一話
これは純度百パーセントの思いつき小説でござんす。見る人は後悔する準備をしてから、みてくんなまし。
「おんぎゃーおんぎゃー」
この日、一人の男の子が誕生した。それは、花粉飛び散る、三月十九日のことだった。
「おんやまぁ、かわいらしい子だね~」
母、桑子は泣いていた。感動していたからではない。花粉症だからだ。
へっくちゅん。くしゃみが出る、しぶきが飛ぶ飛ぶ鼻が出る。
「おんぎゃーおんぎゃー」
赤ん坊は泣く。まだ泣くことしかできないから、なくなく泣く。すべての感情を、すべての意味を、『泣く』という行為に込めるから、とうちゃんかあちゃん察してくれろ。
そんなことを思う知力がすでにその脳みそにあるのかないのか、誰にもわからないが、たぶん、赤ん坊はそんなことを思っていたに違いない。違いない。
「おまえに、とっておきのプレゼントをあげようね」
父、混沌は小さな手を握る。父の父――つまりは赤ん坊のおじいちゃんは、息子にキラキラネームを付けた。カオス。混沌と書いて――カオス。
「おまえが一生付き合うことになる、大切な大切な名前だよ。よろきょんできゅれるかにゃぁ?」
父、混沌はこの名前で大変苦労した。
小学校のときは名前を馬鹿にされ、中学のときは中二病だと云われた。就職のときには、名前をさんざいぢられた挙げ句、落とされまくった。お祈りメールが混沌に届きまくった。ちくしょうめ!
混沌は父を恨んだ。母を恨んだ。もっと普通の、名前を付けてくれよ! だからカオスは、息子に名前を付けた。
「おまえの名前は――」
「きみのなは――」
僕が物心ついたのは、三歳の時である。それは、今から三日前のことだ。
あれ? 僕、僕だ。僕は僕だ、ぼく僕だ。
物心ついた僕は、目の前にいる可憐なレイデー(三才)に名前を聞かれていた。だから、僕はスマートに答えた。
「僕の名は、光。混沌より生まれし――一筋の光さ」
「ひかりくん! ひかりくんなのねんねん?」
可憐なレイデーは興奮して、ぴょんぴょん跳ねる。まったく、かわいいぜぇ。女の子はずるいなぁ。何したってきゃわいいんだから、ぽんぽん。
「あたちもひかりっていうのよ! これってんうんめいだわ」
「へぇー、奇遇だね。ちなみにどんな漢字を書くんだい?」
「きゃんじぃ? むずかちくて、あたちよくわかんないにゃい」
ひかりちゃんは、なぜか下唇を突き出して、いかりやちょうすけよろしくだっふんだ顔をした。流行っているのかい、それ?
「君じゃらちがあかんばってん、君の母君に聞いてみることにするんよ」
「ひかりくんは、なんだか、かしこなんだね~。すっごいすっごい!」
何がすごいのか皆目見当も付かないが、かわいいレデーに褒められて、イヤではイヤではない。
「ひかりママ。ひかりちゃんはどんな漢字を書くのですか?」
少し離れたところで、ひかりママがスマホなる四角い物をいじっていた。僕は訊ねた。それはもう、紳士的に。
「あら、光君はもう漢字を知っているのね。す・ご・い・わ・ねえ~」
ひかりママは僕の頭をなでる。太陽みたいに暖かい手だ。なんだか眠くなる。
「ひかりの漢字はね、こう書くのよ」
ひかりママはそう言うと、スマホを見せてくれた。ブルーライトがまだ未発達の僕の目をチクチクいぢめる。ひかりママは僕に密着する。いいかほりがするし、やんわらかい乳房が顔に当たる。イヤじゃないイヤじゃない。僕はまだ、勃起はしない。だってまだ、三才だもの三才だもの。僕のおちんちんにまだその機能は付いていないし、精神的にもまだ、快楽を理解していない。知っているのは概念だけさ、えっへん。
「どれどれ」
僕はスマホの画面を見た。そこには――『希望』という字が書いてあった。希望と書いてひかりと読む。
「これは……ギリギリセーフか」
僕はそう思った。これは、キラキラネームの当落線上だろう。
そんなこんなで、日は暮れていく。