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白雪姫VS鏡の女王

作者: 陵瑞

1.プロローグ



幕が上がる。

白雪(なんか羽織ってる)、花道。



白「昔々、あるところにひとつの国がありました。『鏡の国』と呼ばれるその国は、代々魔法の鏡が選んだ、国で一番美しい女性が統治する国でした。現在の女王は彼女――この国の女王にふさわしく、美しさに異様な執着を持つ女性でした」



母(女王)、鏡に向かっている。



母「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」


鏡「女王様です」


母「そう……今日もわたくしは美しい。この世の誰よりも、まばゆく輝く至高の存在なのよ。(おなかをさすって)生まれてくるこの子も、きっと私に似て、さぞ美しい子なんでしょうね。どんな子がいいかしら。……そうだわ、女の子がいいわね。男の子もいいけれど、やっぱり娘をかわいく着飾らせたいわ。黒檀のようにつややかな黒髪と、雪のように真っ白な肌。それに、血のように赤い頬……そんな女の子が生まれてきてくれたら、さぞいいでしょうね。あぁ、楽しみだわ。早く会いたいわ……!」


白「そして、ついに女王様は子供を生みました。その子は女王様の望みどおり、黒檀のようにつややかな黒髪と、雪のように真っ白な肌。それに、血のように赤い頬を持った、それはそれは美しい女の子でした」


母「なんて美しい子なの。この子の名前は、この雪のように滑らかで穢れのない肌から、白雪と名付けましょう。どうかこの子が、この名前に恥じないような純粋な人間になりますように……」


白「そして、白雪はすくすくと育っていきました。彼女は成長すればするほど美しく、その将来には何のかげりもないように見えました。しかし……」



2.バトル勃発



母「あぁ、今日もわたくしは美しいわ!さすがわたくし、女王として鏡に選ばれただけはあるわね!気品に満ちた立ち振る舞い、余裕にあふれた笑み!立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはまさしくわたくしのことね!こんなに美しいんだもの、今日も世界で一番美しいのはわたくしに決まっているわ!鏡よ鏡、この世で一番美しいのはわたくし?」


鏡「いいえ」


母「……うまく聞こえなかったのかしら。ねぇ鏡、あなたがわたくしを国で最も美しいと選んだから、わたくしは女王としてこの国を治めているのよ?そういうルールじゃない。それを今更、わたくしが一番でないだなんて……そんなの、あってはならない。わたくしでなければ、いったい誰が一番だというの?鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」


鏡「白雪です」


母「白雪ですって!……おかしいわねぇ、この鏡は真実を告げるはずなのだけど。いつから嘘をつくようになってしまったのかしら?ねぇ、鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」


鏡「白雪です」


母「あくまでも白雪だと言い張るのね。なら仕方ないわ。(トンカチをもてあそびながら)この国にとって魔法の鏡は必要不可欠だけど、そろそろ完全に人間の手によっておさめられてもいいころだと思うの。……だから、ね?答えによってはあなたを叩き割って捨ててしまうことも考えなければならないわ。そんなことになったら悲しいわね、えぇ、とっても悲しいわね。そんなことはできるだけしたくないわね。……これが最後よ。鏡よ鏡、この世で一番美しいのは……?」


鏡「女王様です」


母「そうよね、まったくもってそのとお――」


鏡「ですが、白雪姫はその何倍も美しい」


母「はぁ!?何ふざけたことを言っているの!このっ……(叩き割ろうとする)いえ、待ちなさい。仮に、仮によ?あくまで仮定の話で、けっして事実ではないのだけれど?白雪がわたくしより美しいとするわ。だとするなら、ここでわたくしが鏡を黙らせた所で事実は変わらない。こいつはただ考えを述べているだけで、美しさを決めているわけではないのだから。だとするなら、直接原因に手を下したほうがいいのではないかしら?えぇ、妙案だわ。そうしましょう。……痛い目見せてあげる。ほほほ、おーっほっほっほ!

……白雪!白雪―!」



白雪、小走りでかけてくる。



白「何、お母様?」


母「お前は最近、ぐんとかわいらしくなったわね……まぁ、わたくしには劣るけれど」


白「え、そう?お母様も美しさにどんどん磨きがかかってきてるじゃん。まぁ、あたしには劣るけど(笑)」


母「なんですって!」


白「事実でしょ?それに、あんまりいらいらしてると、ただでさえ気になり始めてるしわがもっと増えるよぉ?ほら、今この瞬間にもいっぽーん、にほーん、さんぼーん……」


母「わたくしはまだ三十五よ、おばさん扱いしないでちょうだい!それに、メイドには姫かと思うくらい若々しいといわれているんだから!」


白「三十五は立派なおばさんだよ。姫かと思うくらいにってそれ、ババァがいきがって若作りしてんじゃねぇぞって意味じゃないの?女王様なんだから、とりあえずよいしょしてるだけでさ」


母「そんなはずないわよ!いいこと、美しさは日々磨いていくもの、日々進化するもの!努力を怠ればすぐにくすんでしまうけれど、磨き続ければその分だけ明日の自分は美しくなれる!わたくしはその努力をサボったことはないわ。エイジングケアは毎日欠かさず行っているし、……ないわよね、皺なんて」


白「あっははは!やっぱ気にしてんじゃん!まじ受けるんだけど!」


母「わが娘ながら、なんて口の利き方……!あなたねぇ、口の利き方には気をつけなさいといつも――!」


白「あーはいはい、説教はいいから。いつも耳にたこができるかってくらい聞いてるし。それより、何?わざわざ呼んだりして、なんか用事あったんでしょ?」


母「あなたね……!まぁ、そうね。説教はまた今度にしましょう。大事な話のために、せっかく呼んだのだから。ごほん、あなたを呼んだのは、他でもない……あなたを、始末するためよ……!メイド!」



