ミルバ・アイリスとシャロン・ホールスとの出会い
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ミルバ・アイリスはこのユリビス島にある大学を卒業した後、一つの部屋を借りることになっていた。あらかじめ不動産にはいくつかの部屋の候補を用意して貰っており、下見をして気に入った部屋をその場で借りることができるようにしていた。そのため、今日はいくつかの部屋を下見する日というわけで、不動産の社員と一緒に、ユリビス島の東側──ソクライ通りにある部屋を中心に見学をして回っていた。
しかし、ミルバ・アイリスが気に入るような部屋は中々ないもので、彼女が首を振るのは7回目であった。昼間から候補である部屋を周り続け、気が付けば太陽は海の向こうにその体を半分沈め、空には一番星が光り輝き始めていた。
何度も部屋を紹介するも、首を振り続けるミルバ・アイリスにしびれを切らした不動産の社員は、批判をするような調子の声でミルバ・アイリスに言った。
「ミルバ・アイリスさん、いいですか? これであなたの希望する条件に合致する部屋は残り一つです。残り一つしかないのですよ」
「すみません、あちこち連れ回してしまって……」
とミルバ・アイリスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。それに不動産の社員は鼻を鳴らした。
「別にいいですよ。これが私の仕事なのですから。いいですか、繰り返し言いますが今から案内する部屋が最後になります。ですが、この部屋を借りようとする人物はまずいませんから……無駄になるでしょうがね」
「それはなぜですか? 立地が悪いのですか? それとも古い建物なのですか?」
「いいえ、違いますよ。立地は良いほうです。ソクライ通りの第三広場に近く、近くには店もそれなりの数があります。築わずか3年のピカピカの家ですよ」
「とってもいい条件じゃないですか! そんな部屋なのに、何で誰も借りようとする人がいないのですか?」
不動産の社員は額にしわを寄せた。それから、まるで口にしたくないことを話すときのように、うんざりとした口調で話し始めた。
「その大家がとても変わりものなのですよ。その家は3階建てでしてね。一番上には、この家を建てた大家が生活しています。一番下はカフェとなっていますが、今はもうやっていません。店主がいないのですよ。従ってミルバ・アイリスさん、あなたが借りる部屋は二階にある部屋となります。
ですが、この二階の部屋というのが曰く付きでしてね……それに、三階に居る大家もかなりの変わり者なのです。加えて、一階にあるカフェは長い間手入れがされていないため、埃っぽく暗い雰囲気を放っているので、借りようとする人がいないのです」
「そうなんですか。色々と気になりますね……案内してもらってよろしいですか? 曰く付きとか、そういう言葉は私大好きなんです。非日常的でゾクゾクしてしまいますから! それに、三階にいる変わり者さんも気になりますね」
「失礼ながら、あなたも変わり者でいらっしゃる! いいでしょう。今から案内させていただきます。少しばかり歩きますよ……」
不動産の社員によって案内された家は、ピカピカの白い壁に、赤い屋根をした石造りの三階建ての建物であった。三階にある窓からは、オレンジ色の明かりが漏れておりそこに人が生活していることを指し示していた。
しかし、三階の明るい窓に対して、一階と二階の窓は暗かった。一階は確かにかつてカフェだったようで、店の名前が書かれたボロボロのひさしに、『Clause』と書かれた札が扉にぶら下がっていた。この札が最後に『Open』という表示になったのは三年間のことであった。つまり、この建物が建てられたと同時に、このカフェは始まり、そしてすぐさま終わってしまったのだ。
階段を上り、二階に移動するとミルバ・アイリスの借りる候補となる部屋の扉があった。しかし、その木でできた軽いはずの扉は、まるで厳重な封印がなされたかのように、重苦しい雰囲気を放っていた。
