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二話

 僕まだ三才なので、なんでもできる。可能性に満ちあふれている。ありすぎて困る、と小言を呟きたくなるほどだ、やれやれ。

 僕はとにかく本を読んだ。読みあさった。本の虫になった。カフカとかいう人の小説で、虫だかハエだかになっちゃう話しがあるらしいのだけれど、まだ読んでいないから詳しくは知らない。読みたい本リストの中にはしっかりと入っているのだけんれんども、僕は英語ができないから、まだ読まない。日本語訳の小説を読んでしまうと、んー、なんかちげーんだよなぁって、そこはかとなく思う。だからまだ、今は読まない。そもそも原書は英語なのだろうか? ドイツ語とかフランス語の可能性もあるけど、まあ、そんなことはどーでーもーいいやい。

 僕は三才にして、三大奇書と呼ばれるドグラ・マグラを読んだ。ドグラ・マグラを読んで、僕はこれだばぁ!と思って、よだれを飛ばした。母は「よちよち」と云いながら僕の口元をティッシュで拭いた。

 僕はずっと、疑問に思っていた。僕はなぜ、こんなにも優秀なのだろうか? よわい三才にして、この思考力。自分の才能ギフトにほれぼれしながらも、疑問が心で淀む。他の三才児は、頭パーピーなのに、僕だけがなぜ、こうもかしこなのだ? 三才児は頭パーピーであるのが普通だし、頭パーピーであるべきだ。

 ――異端なのは僕の方で、正常なのが彼ら彼女らのほうだ。それは、間違いない。

 ならばなぜ、僕はこうも知的で雄弁なのだろうか? その答えらしきものが、ドグラ・マグラから読み取れた。

 細胞記憶だ。

 脳は、実は記憶を司る機関ではではないのだ。細胞一つ一つが記憶を保有していて、その細胞同士の記憶を、脳が処理しているにすぎないのだ。真の記憶は、細胞そのものに宿る。そして、細胞記憶は遺伝子のように、受け継がれるものなのだ。

 きっと、何かの拍子に、僕の細胞記憶がスパークしてしまったに違いない。

 その”何かの拍子”とやらは、きっとまだ、今の科学では解明できないだろうから、ブラックボックスということに、しておいていくれ。そこの説明を求められてもわからん! だから、この小説はなんでもありのファンタジークソ小説ぶっ込み文章群なのだぁと、賢明な読者には理解してもらいたいたい。

「さて、そろそろ旅に出ますか」

 僕は意識高い系の人たちみたいに、それっぽいセリフを口にしながら背伸びと欠伸を器用に、同時にこなして見せた。母は「まあすごい」と云いながら皿を洗っていた。主婦の鏡だぜママン。

 僕はそこら辺の有益な道具をリュックに詰め詰めして、背中に担いだ。黄色い帽子をかぶり、襟付きのスカイブルー色の服を着て、短パンを穿き、白いながーいソックスを穿き、動きやすいくっつを履いて、外に出た。

「行ってきまーす」

 小声で言った。

 大声で言ったら、直ぐにパパンかママンに連れ戻されてしまう。三才児が一人で外出なんて、まだまだはやすぎるからね。しょーがない。

 僕はまだ三才なので、なんでもできる。その言葉に偽りは――ない。

 だから僕は、これから異世界に行こうと思う。そう、異世界だ。なろう作家大好きの、クソ異世界だ。なろうで小説を書いている以上、僕もその異世界とやらに立ち向かわなければならない。だから、行くよ。

 僕はたくさんのファンタジー小説を読んだ。そこで、僕はふと、思った。

 ――あ、これ、僕、行けるな。異世界、今なら、行けるな、これ。

 子供はよく、幽霊が見えるという。子供にはまだ、不思議な力がある。その不思議な力は、成長と共にそぎ落とされていくものだ。だから、三才の僕なら、まだ大丈夫。ちゃんと不思議な力はこの手にある、はずである。

 神隠し――天狗攫い――とも云う。それと、等価交換の大原則。これだな。僕は、森へと向かう。ずんずんあるく。草を踏み、落ち葉をならす。

「なんだか、ここが怪しい」

 僕は嗅覚を最大限まで研ぎ澄ました。ここが、なんかくさい。

 ――大きな穴の開いた朽ち木がある。まるで、土手っ腹に穴を開けられたみたいに、ぽっかりと穴が開いている。

 ここがきっと”入り口”で相違ない。

「もしもーし。聞こえますかぁ?」

 僕は声をかけた。誰か、答えよ。

「……」

 沈黙。

「もしもーし。聞こえますかぁ?」

 僕はめげない。トライアンドエラーだ。

「……」

 ちんちんもくもく。だーれも返事しない。なんだか悲しい。ぐすん。

「もしもーし、聞こえますかぁ?」

 愚直に繰り返す。これもまた、大事なことさ。直ぐに違う方法を試すのは、早計なのだよ。

『え、あ、俺? もしかしーて、俺に話しかけてまんす?』

 きたーーーーーーーーーーーーーーー!

 応答、きたーーーーーーーーーーーーーー!

 僕はガッツポーズした。いえいいえい。

「あの、僕、ひかり云います。混沌より生まれし光です」

『俺は、堅物かたぶつと云いまんす。よろしくね、光君』

「堅物さん、ものは相談なのですが」

『はいはい、どうしました』

「お互いの世界、交換しません?」

『はいな?』

「この世界は等価交換の大原則でできているので、僕が異世界に行くには、異世界にいる誰かをこっちの世界に移動させなきゃならんのです。そうしないと、世界のバランスが崩れてしまう。違いますか?」

『はいなはいな。そのようですね。俺にはまったくわからんですが、かしこな君が云うのなら、そうなのでしょうそうなのでしょう』

 堅物さんは、頷いている――ように思った。姿は見えない。声が聞こえるだけだ。

「じゃあ、交渉成立ということで」

『はて、俺たちは今、交渉をしていたのかい? わからなかったなぁー。や・ら・れ・た・ね』

 堅物さんは今、てへぺろをしている――ように思った。姿は見えない。声が聞こえるだけだ。

「どっちなんですか? イエス? ノー? どっち!」

 僕は強めに責めた。

『はいなはいな。いいですよー。俺は名前の通り堅物で、つまらん人生だなーって、思っていて、そしたら君の声が聞こえて、これは堅物から脱するチャンスじゃないか? なんて、ずっと考えながら君の話を半分くらいの意識で聞いていたので、つまりは、イエスですイエス。無神論者のイエスでござい』

「じゃあ、いちにのさんで、同時に、この朽ち木の穴に飛び込みましょう。それで、異世界交流は成立するはずです」

『はず……ですか? なんだ心許ない言葉ですねー』

「何事もやってみなけりゃわからない。違いますか? すべてがわかってしまったら、つまらないでしょ? 違いますか?」

『違いません違いません。も一つおまけに違いません。じゃあ、行きますよ。いちにの――』

「ちょ、ちょっとまって! タイミングは僕の方でぇ――」


さん


 かくして、僕は異世界へと行き、堅物さんは異世界へと行った。

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