メイド、来て白雪を拘束する。



白「ちょっ、やめっ…なにすんの!」


母「ほほほほほ!やっておしまい!」


白「やめて、やめ……いやーーーっっ!」



暗転。

明転。

メイドと女王、舞台袖から目隠しされた白雪を連れてくる。



白「こんな誘拐まがいのこと、許されると思ってる

、の?早く解放しなさいよ……畜生、こんなことなら普段から筋トレしとくんだった。そしたらメイドなんてけちょんけちょんにしてやるのに……」


母「着いたわよ」


白「ようやく?ったく、一体どこに……ステージ?ステージなんかに連れてきて、何するつもり?」


母「聞いて驚きなさい。……これからあなたには、わたくしと美しさを競っていくつかの勝負をしてもらうわ!」


白「は?急に何言ってんの……おばさん通り越してついにボケた?」


母「違うわよ!わたくしはねぇ、この世で一番美しい人間は誰なのか、はっきりさせなくてはいけないの!」


白「えっ、それまた、何で急に」


母「それは!これまでわたくしをこの世で一番美しい存在だといってきた,この鏡が!白雪、あなたのほうが美しいとかぬかしやがったからよ!」


白「あー、そういうこと?鏡が言うんならそうなんじゃない?なんせ、あたし写真集の売り上げ脅威の五十万部を誇る国民的美少女だからさ。ごめんねー、かわいくって。あたしって罪な女……」


母「ほざきなさい。国民はだませても、わたくしにはそのにじみ出る性格の悪さはお見通しですよ」


白「はんっ、美しさに性格は関係ないでしょ?大事なのは外見――」


母「甘い!真に美しいものとは、外見はもちろんのこと、内面からその言動、特技にいたるまで人々を魅了できる者のこと……いくら見目が麗しくても、中身が醜ければ真に美しいものを名乗る資格はないわ!そう、たとえばあなたのように、ね!」


白「はぁ?あたしが醜い、ですって!」


母「あら、違うの?仮にも姫なのに、いつもいつも野生児のようにきゃんきゃんわめいて……ふっ、そんなでは勝負に負けてしまうわよ?」


白「あたしはまだそんな勝負、乗るなんて一言も言ってませんー!」


母「あら、そう。それならそれでいいわ。ただ、あなたの内面は醜いという事実は残り続けるけれど」


白「誰が内面ブスよ!」


母「そうでないと証明したいなら、勝負に乗るしかないわね」


白「……いいよ。そこまで言うんなら、その勝負……受けてたつ!」



3.お歌



開戦の音響。



母「それじゃ、わたくしが先攻をさせてもらうわね。(指パッチン)」



女王のお歌。



白「……うっめぇ………」


母「ほほほ、恐れ入ったかしら?」


白「なんでこんなに上手いのよ」


母「昔、内面の美を磨くために猛練習した時期があってね……今はもうたまにしか歌わないのだけど、その頃の賜物かしらね」


白「ほえー、ちなみに猛練習とはどれくらい……?」


母「そんなによ?…1日5時間くらい」


白「謙遜の仕方がえげつない!」


母「プロの歌手はもっとやってるわ」


白「そんなにやって喉壊さないの?」


母「正しい発声でやれば問題ないわ」


白「むむ……これはただ歌っても、勝ち目が無いかもしれない……よし、決めた!」


母「?」


白「準備はいい?それじゃ……ミュージック、スタート!」



白雪姫、「俺ら東京さ行くだ」歌う。



母「ここでまさかの吉幾造!?」


白「どうだった?結構歌には自信あるんだけど」


母「まぁまぁうまかったわよ。うまかったけれども、……なんでまた吉幾造……?わたくしでもリアルタイムで聞いていた世代じゃないわよ……?」


白「んー、まぁたしかに、リリースされた年代は古いかもね。でも、いつまでたっても色あせないものもある。この曲もそうだと思うんだ。はるか昔の曲なのに、若い世代のあたしたちでも知ってる。今でもcmに使われたりすることがたびたびある。それはきっと、どの年代のどんな人の心にも響く何かがあるからなんじゃないかな。それに気づかせてくれたって意味では、この曲はあたしにとって大切な曲なの」


母「この曲に、そんな思いがあったなんて……」


白「知らんけど。」


母「知らないの!?ちょっと感動したあたしはなんだったの!」


白「いやぁ、こんなので心を動かされるなんて、ずいぶん心がきれいなことで。さすが女王様ぁ」


母「馬鹿にしないで。それで?本当はどうしてこの曲を選んだの?」


白「聞いちゃう?そこ、気になっちゃう?」


母「……別に、そこまでは」


白「いやいやいや、そこまでいったら聞こうよ。ほら?気になって気になって?」


母「そうね。気になりすぎて夜しか眠れないから、教えてくれる?」


白「しっかり寝てんじゃん!もう、しかたないなぁ……あたしがこの曲をチョイスしたのは、ずばり、人気が取れるからよ!」


母「またそれ?さっきから人気、人気って……だいたい、こんな古い曲じゃ若者には受けないんじゃない?」


白「甘いなぁ。言ったじゃん、いまどきの若い世代も知ってる曲だって。意外と懐メロって、最新の流行曲よりウケがいいんだよ?中にはいまどきの曲なんてぜんぜん聞かない子もいるし、なにより国民はみんなが若いわけじゃない。急激な少子高齢化でご老人が加速度的に増えていってる。……つまり、まとめると若者より老人に媚売ったほうが手っ取り早い!」


