒にいてばかりじゃなく、他にいい相手と一緒になるように気を利かせたのかも」
「全然気が利いてないよ!?」
「だって、ベルはテオさんが好きだって言ってないんでしょう?」
「う、うん……」
「それなら、そう思っても仕方ないよ」
ベルのことを思って、ベルから離れている。もしそうなら、本末転倒にも程があるとベルは思うが、少し嬉しい気持ちがないわけでもなかった。どういう結果でもテオがベルのことを思ってくれるなら嬉しい。
しかし、ベルはテオ以外に興味がない。テオ以外の誰かと結婚し、家庭を築くことなど考えることすらできない。
もしも本当にルナの言う通りなら、ベルが本当の気持ちを伝えて、何とかテオに考えを改めてもらわないと、とベルが思った直後、ルナが思いついたように呟く。
「あー、でも、逆もあるのか…」
「え?逆?」
「うん。テオさんの方が結婚のことを考え始めて、その相手にベルとの仲を誤解されないように、みたいな?」
「え…?」
テオが自分以外の女性と結婚を考えている。ルナが思いつきで言ってきたその発言に、ベルの心は酷く揺れ動かされていた。泣き言どころか、言葉すら発せないほどに動揺し、ベルは座った体勢のまま、全身を震わせ始める。
「う、嘘…嘘だよね…?」
「いや、それは分からないよ。最近逢えないのも、もしかしたら、結婚の準備をしていたりして」
「嘘!?待って!?」
ベルが思わず叫びながらルナに詰め寄ると、その声に驚いたビクトが固まり、泣き始めてしまっていた。その声に我に返ったベルが「ごめん」と口に出し、ベルの行動に驚いていたルナは慌ててビクトを泣き止ませようとしている。
「どれが本当かは結局、テオさんに直接聞かないと分からないからさ。そんなに嫌なら、ちゃんと逢って話した方がいいと思うよ」
泣き止んだビクトを抱っこしながら、ルナがそう言ってくる。元気に遊んで、それから泣いたことで疲れたのか、ビクトはルナの腕の中でうつらうつらしている。その姿を眺めながら、ベルは本当に小さくうなずいていた。
何が真実かは分からないし、それを確認することは怖くて堪らない。
だが、こうして立ち止まっていても、さっきのビクトのように嫌な気持ちを広げることになるかもしれない。悩みを悩みのまま置いておくことはするべきではない。
テオの家に行こう。そこでテオと逢って、ちゃんと話を聞こう。そう思ったベルはもう一度だけ小さくうなずいていた。
しかし、決まった覚悟とは裏腹に、ベルはテオの家にしばらく向かうことができず、ようやくテオの家を訪れたのは、ルナの家で覚悟を決めてから数日後のことだった。




