オープニング・第1話
0話 オープニング
さて小説を書こう。
『逆さ虹の森の怪奇現象(勘違いとも言う)』
タイトルはこんなんでいいかな。
そしたら次は序章の文章…はじめに、だとエッセー風になってしまうか。ならば、こうするかな。
『 ある日、テレビを見ていたら不思議な番組が放映された。
昔々、ある森に立派な虹がかかりました。その虹は逆さまで、珍しい虹がかかったその森いつしか『逆さ虹の森』と呼ばれるようになりました。その森では虹のおかげでいつしか動物たちはとても賢なりました。彼らは協力し合って穏やかで慎ましく暮らしています。
今日は、そんな動物たちの間で流行っているある噂について取材することになったリスのリス太郎が本番組をお送りいたします。尚、提供は『木津根相談事務所』、『琴利ミュージック』がお送りします。
スポンサーも聞いた事がない場所で、司会者名も謎。そしてなにより……』
「なにかいていますの?」
「うわ?!」
そう驚いて振り返ると、シッポの模様がチャーミングなシマリス島津透子さんが覗き込んできていた。可愛らしくはにかむ様子はそれこそ深窓の令嬢もといリスそのものだが、実は結構過激だったりする。
だからそっと僕は、書いていたものを隠した。
「…なにかよくないものでもかいていたのかしら?」
「それはちがう」
慌てて返事をするが、ジト目で疑っているのがわかる。仕方がないな……おやつで採っておいたクルミをあげるか。
ゼッタイだまされないんだから〜、などと言いつつモリモリ頰袋を膨らませる君は、だけどなんだかんだ許してくれる。今年の冬も一緒に冬ごもりしようとアピールすると、機嫌が戻って無邪気にはしゃいでいた。
そうだな……僕は君に拾われてラッキーだったよ、実際。
お調子者だった僕は、ある日賭け事で負けてしまった。そして当時話題になっていた『逆さ虹の森』という曰く付きの場所へ罰金代わりに行く事になった。
曰く、行った人は2度と戻らない。
曰く、虹で巨大化した魔物が出る。
曰く、特殊な薬草が生えている。
そんな迷信めいた話をとずっと思っていたが、2度と戻ってこられない件については実体験から同意しておく。ただ、別に呪われてとか死んでしまうとかそういう事ではない。
ただ、これだけ居心地がいいと戻りたいと思わないだけだ。
確かに虹を越えた瞬間自分が動物化したのにはびっくりしたが、住んでみてこの場所がとても好きになってしまった。住んでいる動物たちは優しいし、場所もとっても興味深い。元々情報屋兼小説家だった僕は直ぐに魅入ってしまった。
尚、実はここから出入りする事もできる。なので、偶に人間に戻って嗜好品の買い出しに行く事もあるし、人間としての仕事もある。僕はそこで再び情報屋と物書きをしている。
「きょうはそとにでるよてい、でしたね。べんとう、よういしますね。」
「たすかるよ。」
手持ちのお金は先日またギャンブルでパーにしてしまったので、実は昼食代がなかったりした。
「もうほんとうに……つぎはだまされないようちゅういするのですよ。」
「だいじょうぶ、つぎこそまけないし!」
わかっていてもやめられない。だめだとは思うが。さてと、森を出ますか。
そうして僕の1日が始まった。
1話 団栗池の怪
今日取材するのはアライグマの新井賢治さん。
普段は暴れアライグマ風を装っている元人間の中二病患者だが、人間になると途端寡黙でクソイケメンなS級冒険者。
「……危ないぞ?」
「へーき、へーき。僕も案外強いので。」
そう言いつつ取材料として依頼を肩代わりする僕、ペンネーム『リス太郎』。次々ウサちゃんの牙だけを徹底的に抜いていく。
「しかし一体どんな願いをしたのかこいつら……全く世話がやける。」
「同感。」
目を充血させて襲ってくるうさぎは牙を抜かれた瞬間元に戻って森へ帰っていく。多分帰宅後母親にお説教喰らうだろう。
彼らが暴走状態になっていた理由はただ一つ。
「『団栗池』だな……」
そう。今日僕が取材する予定の場所。怪奇現象の一つとして森の動物達の中で騒がれている話題のスポット。
ドングリを投げ込んでお願い事をすると叶うと噂になっている通称『どんぐり池』である。
この場所は元々レジャースポットでもあった。よく澄んだキレイな池は、それこそ投げ込まれた団栗まで見える程。虫がひどく湧いているわけでもないが、魚はちゃんといて生命の営みが見える。
「けど、団栗が最近多すぎて池がいっぱいになってきちゃったみたいだね。」