母「途中まで説得力満載だったのに、最後で一気に台無しになったわ!」


白「なんで!ほんとのこと言っただけじゃん!」


母「あなたは昔から口の悪さを隠そうともしないで……そんなんでわたくしと対等に張り合おうなんて、百年早いわ」


白「ぱーどぅん?はっ、でも今回の勝負はあたしの勝ちでしょ」


母「えっ、どこが?」


白「逆にあたしの勝ちじゃないって要素ある?」


母「歌のうまさとか」


白「あたしのほうがうまかったでしょ」


母「表現力とか」


白「目の前にド田舎の風景広がったでしょ」


母「聞いている人を引き込む力とか」


白「めっちゃ聞き入ってたじゃん」


母「……それ、本気で言っている?」


白「本気以外になにかある?」


母「冗談」


白「あーもう、まどろっこしいな!お母様はつまり、すべての点において自分の歌のほうが勝ってたって言いたいんでしょ!」


母「そうよ。よくわかってるじゃない」


白「ならいうけどさ、確かにお母様の歌はうまかったよ」


母「当たり前よ」


白「けど、うまいだけじゃ観客の心はつかめない!そういう意味ではあたしのほうが上回ってたと思わない?」


母「……ほう?どういうことかしら」


白「カラオケ大会なら、たとえばビブラートとかこぶしとか、そういう技術でもってして明確な判断基準があるのかもしれない。けど、これは違う。あくまでも美しさを競うため、いかに自分を魅力的に演出できるかに主眼が置かれているものだよ」


母「そうね。一見、あなたの言うことにも一理あるように思えるわ。でも、わたくしは真剣に、聞くものを圧倒するような歌を歌った。自分の出せる精一杯をもって挑んだの。人気だとか笑いをとりにいって、真っ向から勝負することから逃げたあなたがわたくしをこえることはないわ」


白「それは違うよ。聞いたでしょ?さっきあたしが歌いだしたときに一気に緩んだ観客の雰囲気。思わずあふれた笑いが全体に伝染していく、あの感じ。あたしの歌で会場がひとつになる、そんな楽しさ――これこそが音楽の魅力。一方的に聞かせるだけじゃない、みんなを巻き込んでいく力」


母「みんなを、巻き込んで……」


白「ほら、見て。彼女の笑顔。あたしのことをさっきより楽しそうに見てくれてる!むこうに座ってる彼は、今にも眠りそうだったのに、あたしが歌った途端に目を大きく見開いて、今では前のめりになって話を聞いてる。目の前のこのメガネの女の子は、小さく手拍子してくれた」


母「白雪……」


白「あたし、選曲自体はお母様の言うとおり、人気ばっかり気にしてしまった。でも、結果的にはそれでみんなが笑ってくれたんだから、あたしはそれが間違っていたとは思わない!あたしの歌はみんなに笑顔と元気を与えた。だからこそ今回の勝負、あたしのほうが……」


母「あの、いいこといっている最中に申し訳ないのだけれど……ここからあなたが言うような観客の顔なんて、真っ暗でまったく見えないけど」


白「それは、ほら、あー……老眼なんじゃない?」


母「老眼が見えなくなるのは近くよ」


白「ほら、あのー、ここってお客さんとの距離が近いじゃん?だから見えなかったんじゃ――」


母「さすがにそこまでになると日常生活に支障をきたすわ」


白「うっ……でっ、でも、暗くても最前列は見えるでしょ?」


母「えぇ、見えるわね。だけど、さっきあなたが言及していたメガネの彼女……わたくし見ていたけれど、手拍子どころかリズムに乗ってさえいなかったわよ」


白「…………」


母「嘘ばっかりじゃない。あなたの歌はみんなに何を与えたんだったかしら?」


白「でも、お客さん笑ってる感じしてたし……全部うそなわけじゃないし……」


母「真実の中に嘘を混ぜ込むのは詐欺師の常套手段よ」


白「……なにも、そこまで言わなくても」


母「美しくないじゃない?ねぇ。美しさを競っているというのに不誠実に口先で勝とうとするなんて、不正にも等しいんではなくて?ねぇ、ねぇ?」


白「……もう、今回はお母様の勝ち!これでいいんでしょ!」


母「あら、ありがとう。勝ちを譲ってくれるなんてやさしいのね。お母さん鼻が高いわぁ」


白「はぁ!?自分が言わせたくせに……!」


母「誰も強制してないわよ?まぁ、勝ちはありがたく頂戴するわ」


白「ちっ……くたばれくそばばぁ」


母「ほほほ、負けず嫌いねぇ。誰に似たのかしら」


白「お母様じゃないの?」


母「冗談じゃないわ」


白「あたしもお母様に似てるなんて、考えただけでもぞわっとする!うっわー、鳥肌立ちすぎて空飛べそう」


母「こっちもそんなの、願い下げよ。あぁ、こんな話やめにしましょう。早く次の勝負に移るわよ」



4.演技



開戦の音響。



母「次は、演技よ」


白「演技?そんなの、あたしたち王族にとっては朝飯前じゃない。城の者、ひいては民衆に対しても常に演じ続けてるんだから」


母「えぇ、そうね。わたくしたちは常に威厳ある、けれども慈悲にあふれた王族という仮面をかぶらなくてはならない。そういう点ではわたくしたち二人とも、もはやプロと呼んでも過言ではないほどのレベルに達しているでしょう」


白「じゃあ、勝負つかないじゃん」


母「けれどね、白雪。たとえばあなたは、ホラー映画で開幕早々フラグを立てて真っ先に死んでいく男の演技ができるかしら?」

白「……できない」


母「なら、推しが尊すぎて悶え苦しむオタクは?」


白「それも無理」


母「でしょう?そういうことよ」


白「いや、どういうことよ」


母「だから、いかに普段上品ぶるのがうまくたって、いざ自分が遭遇したことのないシチュエーションにかちあたったときになりきれないと演技がうまいとはいえないでしょう?それこそが演技の真髄なのよ」