ミルバ・アイリスはその扉の前まで駆け寄ると、「ここが目標の部屋ですか?」と不動産の社員に問いかけた。不動産の社員は首を縦に振った。
「そうですよ。ミルバ・アイリスさん。ですが、部屋に入るのは後にしましょう。この部屋の鍵は、上に住んでいる大家が持っていますから……
いいですか、ミルバ・アイリスさん。私は仕事上、あまりこのようなことを言うべきではないのですが──この部屋を借りるのは、止めておいたほうがいいです。この部屋は曰くつきなんですよ。この家が建てられてから数日後には、1階はカフェとなり、2階はとある淑女の部屋となり、3階は大家が住み着きました。
全ての階に住民が揃ってから数日後、2階の部屋を借りた淑女は行方不明となり、部屋の中はまるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように、グチャグチャに荒らされていました。部屋を荒らした犯人は、カフェの店主であることが判明し、店主は窃盗罪として今も檻の中にいますが、淑女の行方については何一つ知らないし、何一つ関わっていないと発言しているのです。もちろん、三階に居る大家も同じです。
なぜ行方不明となったのか? 未だにその理由は判明していませんし、行方も分かっていないのです。この不気味な事件の評判──そして、三階に住む大家の得体の知れなさも手伝い、部屋を借りようとする人はいないのです」
「それはなんとも不気味な出来事ですね」
とミルバ・アイリスは息を飲み込んだ。
「この部屋の曰くは分かりました。それで、大家の得体の知れなさとはどういうことなのですか? 私、気になります」
「いいでしょう。この上に住む住人について話すとしましょう。彼女の名はシャロン・ホールスという名です。私が顔を合わせたのはほんの数回しかありませんが、彼女は得たいの知れない、不思議な人物といいますか、とても変わり者なのですよ。
彼女がどのような仕事をしているのかは知りませんが、彼女を訪ね、部屋に出入りする人が時折います。その人たちはいつも違った種類の人間でして、老若男女あらゆる年齢、性別の人間が訪れ、貴族や平民、それにジプシーとあらゆる身分の人間が訪れます。そして、彼女はその人々からお金を貰って生活しているようです。
それに、なにやら得たいの知れない科学実験をしているという話も聞きますし、ある時なんかは窓際に置いた椅子に座り、日がな一日中道行く人々を見下ろしたりするような奇行も度々見られます。私が心配しているのは、この婦人が行方不明となった得たいの知れない部屋のこともありますが、シャロン・ホールスのような変わり者と一つ屋根の下で暮らし、何かしらの問題が起きないのかということです」
「なるほど。それは確かに得体の知れない人物ですね」
とミルバ・アイリスは頷いた。その顔は深刻な様子ではあったが、実のところその内心は、とてもワクワクしていたのだ。
「面白いです。鍵はその得体の知れない大家さんが持っていたんですよね? 部屋の中は見ていませんが──ご挨拶に行きましょう。さ、店員さん。是非ともそのシャロン・ホールスさんを紹介してください」
「本当にあなたも変わり者ですねえ! 今までこの話を聞いた人達は、首を横に振って別の部屋を選んだというのに。いいでしょう。ご案内いたします」
と不動産の社員はミルバ・アイリスを連れて3階に上がると、扉をノックした。すると、扉が内側から開き、シャロン・ホールスがその姿を現した。
燃えさかるかのような緋色の髪を揺らし、肩には青色のストールを掛け、グレーのスーツを着た女性だった。その青色の目はキリと釣り上がってはいるものの、どこか眠たげなものだった。
「シャロン・ホールスさん、こんばんは! 遅くに失礼します。実は──」
「ああ、別に構いませんよ。要件は言わなくても分かっていますからね」
とシャロン・ホールスは、不動産の社員の言葉を遮り、彼に鍵を手渡した。
その顔はやはりどこか眠たげというか、笑顔一つ浮かべない、ぶすっとした不愛想な様子だった。
