四話
ずんずん進むと、広場に出た。広場には、なぜかカラオケ機器があった。
「まったくぅ~。しょーがないなぁ」
僕はそんな独り言を呟きながら、喉を鳴らした。コンデションは良好だ。
僕はカラオケ機器に数字を入力した。数秒後に、音楽が流れた。
「♪♪♪~」
僕はTOM☆CATの『ふられ気分でRock'n' Roll』を熱唱した。
「ドゴドゴドゴドゴ~」
僕が歌い終わると、ドラムロールがどこどこ鳴って、採点が始まった。
「あなたの歌唱力は……十点です」
な、な、なんだってー! 僕は落胆した。なんだか体の力が抜けてしまって、その場にへたり込んだ。
「ドゴドゴドゴドゴ~」
まだドラムロールが鳴り止まない……と思ったら、それはドラムロールじゃなかった――巨人の大きな足音だった。
「おーまーえーはーだーれーだー?」
巨人は僕にたずねた。巨人は、頭がはげていて、目が一つしかなかった。耳からは白い耳毛がフサフサ生えていて、唇はたらこくちびるだった。上半身は裸で、下半身にはトラのパンツを穿いていた。身長はおそらく三メートルくらいだろうか? 僕は思わず見上げてしまう。首が痛くなる。
「僕は光です。混沌より――まあいいや。光です。あなたは?」
「わーしーのーなーまーえーはー怪物ーだー」
「なるほど。あなたにぴったりの名前ですね」
僕は褒めたつもりだったのだが、急に怪物さんは怒り出した。
「なーんーだーと! わーしーをー怒らーしーたーなー!」
「ごめんなさい」
僕は謝った。ペコリと謝った。
「ゆーるーさーん」
しかし、怪物さんは許してくれない。謝って許されるわけもない。それが社会という奴だ。僕は齢三才にして、社会の辛辣を学んだ。
「しかたない。やってやるぜ!」
僕は怪物さんと戦う覚悟を決めた。なーに、心配はいらない。僕はちゃんと、一寸法師を読んでいる。一寸法師みたいに、立ち回れば、でかい怪物も倒せるさ! 僕に不可能はない。
「えいやー!」
僕は怪物さんに突進した。
「もげ!」
しかし、大きな手で払われて、やられてしまった。痛い。
「むーだーだー。おーまーえーじゃーわーしーにー勝てん。おーまーえーのー歌唱力ーはー十点ーだーろー。わーしーのー歌唱力ーはー八十ーじゃー。差はー歴然ーぐわははーぐわははー」
どうやらこの世界では、歌唱力が強さのパラメーターらしい。僕は項垂れた。
どうにかして、逃げないといけない。僕は戦うのをやめて逃げることにした。
「ばいならー」
僕は全速力で逃げた。
しかし――直ぐに追いつかれ、正面に回り込まれた。
「むーだーだー。歌唱力ーがー上のー人間からはーにーげーらーれーなーいー」
衝撃の事実。魔王からは逃げられないのだ!
僕は泣きべそをかいた。急にママンが恋しくなった。別にパパのことは恋しくならなかった。
「しかたないですね。では、とっておきの呪文を使わせてもらいます」
僕は仕方なく、三回しか使えないあの呪文を、早速使うことにした。
「喝!」
次の瞬間、怪物さんは膝から崩れ落ち、地面に這いつくばった。
「いーだーいー! いだーい! だずげでーおぐれー!」
怪物さんは、どんなに頑張っても立ち上がれない。目に見えない重力波に押さえつけられているようだ。
「もう悪さはしないか?」
僕はエラそうにふんぞり返りながら詰問した。
「わーしーはーなにーもー悪いーこーとなーどーしーてーおらんー」
あれ? 確かに云われてみればそうか。もともと怒らせたのは僕の方だったし、怪物さんは攻撃してくる相手を払いのけただけだ。
「ごめんね、なにか、ボタンの掛け違いというか、伝書鳩の行き違いというか、そういう類いの現象がおきていたみたい。いま、解放しますからねー」
僕は『喝!』の魔法を解いた。
『喝!』が使えるのは――残り二回。僕は少しだけ、心細くなった。