白「なるほど、それにしたって例えが過激だった気がしなくもないけど……まぁいいや。それで?お題は誰が決めるの?あたしたちどっちかが考えたら不公平じゃない?」


母「そういうと思って、今城のメイドたちにお題を出してもらったわ。かもん!」



手をたたいて合図すると、箱を持ったメイドがやってくる。



母「さぁ、引きなさい」



白雪、箱の中からボールをひとつ引く。ちなみにボールに書いてある内容は全部一緒。



白「(引く)……うっわ!」


母「どうしたの?早くお題を読み上げて頂戴」


白「ねぇ、これってチェンジとかできないの……?」


母「何言ってるのよ、そんなこと許すわけないじゃない。さぁ」



白雪、しぶしぶボールを母に渡す。



母「なになに……恋する乙女?なによ、普通じゃない。これのどこが不満なのよ」


白「不満だよ!恋する乙女だなんて、馬鹿馬鹿しい……!」


母「あら、意外。あなたよく少女マンガとか好きで読んでいるじゃない」


白「あれはさぁ、イケメンが調子に乗ってるのを見て馬鹿にするのが楽しいんだって!あたしだったらいい気にさせておいて、一番いいところで振ってやるのに、って!」


母「うっわ不純……」


白「そうじゃなくって、あたしは『女は恋をするときれいになる』って言葉が嫌いなの!」


母「そんなの、古くからよく言われてきた言葉じゃない。気にしていたらきりがないわよ?」


白「気にするよ!だってさぁ、女子がダイエットとかメイクとか、血のにじむような努力をして美を磨くわけじゃん!それを男共はさ、『恋をすると女はきれいになるからな』って、たったその一言で済ませるわけ!信じられないでしょ?いやお前のためじゃねぇし、自分のためだし!確かに恋をすると女の子はかわいくなるかも知れないけど、それはうらでめちゃくちゃ金と時間を浪費して、努力を重ねた結果としてかわいくなってるだけだから!恋をしたら自然とかわいくなるなんて都合のいい幻想抱いてんじゃねぇぞ!いいかお前、そこの観客席であくびした男、お前だぞ!彼女がかわいくなったら、いや思わなくてもすぐ褒めろ!女は常に努力してるんだから、その努力をわずかでも認めろ!それができないなら出直して来い!」


母「何か触れちゃいけない過去があるのね……」


白「よく言われるんだよ、『かわいくなりましたね、恋したんですか?』って。おまえそれ普通に不敬罪だからな?あたしが王族とかそれ以前の問題として女性に失礼だからな?いっかい首でもはねてやろうか?」


母「そんなこと、わたくしは言われたことなかったけど」


白「それはお母様が綺麗系の顔してるからでしょ。ほら、あたしかわいい系の愛されフェイスしてるからさ?見る人も恋とかかわいらしい印象のものに結びつけやすいのかも知れないけど」


母「隙あれば自分語り……」


白「でも、演じるとなったら徹底的にやるよ。ちゃーんと乙女になりきってあげる」


母「いいじゃない。じゃあ、はじめるわよ」



演出切り替わる。



白「今日はバレンタインデー……心をこめて作ったこのチョコレートを渡して、俺君に今日こそ想いを伝えるんだ」


母「あら、白雪さん」


白「あなたは……っ、学校のマドンナにして俺君をとりあう憎き恋敵の加賀美さん!スクールカーストのトップに君臨する彼女は、大勢の取り巻きを従えて強烈ないじめをするその姿から女王様と呼ばれ恐れられている……!」


母「……!?(おおげさにジェスチャー入れて)」


白「また俺君にあたしみたいなみすぼらしい女は不釣合いだっていじめにきたのね。それで?今日はいったい、何をするつもりなの?あたし、どんなに嫌がらせされたって、絶対に負けない!今はまだ俺君にその牛乳拭いたあとのくっさいぼろ雑巾みたいに薄汚い本性はばれてないみたいだけど、すぐにその化けの皮はいで傷口に唐辛子の絞り汁すり込んでやるんだから……!今に見てろよ、この~~!~~、~~~!(尻軽ビッチとか、あばずれ女とか)」



ピー音入れるのが理想だけど、できなければ女王が声でかき消して。



母「ストップ、ストップ!」


白「なによ、こっからが楽しいのに」


母「なんで急にアメリカのホームコメディみたいになるのよ!台詞がばがばだし、そんなに口の悪い乙女がいるもんですか!」


白「だって、単純に少女マンガみたいな純粋な女演じちゃつまらないでしょ?遊び心がないと」


母「変な方向に遊び心を入れないで頂戴!もう……続きからやるわよ。今度はまともなヒロインを演じて!」


白「はいはーい」



演出。



母「いじめるだなんて、聞き覚えが悪いわね。わたくしはただ、今日ってほら、バレンタインデーじゃない?だからあなたと親睦を深めようと思って……じゃーん!チョコレートよ」


白「どうせその中に下剤とか入ってるんでしょ」


母「そんなもの入れないわよ。食材がもったいないでしょ?」


白「うそつき!あたしだったら絶対入れるもん。もしくはあのハバネロの数倍辛いといわれる唐辛子、キャロライナ・リーパーの粉末を入手して仕込むか、パパイヤの実とくさやを中に入れてひどい口臭にするか、……」


母「えっ、ちょっとちょっと」


白「あ、ちょっと現実味なかった?なら身近なところでいくと、チョコミントと称して歯磨き粉をチューブいっぱいチョコの上にぶちまけるとか……」



母「やめて!いったん中止!ねぇ、わたくしまともにやってっていったわよね!」


白「……なにかまずかった?」


母「まずいわよ!」


白「レシピ的に?」


母「倫理的に!どこの世界のヒロインにバレンタインにゲテモノチョコレート作る子がいるの!」



白雪、まじめな顔ですっと手を上げる。



母「あなたくらいよ。ひょっとしたらサイコホラーとかにはそういうのも生息しているのかもしれないけど、あくまでも恋する乙女なんだから……こう、純粋な感じでできないの?」