今までなら団栗を入れるだけで叶えてくれたお願いが、今度は別の対価を必要とするようになってしまっていた。
「それで、原因に心当たりあるって話だったけどどうしたの?」
取材班としては是非聞きたい話である。
「……ちょっと長くなるがいいか?」
茶くらいはおごると言いながら洒落たカフェに連れていうところ、手慣れているというか……やっぱりもてるのか、ちくしょう。まあマイハニーがいるからいいけど。
「なら始まりだな。」
とある少年の話をしよう。
その少年はどこにでもいる普通の少年であり、共働きの両親に妹と弟が一人ずついる結構賑やかな家庭で育てられていた。尚、少年は小学校6年生で少し早めの中二病にかかっていた。
ある日少年の一家は田舎の親戚の家へ行った。そこでは親戚と近所の子数名と少年は友達になった。そんなある日、少年はジャンケンに負けた結果肝試しを一人で行うことになった。
場所は近所の裏庭の墓地である。噂では、神隠しがあったとか、なかったとか。
「で、少年は行方不明になったと?」
「……そうだな。」
墓地には電灯がなく、ただ羽虫の羽ばたきやカエルの鳴く音が響く、不気味な場所だった。都会っ子で実は隠れ弱気な少年は、恐る恐る道を進んだ。
そんな裏庭の墓地でいきなり現れた逆さ虹。
不自然にも夜で太陽光がないのみその場所だけ日溜まりが出来ていた墓地の一角。そこへ、〇〇〇系ネット小説や深夜アニメとかをスマホで見ながら色々こじらせていた少年。当時は『異世界転移』なんて言葉に憧れていたとか。
思わず飛び込んでいたという。
風景がいきなり変わった頃には自分が異世界移転の主人公だとだと信じて疑わなかったそうだ。
「で、この世界に来ていたと……いや間違っちゃないけど。」
「……」
少年は1年ほど自分の姿が変わったことに気付かず、ネット小説知識を元に森で過激な訓練をした。ある日はリスみたいに樹上を駆け、ある日は池を寒中水泳した。
そしてある日には、見た目森の強豪大木隈太郎相手に喧嘩を売った。そしてそれが決定打となった。
「そしてついたあだ名が『暴れアライグマ』」
大木隈太郎は怯えて泣き出した。それはもう、かわいそうになるくらい。そら精神年齢3歳の男の子なので、いきなり森の理性なき凶暴な動物っぽいものに襲われたら泣くに決まっている。
本当に怖かったのだろう。しばらく一人で森のトイレにも行けなくなるくらいには。
当然ながら、森の連中は少年を白い目で見た。
中々中二病が解けず、結局現実と向き合うまで3年かかった少年。いつの間にか森の連中から煙たがられていた。後の祭りとはまさにこのこと。後悔後を絶たず、ただ黒歴史が尾を引くのみ。
仲の良い家族もいない、友達もいない、おまけに帰れない。
少年は孤独になり、とてもとても悲しくなった。
「そして少年は寒中水泳した池へアイ・キャン・フライした。」
「それって……」
そしたら湖の中で『ドングリと対価を元に願いを叶えるよ』と声が聞こえた。
少年はドングリを湖へ投げ入れ、願う様になった……友達がせめてできますようにと。地球に帰れなくてもせめて居場所をつくりたいと。
結果的に湖は兼ねてくれた……ただ、やりすぎてしまった。
「湖に毎回ドングリ100粒が入れていたからな……」
「やりすぎワロス」
ギロリと睨まれたが無視しておく。
少年の願いを叶えた湖は少年の願いの為、森へある噂を流した。
『ドングリと対価に願いを叶えよう。』
その噂は信じたい者にしか受け取れない噂にした。だから知っている人と知らない人がいる。
「そして、ドングリ投げ入れて願いを聞くたびに、少年の同類を増産する様になった……」
「なるほど、なるほど。そうやって中二病が量産されたわけですねわかります。」
さっきのうさぎも含め、森で凶暴化したのは全て『中二病』の結果。つまり、内なる妄想とか理想の自分とかそういうものを投影してしまっているというわけだ。
そして、湖は嘘を言っていない。
「ドングリで願いを叶える=妄想する理想の自分にするっていうことか。」
タチが悪いなんてものではない。
「そして黒歴史増産組が大量に生まれること、それを止める役を少年が受けることで少年も居場所が生まれたということだ。」
ジト目で元少年を見上げると、そっと目をそらしていた。
一言だけ……ドングリ池よ、甲斐性ありすぎ。
そういうわけで、最初の話題は『ドングリ池の甲斐』。怪奇現象ではなくただの甲斐性だった、心やさしき美しい池の話。