14歳(1)
ルナとアルが夫婦になってから、ベルがルナと逢う機会は極端に減っていた。それは様々な要因があったが、特にこの一年は両手で数えられるくらいにしか逢っていなかった。
そのことに寂しさを覚える一方で、逢えない理由に嬉しさを覚えていたある日、ベルはテオと一緒にルナの家にお邪魔することになった。
その最大の目的はこの一年、ルナと逢えなくなっていた理由のところと久しぶりに対面するためだ。
ベルとテオがルナとアルの家に行き、いつものようにチャイムを鳴らすと、ルナが姿を現していた。
「ベル、テオさん。いらっしゃい」
笑顔でそう言ってくるルナよりも、ベルとテオはルナの腕の中に目が行っていた。そこで大人しそうにベルとテオを見てくる円らな瞳に、ベルは感激する。
「大きくなったね!!」
そう言いながら、ベルが手を伸ばすと、ルナの手の中に抱かれていた男の子は大人しく頭を撫でられていた。その表情はゆっくりと笑顔に変わっている。
この男の子こそ、今回ベルとテオが二人の家を訪ねてきた最大の理由だった。ルナとアルの間にできた子で、この間、一歳になったばかりの子だ。名前はビクトという。
そのビクトとベルが最後に逢ったのは、半年くらい前だった。そこからの成長を考えると、今はかなり大きくなっている。ルナが抱っこしているが、それも以前と比べると、随分と重そうだ。
「子供の成長は早いね」
ベルの隣でテオが軽く手を振っていた。ビクトに向かってアピールをしているようだが、流石は男の子と言うべきなのか、ベルの時と違い、テオには一切の興味を示していない。
「あれ…?」
「無視されてるね」
ベルが笑う隣で、テオは露骨に落ち込んでいた。ルナが困ったように笑い、ビクトにテオのことを教えているが、ビクトは一切テオに興味を示さず、ベルの方に手を伸ばしてきている。
そのことにテオがまた落ち込んだ様子だったが、ベルは気にせずにルナとビクトを押しながら、家の中に入っていた。
「いいの?テオさん、落ち込んでるみたいだけど」
「いいの、いいの。落ち込んだテオも可愛いし」
「そ、そう…?」
笑顔のベルにルナは少しだけ戸惑っているようだったが、部屋に移動する頃には元気さを取り戻し、ベル達を追いかけてきたテオを見て、ベルと一緒に呆れたように笑っていた。
「ちょっと待ってね。お茶を用意するから」
そう言ったルナがビクトを下ろし、キッチンの方に移動した直後、下ろされたビクトがゆっくりとだが、ベルに向かって歩いてきた。その姿にベルとテオは目を丸くする。
「えっ!?ええっ!?歩いてるよ!?」
「あ、アルとルナを呼ばないと!!一大事だ!?」
ビクトが歩いたことに盛大に慌てるベルとテオの前に、テオと同じように仕事が休みだったアルが姿を見せる。慌てる二人を横目に、非常に落ちついた態度で挨拶をしてくる。
「二人共、来てたのか。いらっしゃい」
「いや、アルさん!?それどころじゃなくて…!?」
「ビクトが歩いてる!?歩いてるよ!?」
「ああ、そうだ。歩けるようになったんだよ」
落ちついた態度を崩さないまま、返答してきたアルを見て、ベルとテオは固まっていた。どういうことか分からず、困惑した顔をしていると、くすくすと笑いながらルナがお茶を運んでくる。
「歩けるようになって、もうしばらく経つんだよ。この前はついに言葉も話したんだから」
「そうそう。俺のことを呼んだんだ」
「いやいや、違うよ。あれは私に向かって言ったんだから、私のことを呼んだの」
「でも、パパって言ったんだろう?」
「言葉を間違っただけですー」
言い合う二人をきょとんとした顔で見ていると、ビクトがベルに凭れかかるように抱きついてきた。その様子に目を向けながら、ベルはつい笑みを浮かべてしまう。
「そっかー。前に逢ってから、そんなに時間が経ったんだね。子供の成長って早いね」
ベルがビクトを抱っこしながらそう言うと、ルナがくすくすと笑い始めていた。何がおかしかったのか分からないベルはビクトを抱っこしたまま、きょとんとしてしまう。
「さっきのテオさんと同じことを言ってるよ?」
ルナにそう言われた瞬間、ベルは妙に気恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしていた。そのことを聞いたテオは不思議そうにベルを見てから、ニコリと笑っている。
「真似した」