白「さっきのも十分純粋だったと思うけど」


母「あー、なら、純粋さ増し増しで!これ以上ないくらいにピュアな女の子を演じなさい!」


白「ちぇっ、つまんないの。わかったよ」


母「今度はちゃんとやれるでしょうね……不安になってきたわ」



母「ちゃんとしたチョコレートよ。ほら」


白「加賀美さん……」


母「ほら、わたくしにもよこしなさい?もらったら返す、それが女子社会の掟でしょ?」



女王、白雪の持っていたチョコを奪う。



白「あっ、待って、そのチョコは」


母「なぁに?まさか、もらっておいて返さない、なんてこと……ないわよねぇ?」


白「……それは、あたしが俺君のために作ったチョコなの」


母「ふぅん、そう。なら、わたくしがもらっても問題ないわね」


白「えっ」


母「どうせあなた、告白したところで振られてしまうもの。……かわいそうにね」


白「そんなの、やってみないとわからないでしょ!」


母「わかるわよ。なにせ、わたくし……俺君の、婚約者だもの」


白「なっ……!俺君の、婚約者……?」


母「えぇ。あなた、ずいぶん前からわたくしの俺君にご執心だったみたいだけど……ざーんねん。俺君とわたくしは幼馴染でね。お互い古い家柄の生まれで、家同士の仲がいいから生まれたときから婚約をしているの。だからあなたがいくらがんばったところで、けして私たちの仲は引き裂けない……」


白「――じゃん」


母「……ん?なんですって?」


白「それ完全にあたしが悪者になるパターンじゃん!」



母「はぁ……?いいじゃないの。嫌いなんでしょう?まともなヒロインは。なら、悪役がちょうどいいんではなくて?」


白「そうだけど、悪役って言ったら脇役じゃん!」


母「そうでもないわよ?悪役がいなければストーリーが進まないから、準主役といったところじゃない?」


白「あたしは常に主役でいたいの!」


母「それなら、愛のない婚約に苦しむ俺君を真実の愛で救い出すとか、そうすれば悪役にはならないじゃない」


白「それじゃテンプレすぎて詰まんないの!」


母「まったく、わがままね。勝利のためならなんでもするんじゃなかったの?」


白「そうだよ」


母「なら、ある程度は妥協しないと」


白「妥協?そんなの、あたしのポリシーに反するし!もーちょい……もーちょいでいい台詞が降りてくる気がす……」


母「降りてきた?」


白「今、びんびんにインスピレーション沸いた!いける!これはいける!」


母「ふぅん……じゃあ、あなたから始めて頂戴」



白「……ふっ……うぅっ……」


母「そんなに泣かないで。ほら、ハンカチ使いなさい」


白「うぅ……ありがと……ずびび(ハンカチで鼻かむ)」


母「うっ……まぁ、知らなかったみたいだからこれまで俺君に色目使ったことは水に流してあげる。その代わり、俺君には今後一切近寄ら――」


白「知ってたよ。俺君と加賀美さんが、そういう関係だってこと」


母「……え?」


白「だからこそ、あたし、羨ましくって。ううん、妬んでたの。好きな人が、自分じゃない人の隣で幸せそうに笑ってる。毎日毎日見せ付けられて、気が狂いそうだった。でも、それも今日でおしまい。……チョコレート、食べて?それが残ってると、いつまでも未練が残っちゃいそう」


母「でも……」


白「いいから。がんばって作ったから、捨てるのはもったいないから」


母「……わかったわ(食べる)」


白「ふ……ふふ」


母「白雪さん?」


白「あーっはっはっは!食べたね?ふふ……そのチョコ、あたしの特製だって言ったよね?それを警戒もせず食べちゃうなんて……脇が甘いんじゃない?」


母「はっ、しまった!こいつ、チョコレートに激辛唐辛子とかくさや入れるような女じゃない!いったい何を仕込んだの!」


白「心配しなくても、人体には無害なものしか入ってないよ」


母「いいから教えなさい!」


白「ふふ。そんなにあせっちゃって。学校一のマドンナの美貌がぐちゃぐちゃだよ?……そんなに知りたいなら教えてあげる。その中には、惚れ薬が入ってるの」


母「……惚れ薬?」


白「そう。これで、あたしに振り向いてくれるよね?……加賀美さん」


母「……わたくし?」


白「気づかなかったでしょ?」


母「うそ……だって、あなたが好きなのは、俺君のはずじゃ……」


白「そう思い込んでても、おかしくはないよね。あたし、加賀美さんのことが好きだったから、加賀美さんの特別な存在になりたかった。だから、加賀美さんのライバルになるために、好きでもない俺君のこと好きって嘘ついてたの」


母「それなら、普通にわたくしの友人になればよかったじゃない。わたくし、何も知らずにあなたのこといじめて……!」


白「それじゃだめなの!友達どまりは、いやだった。いつもあたしのこと、考えててほしかった。嫌いで嫌いで、憎くて仕方なくて!あたしのことどうやったら排除できるか、今度はどうやって傷つけようか……そればっかり考えていてほしかった!加賀美さんの頭の中を、あたしで全部埋めたかった!」