「そこにいる彼女に部屋を紹介するのでしょう。いいですよ、鍵をどうぞ。初めまして、私はシャロン・ホールスというものです。ここの大家をやっています。私も、この家に一人っきりは参っていましたので、是非とも気に入ってくれるといいのですが」
ミルバ・アイリスは、どこか不思議な印象を抱かせるシャロン・ホールスに見とれていたが、ハッとして慌てて頭を下げた。
「あ、こ、これはどうも。私はミルバ・アイリスといいます。そうですね、私もこの2階にある部屋は面白そうですし──肝心なのは内装ですね。一人で過ごしやすく、清潔感があって、昼間は太陽の光が沢山差し込む、オシャレな部屋だといいのですけれど」
「そうですか。それならば問題はないでしょう。きっと気に入ると思います。私はこれから出かけますので、ごゆっくりどうぞ。朝方まで戻りませんので、もし部屋が気に入ったのなら鍵はあなたが持っていてください。家具一式は揃っているので、そのまま泊まることも可能ですよ。気に入らなかったのなら、そこの不動産屋に返しておいてください。それでは、お休みなさい」
シャロン・ホールスは自分の部屋に鍵をかけると、そのまま階段を降りて夜の街中へと繰り出していった。それを黙って見ていた二人だったが、先に言葉を発したのは不動産の社員であった。彼は肩をすくめ、困惑した表情を浮かべた。
「どうですか? ミルバ・アイリスさん。あれがシャロン・ホールスさんという人物です。実に不思議な人でしょう。私は彼女に部屋を紹介するとか、鍵を借りるとか、そういった話は一切していないのに、あらかじめ全てを見通していたかのように、鍵を私に渡して見せたのですよ! やれやれ、一体どういうことなんでしょうね?」
「さて。私も分かりませんね。あのシャロン・ホールスさんは、全知全能なのでしょうかね? 全てを知っているのでしょうか? なんだか、面白くなってきました。ふふ──店員さん。2階の部屋を見に行きましょう。あんな不思議な人が私の頭上で生活しているって考えると、なんだかワクワクしてきました」
「ああ、もう。分かりました。いいですよ。ミルバ・アイリスさん。もう何も言いません。この厄介な部屋を始末できるのなら、私としても有り難いことですからね。では行きましょう……」
不動産の社員によって2階の部屋の扉は開かれ、ミルバ・アイリスはその中へと入った。電気のスイッチを押すと、暗い部屋はオレンジ色の明かりによって照らされた。
中は清潔そのもので、埃ひとつ落ちていなかった。これは、シャロン・ホールスが定期的にこの部屋を手入れしているからであった。
ミルバ・アイリスはその部屋の中を見て回ると、満面に笑みを浮かべた。
「いいですね! この部屋、とっても気に入りました! 壁紙も可愛い模様ですし、暖炉の柵のデザインやカーペットの色、ベッドのシーツに机と椅子の彫刻……どれをとっても完璧なものです! 窓の位置も理想的です! 店員さん。決めました、私はこの部屋を借ります! さ、書類にサインをしますよ。書類をくださいな」
ミルバ・アイリスはこの部屋を借りるための一通りの手続きを、この場で済ませた。不動産の社員は、書類一式をカバンの中に詰め込み終わると、ミルバ・アイリスに質問をした。
「これでこの部屋は、この瞬間からあなたのものですよ! ちなみに家具は前に住んでいた淑女が使っていたものをそのまま置いてあります。どうしますか? 夜も遅いですし、この部屋に泊まりますか? それとも、別の場所に泊まりますか?」
「この部屋に泊まりますよ。必要最低限の荷物はこのバッグ一つに詰めてありますし、大きな荷物は後で運び入れますから」
「そうですか! 分かりました。では、お休みなさい! ああ、この部屋が嫌になったらいつでも言ってください。では」
と不動産の社員は立ち去った。残されたミルバ・アイリスは、もう夜も遅いのは確かだったし、ベッドに横になることにした。眠りにつく前に、これからの新生活や、シャロン・ホールスという人物についてずっと考えては、ワクワクした気持ちを浮かべていた。
「ああ、これからがとっても楽しみ!」