「してないよ」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、テオの言葉を否定するベルと、どんなに言葉を否定されても嬉しそうに笑っているテオの二人を眺めて、ルナとアルは顔を見合わせながら笑っていた。その笑顔に気づいた二人が不思議そうな顔を向けるが、二人は何も答えてくれない。
「何で笑ってたの?」
「いや、何でもないよ」
「凄く気になる」
「ううん。それよりも、ビクトが寝ちゃったね」
ルナの一言にベルは抱っこしていたビクトに目を向ける。スヤスヤと寝息を立てながら眠っている姿は非常に可愛らしいものだ。その寝顔を見ていると、ついベルは笑みを浮かべていた。
気づくと、そんなベルを見ながら、テオも同じような笑みを浮かべている。その笑みにベルはテオも同じことを思ったのか、と思っていた。
「可愛いね」
ベルが聞くと、テオは途端に驚いた顔をして、少しドギマギしながら、小さくうなずいている。
「うん。そうだね」
そのテオの反応にベルは不思議そうな顔をしていたのだが、その様子を見ていたルナとアルは何故かさっきと同じように笑っていた。
☆ ★ ☆ ★
眠ってしまったビクトを寝かせてから、テオがアルと話し込み始めてしまったので、ベルは久しぶりにルナとゆっくりした時間を過ごしていた。美味しいお茶を飲みながら、最近のお互いの話をしている。
「ルナは最近、服とか作ってるの?」
「あー、うん。少しずつだけどね。今はビクトの服が多いかな。さっき着てた服もそうだよ」
「え?そうだったの?やっぱり、ルナは凄いね。気づかなかった」
ベルが思ったことをそのまま口に出すと、ルナは照れた様子を見せてくる。こういったところは子供ができても変わらないところで、そういった姿を見ているとベルは妙に落ちついた。
「ベルは森に籠りすぎたりしてない?」
「し、してないよ。そこまで夢中にならないから」
「どうかな~。植物ついでにテオさんのことを探していたりして」
ルナは冗談っぽく言っていたが、ベルはその言葉にうまく言い返せなかった。その様子にルナが気づき、驚いた顔を向けてくる。
「え?本当に?」
「そういったこともあっただけ!!いつもじゃないから!!」
必死に否定しようとするが、いまいち否定し切れていないベルの姿に、ルナが笑みを浮かべていた。
「そんなに好きなら言っちゃえばいいのに。まだ付き合ってもいないんでしょう?」
「そ、それは…」
「それくらいの時間は経ったと思うよ」
「そうなんだけど…何か、今更言うと、今の関係が壊れそうで、ちょっと怖くなってきたというか…」
「もー、そんなことになるなら、あの時に言えばよかったのに」
あの時と言われて、ベルはルナからプロポーズされたと聞いた時のことを思い出す。あの直後にベルはテオとの関係を真面目に考え、そして、今に至る大きな変化のない選択を取ってしまった。その時はそれが一番いいと思ったし、その気持ちに嘘があるわけではないが、今になって思うと、微かな後悔が湧いてこないわけでもない。
「けど、どうなんだろう?あの時に言って、どうにかなるわけでもないし。これで良かったのかもって思うと、何とも言えなくなるんだよね」
「多分、そう思ってるのベルだけだよ」
「どういう意味?」
「教えなーい」
「何か、ビクトが生まれてから、ちょっと意地悪になってない?」
「う~ん…かもしれない」
悪戯っ子っぽく笑うルナに、ベルは苦笑いを浮かべていた。その直後、ルナの表情が真面目なものに変わる。
「けど、あんまり時間をかけると、今度は取り返しがつかなくなるよ」
「取り返しがつかなくなるって?」
「小人は短命だから、死んじゃう…はないにしても、例えば、他の人がテオさんと付き合い始めたり、最終的に結婚したりするかもしれないよ」
ベルはテオが自分以外の女性と一緒に歩いている姿を想像し、愕然としていた。必死に笑顔を作ろうとするが、うまく笑えない顔のまま、何とかかぶりを振る。
「な、ないよー。ないない」
「そうは言い切れないよ。そろそろ、結婚しなさいって両親に誰かを紹介されるかもしれないし。そうなったら、テオさんはすぐに結婚を決めちゃうかも」
ルナの言葉のままに想像を広げ、ベルの顔はどんどん青褪めていた。その様子にルナは苦笑しながら、ベルは励ますように言ってくれる。
「まあ、そうならないように。ベルも考えるべきだと思うよ。どう決めても、私はベルを応援するから」
「う、うん…ありがとうね」
ベルは悪い想像から渇き切った口を潤すために、お茶の入ったコップを口に運ぶ。さっきまでは美味しいと思っていたお茶だったが、不思議なことに今は全く味を感じられなかった。