母「白雪さん……」


白「そろそろ、薬が効いてきたでしょ?これで、あなたはあたしのことしか考えられなくなる。ほら、こっち見て。あたしのこと……好き?」


母「こんなの間違ってる!こんなの……」


白「好きって言ってよ。あたし、こんなにも加賀美さんのことばかり思ってるんだよ?」


母「いやよ、いやなのに……わたくしが好きなのは、俺君なのに……!」


白「ねぇ、好きだよ。あたしのこと……好きでしょ?」


母「す……す、す……!っ、無理!」



母「なによ、この展開!おかしいでしょう!」


白「好きって言ってよ!後ちょっとだったのに!」


母「言おうとしたわよ!けど、あまりに恥ずかしすぎて……あなた、よく言えたわね」


白「うん。おかあさまの顔を脳内で鶏の頭に変換してたから」


母「それといい展開の奇想天外さといい、その発想力には感服するわ……」


白「どうしてもそのままだと悪役を回避できそうになかったから、同性愛に持ち込んでみたの」


母「それにしても、なんなの惚れ薬って!それに、同性愛のイメージおかしいんじゃないの!」


白「愛があふれたがゆえの行為だよ!別に、同性愛者が全員こんな思考回路してるとは言ってないじゃん!」


母「恋する乙女って言葉の響きからは想像もつかない結末になってしまったじゃない!」


白「ふふん。どうする?続き……やる?そうすると、好きって言わざるを得ないけど」


母「……降参よ」


白「やったー!」


母「でも、さっきあなたのもう一回を認めてあげたんだから、今回の勝負は無効よ!」


白「えー……嘘でしょ」


母「無効を認めないなら、わたくしもさっきのもう一回を取り消すわよ!そうしたら、わたくしの勝ちね」


白「ちょっ、それはなくない?」


母「なら、無効ね」


白「……無効だとこの十分がすごく無駄なものに思えるから、引き分けってことにしよう」


母「えぇ、いいわよ。取引成立ね」


白「あー、勝ったと思ったのにな……」


母「次がんばればいいのよ。ま、次こそはわたくしが勝利をいただくけれど」


白「次勝つのはあたしだし!」



5.ダンス



開戦の音響。



母「今度の勝負の内容、それは……ダンスよ」


白「ダンス?ふん、なんであってもあたしのほうが……あっ」


母「そう、どうしたの?」


白「いやぁ……完全無欠のパーフェクト美少女のあたしにも、苦手なものがありまして」


母「ほうほう?」


白「わたくしですねぇ。ダンス……無理なんですよ。元から運動神経がよくないってのもあるけど、細かな振りと言いフォーメーションといい……頭に詰め込むことが多すぎて、一気に出てこなくって」


母「ダンス苦手な人あるあるね。でも、あなた昔、私がマンツーマンで教えたことあるじゃないの」


白「そうだけど〜」


母「あの時は完璧に踊れていたじゃない」


白「今は踊れるかどうか……」


母「なら、今試してみる?今から曲を探して振り付けを考えるのも面倒だし2人とも踊れるのなら都合がいいでしょ?」


白「そうだけど……まず、なんでお母様はそんなに踊れるのさ」


母「わたくしはたしなみとして習っていたの」



白雪、じとっとした目でにらむ。



母「もちろん、不公平だ、なんて言ってもやめないわよ?歌があるなら当然、踊りも美しさのうちに入るのだから。いまさらそんなこと言ったって――」


白「言わないよ、そんなの。美しくないでしょ?」


母「あら。素直じゃない」


白「……ってのは建前で。ほんとはここで勝ちを譲っても、まだ余裕があると思ったからってだけなんだけどね」


母「あなた、実は嘘をつけないタイプよね」


白「……やめてよ、ほめられると居心地が悪いから」


母「ふふ、意外な弱点を見つけたわ。おかわいいこと」


白「……いいから。さっさと踊ろ!」


母「ふふふ……そうね。準備はいい?」


白「もちろん」



位置について。



母「始めるわよ」



「dance dance dance」踊る。



白「結構うまいじゃん」


母「……あなたこそ、ダンスが苦手だと言っていた割にはなかなかやるじゃない」


白「死に物狂いで踊ったからね。あー疲れた」


母「…………」


白「どしたの?」


母「いえ、なんでもないわ。……今回は圧勝するつもりだったのに、まさかこんなに……」


白「んー?何いってんのかよく聞こえなかった」


母「ひとりごとよ。あなた的には手ごたえどうかしら?」


白「んー、あたしにしてはがんばったかなって感じ。最初から望みの薄い勝負だったとはいえ、手を抜くのはしたくなかったから全力は尽くした分、もちろん悔しいけどね」


母「そう。……あなたは、敗北をそう受け止めるのね」


白「?だって、なにもかも全部自分の糧にしなきゃもったいないでしょ?負けたからって現実から逃げたりしても、なにも変わらないじゃん。ほら、本来流されて捨てられるはずのお米のとぎ汁が美容液として使えるのと同じでさ」


