表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

三話


 辺り一面――桜だった。

 満開の桜が、咲き誇っていた。心地よい春風がやわらかく吹いていて、気温もポカポカ日和で、秒速五センチメートルで落ちるピンクのそれは、まるで春に降る雪のようで、地面も全て桜のピンクで覆われていて、汚い土なんか一つも見えなくて、空さえも、舞い散る桜で覆われていて、僕はもう、桜の一部なのかもしれないと、錯覚してしまうよ。

 その、瞬間的な、あまりの美しさに、僕は心を――奪われた。

「ダメっ!」

 僕は押し倒された。桜の上に尻餅をつくと、桜はまるで四散するゴキブリのように消えてしまって、汚い土が顔を出す。

「ああ、ごめんなさい。もっとはやく気付いていれば――もう、手遅れですね、ああ、ああ」

 僕を押し倒したのは、まるでタケノコのような肌色の角が頭のてっぺんから生えている、女の子だった。女の子は、頭にタケノコが生えているところ以外は、至って普通の人間だった。

 タケノコ少女は放心したように、ああ、ああ、と感嘆を漏らしている。

「大丈夫ですか? お嬢さん」

 僕は紳士的に、タケノコ少女の手を取った。

「大丈夫なもんですか。いえ、私は大丈夫です。大丈夫じゃないのは、あなたの方です。あなたは、あなたは――心を奪われてしまった」

 タケノコ少女は今度はわんわん泣き出した。すると、なんと! タケノコ少女の頭のタケノコが「ゴゴゴ」と奇っ怪な音を立てながら、右回転にぐるぐる回り始めた。

 僕はとりあえずそれは無視して、自己紹介をした。

「あの、僕は光と云います。混沌より生まれし――光です」

「そう、あなたは光と云うのね。私は、俗物ぞくぶつと云います」

「俗物さん……ですか。もしかして、堅物さんのお知り合いですかい?」

「いえ、知りませんが」

「そうですか、失敬。今のは忘れてくださいな。で、さきほど俗物さんは云いましたね。ええ、確かに云いました。僕の心が奪われたと。それはどういう意味ざんしょ?」

「ああ! そうでしたそうでした。大変です。あなたは心を奪われてしまいました。大変です。大変なことが起きます!」

 俗物さんは慌てふためくばかりで、『肝心なこと』は何も云ってくれない。僕は少し、イライラした。

「で、で、で! 僕はどうしたらいいんですか! ぐ・た・い・て・き・なあ! 対処法を教えてください。完結にね」

「どうにもなりません。どうなってしまうのか、私にはわからないのですから」

「なんじゃそりゃ」

「先へ進むのも、後戻りするのもあなたです。どうにかするのも、どうにもしないのもあなたです。でも、このままあなたを行かせて、なにかあったら目覚めが悪い。きっと、孫世代まで悪夢にうなされることでしょう。ああ、恐ろしや。ですから、あなたに最強のとっておきの魔法を授けます」

 そう云うと、俗物さんの頭のタケノコが天に伸びた。ぐんぐん伸びた。雲を突き抜け、宇宙の星を撃ち抜いた。こりゃまあ、とんでもねえたけのっこだ! 僕はめんたま飛び出るくらい驚いた。

 星を撃ち抜いたタケノコは、一つの”ひかり”を生み出した。きっと、希望と書いてひかりと読む、あのひかりだろう。

「さあ、このひかりを飲み込むのです」

「味は?」

「ゲロまずです」

「じゃあ、やめときます」

「ええい! つべこべ云わずに飲み込みなさい!」

 俗物さんはそう云うと、力任せに僕の喉へとひかりを押し込んだ。ひかりが僕ののどちんこを暖簾のようにくぐり、僕の体内に侵入した。

「う、ぐええげぇ」

 噂通りのゲロまずだった。

「さあ、これでいい。これであなたは最強の呪文『かつ!』を使えるようになりますた。ただし、この呪文は三回しか使えません。無駄打ちはしないように」

 そう云うと、俗物さんはスキップしながら去って行った。

 気が付けば、桜は散り、辺りには小汚い木々が身を寄せ合っているだけだった。

 桜はやはり、一瞬の美しさなのだなぁ。

 そんなことを考えながら、僕はとりあえず、北に向かって進むことにした。それは、俗物さんが去って行った方向と真逆の方角だ。

 なんだか、俗物さんと同じ方向には行きたくなかった。これは、つまりは、根拠のないカンと云うやつだ。

 さあ、異世界の旅はこれからこれから。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