母「……そう、ね。そこがあなたの美しさ、なのかも知れないわね」


白「何?気持ち悪いよ?」


母「ほめ言葉よ、素直に受け取って置きなさい」


白「普段まったくほめないくせに急にほめられると、反応に困るの!」


母「ああ、あなたほめられるの苦手といっていたわね」


白「わかってるんならやめてよ、調子狂うなぁ……ほら、次いこ次!」


母「次?……あぁ、いよいよ最終決戦ね」



6.ランウェイの準備、りんご



白「え?次が最後の勝負?」


母「えぇ。次の勝負で勝ったほうが、より美しいものと認められるわ」


白「え?ちょっと待ってよ、これまでの勝敗はカウントされないの?」


母「まぁ、あせらず聞きなさい。最後の勝負は、……ランウェイよ」


白「ランウェイ……それって、ファッションショーとかでよくやってるやつだよね」


母「えぇ。なんだかんだ言ってきたけど、やっぱり最終的に美しさを決めるには見た目という要素は避けては通れない道だもの」


白「ここにきて、ようやくわかりやすく美しさが分かれるものがきたね」


母「むしろ、ここまでの勝負はランウェイを盛り上げるための前座のようなものね。本当の勝負は、ここからよ」


白「えー、そうだったの。無駄骨じゃん」


母「そんなこと言わないの。ほら、ルール説明」


白「ルールなんてあるの!?」


母「一応ね。ほら、そっちの方が盛り上がるでしょう?」


白「へー、なになに?……

1、この勝負に勝ったものをこの世で一番美しいものとする。……1しかないじゃん!しかも大したルールじゃない!」


母「いいじゃない、思いつかなかったのよ!」


白「ってかさ、前から思ってたんだけどその『この世で一番美しい』っていったい何の基準があって言ってるの?そんなのわからなくない?」


母「基準なら、ちゃんとあるわよ?」


白「え、ほんと?人によって美しさの認識ってかなり違ってくると思うんだけど、そこも考慮に入れた上の基準?」


母「えぇ。鏡よ鏡、あなたは真実をうつす鏡ね?」


鏡「はい」


母「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは?」


鏡「白雪です」


母「……明確な基準があったのだけれど、今は少し故障しているみたね」


白「あのさ、仮にこの鏡が基準だとするなら、もう勝負の意味なくない?もうすでに一番美しいのはあたしだって言っちゃってんじゃん」


母「わからないわよ?この鏡が何を基準にして美しさを判定しているのかは不明なのだから。外見だけなのかもしれないし、人間の感覚を超越した部分で判断しているのかもしれない。そういう意味ではそこを判断するって意味でもこの勝負は有意義なものなのよ」


白「なんか矛盾してない……?」


母「いいのよ。もうここまできたら、あとには引けないわ。それに、なんだかんだ、楽しいでしょう?」


白「……そうだね。よーし、じゃあ準備しなきゃ!」


母「えぇ、張り切って挑むわよ!」



白雪、はける。



母「思った以上にあの子は強い。このままではわたくしは負けてしまう……もう手段を選んでは居られないわ。何とかしてあの子のパフォーマンスを阻止しないと」


母「さーて、どこにあったかしら……あぁ、あったあった。ジェル状の睡眠薬!どんなに重度の不眠症患者でもあっという間に眠りにつく強力さ!効果は24時間――それだけあれば、わたくしの不戦勝ということに出来るはず。でも、さすがにこれをそのまま飲ませるなんてこと出来そうにないから……これに満遍なく塗って……ふふ、つやつやしてとってもきれい。誰が見てもこれが睡眠薬入りだなんて思わないでしょうね。

……これで、ようやくわたくしの夢がかなうわ。ようやく、ようやくよ……!美しくあるためなら、いかなる犠牲もいとわないわ。白雪、あなたを排除して、わたくしがこの世界の頂点になるのよ……!(高笑い)」



7.ランウェイ



母「とうとうね」


白「うん、メイク直しもバッチリだよ」


母「そういえば、お腹すいていない?リンゴを持ってるんだけれど」


白「え、なんで?」


母「……腹が減っては戦ができぬって言うでしょう?」


白「ふぅん……たしかに!じゃあ食べるよ。……なんか、独特な風味だね(飲み込まない!)」


母「ひ、品種改良されたリンゴなの」


白「ふーん」


母「さぁ、お腹も満たされた事だし、始めましょうか!」



歩く。

白雪、意識を失って倒れる(フリ)。



8.焦る



女王、静かに見下ろす。



母「白雪?寝たの?……思ったより薬が効くのが早かったわね。さて、こんな所にずっと倒れさせているわけにもいかないわね。メイド……に運ばせると、わたくしの不正が明るみに出てしまうかもしれないわ。仕方ない、わたくしが運びましょう」



持ち上げようとする。



母「……待って。本当に寝ているだけ?いくら効くのが早いといっても、さすがに早過ぎないかしら?もしかして……!」



ビンを確認する。



母「果物などの酸性のものと一緒に飲んではいけない……強烈な副作用の恐れあり……あぁ!」



女王、白雪の息を確認する。



母「息をしていない……!まさかわたくし、この子を、……いえ、かえってよかったじゃない。これでわたくしがこの世で一番美しい存在になった。最初からこうしていればよかったの。勝負するなんて回りくどいことせずに、最初から。鏡よ鏡、この世で一番美しいのは、……」


母「ねぇ、白雪。わたくし、美しい、わよね……?これで、よかったのよね?……答えるはず、ないか。馬鹿だわ、わたくし。美しさにとらわれて、本当に大切なものを見失っていた。白雪は、わたくしの大切な娘は、この世にたった一人しかいないのに。比べることなんてできない、唯一無二の存在。それを、わたくしは……!」



女王、泣き崩れる。



母「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは、白雪よ!最初からわかっていたの、わたくしよりあの子のほうがずっとずっと美しいってことを!わかって、いたの……わかっていたのよ……けれど、どうしても認めたくなかった。この鏡は、真実を映す鏡。いくら小手先の勝負を仕掛けたところで、あの子の美しさは変わらないというのに。うっ、ううっ……!」


母「白雪、白雪……!あぁ、どうすればいいの、わたくし……なんてことを……!っ、そうだわ、たしか眠り姫はキスをすると目を覚ますと聞いたことがある…………白雪。もう、これしかないわ……!」



女王、白雪にキスしようとする。

白雪、キス一歩手前でせりふを発する。



白「いくら蘇生のためとは言っても、さすがに実の母親とキスはきついよー」


母「なっ、あなた……生きてたの!?」


白「うん、普通に」


母「もう、っ……びっくりさせるんじゃないわよ!本当に死んだかと思ったじゃない……!」


白「死なないよ。だって、お母様のくれたりんご……なんか塗ってあるのに気付いたから、飲み込んでないもん」


母「……は?じゃあ、何で倒れたりなんか……それに、息もしてなかったし」


白「いやぁ、だってほら、お母様が余りに切羽詰った顔してたから、からかいたくなっっちゃって。全力で息止めてたの」


母「あなたねぇ……!」


白「えへへ、ごめんごめん。でも、おかげでいいもの見れちゃった」


母「面白いもの見れちゃった!じゃないのよ!心配したじゃない!」


白「自分で薬盛っておいて、心配したでしょはないんじゃないの?殺すつもりだったんでしょ?」


母「殺そうだなんて、わたくしはただ、勝負の間だけ寝てもらって、不戦勝ってことにしようと……!」


白「ま、あたし無事だし、結果オーライってことで。でも、嬉しかったよ。心配してくれて」


母「……本当に?」


白「うん。だって、お母様が心配してくれたおかげで、私勝てたんだから」


母「……は?」


白「お母様、言ったよね?私のほうが美しいって」


母「言ってないわよ、そんなこと」


白「いったよ!」


母「言ってないわよ!」


白「言ったよ!『鏡よ鏡、この世で一番美しいのは、白雪よ!最初からわかっていたの、わたくしよりあの子のほうがずっとずっと美しいってことを!』って」


母「……言ったわ」


白「ほーらね!だから言ったでしょ?あたし、お母様に必ず勝つって」


母「……今回は、勝ちを譲ってあげただけよ」


白「ふふん、そんなこといっちゃってー。負け惜しみは美しくないぞー?」


母「やかましいわよ」



ふたり、はけていく。

女王だけ立ち止まって、辛そうに。



母「わたくしは、……」



女王、はける。



9.エンディング



城の一室。



母「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」



鏡、何も答えない。

白雪姫、鏡の後ろに立っている。



母「……魔法の鏡。いつだって、わたくしに自信を与えてくれた。……でももう、私の問いかけには答えてはくれないのね。鏡よ鏡、この世で一番美しいのは……」


白「シラユキヒメデス!(裏声)」


母「……はぁ、白雪。ばればれよ」


白「あら、ばれちゃった?」


母「元から隠れる気もないでしょうに」


白「まぁね。なんか元気なさそうだったから、笑わせようとしたんだけど……どうしたの?なんかあった?」


母「……何もないわ。それより、白雪。あなたに渡すものがあるの」


白「渡すもの……?」



女王、自分の頭の王冠をとって白雪姫にさしだす。



母「これを、あなたに」


白「え、でも、これって……」


母「この国を統べる女王のかぶる王冠。

わたくしにはもう、これをかぶる資格はないから」


白「なんで、」


母「鏡が。……答えてくれないの」


白「え……?」


母「この鏡は、美しいものの呼び掛けにしか答えない。あなたと美しさを競って、負けを認めたとき……いえ、きっと、あなたに薬を盛ることを決意したその瞬間から、この鏡は答えてくれなくなったのよ。汚い手を使って娘を蹴落とすような女、美しいとは言えないものね。この国では、鏡に選ばれた、真に美しい者が女王にならなければならない。だから、白雪」



女王、王冠を白雪姫の頭に載せる。



母「あなたならきっと大丈夫。うまくこの国を統べていけるわ。だって、この世で一番美しいのは、あなたなのだから」


白「…………」



白雪姫、王冠を取ってちょっと眺めてから投げ捨てる。



母「白雪!?」


白「いらないよ、王位なんて。私ただ純粋に、美しくありたいだけだもん」


母「何言ってるの!あなたでなければ、ほかに誰がこの国を統べるというの!」


白「今までどおり、お母様が女王でいればいいじゃん」


母「だから、それではだめだから……」


白「なんで?普通に考えて、お母様の言ってることおかしくない?一番美しいものの座を奪われたから女王やめますって……そっちの方が女王としてどうかと思うけど」


母「そういう問題ではないのよ!なにより、わたくしはあなたに、卑怯な手を……」


白「そういう問題なの!いいこと、美しさは日々磨いていくもの、日々進化するもの!努力を怠ればすぐにくすんでしまうけれど、磨き続ければその分だけ明日の自分は美しくなれる!……お母様の言葉だよ。たった一回わたしのほうが美しいという結果になったからって、あきらめるの?そんなの、美しくないよ」


母「白雪……」


白「自信もちなよ。お母様は十分、美しいんだから。それに、りんごの件だって、ぜんぜん気にしてないし。一時の気の迷いでしょ?未遂だったんだから、問題ないって」


母「でも、鏡が……」



白、鏡を倒す。(本当は割りたい)



母「何するの!」


白「いらないよ、鏡なんて。美しさの基準は沢山ある。そう思ったからこそ、鏡はあたしの方が美しいと言っているのにお母様はあたしに勝負をしかけてきたんでしょ?結局、どちらが美しいかは鏡に頼らずあたし達で決められた。だったらもう、これは用済みじゃん」


母「でも、鏡がないと政が……」


白「何とかなるよ。だって、お母様は、あたしの自慢の女王様だからさ。お母様ならきっとできるはず」



白雪、王冠を頭に載せてあげる。



白「ほら、きれい。冠を載せたお母様が一番輝いてるよ」

母「本当に?」


白「うん。私は鏡と違って、この世で誰が1番美しいかなんか分からないけど……私にとってお母様は、気高くて美しい、世界一の女王様だよ」


母「……そう、よね。わたくしは美しい……美しくなってみせる!誰よりも!」


白「いいじゃん?ま、あたしのほうが美しいけどね」


母「やかましいわよ」



二人、不敵な笑み。



母「負けないんだから」


白「あたしこそ」



レディー、ファイッ!の音響。



幕。

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