第七十一話 その後の顛末
前回短かった為、 今回はいつもより少し長めです。それとタイトル変えました。
「ここは……?」
「わらわたちの部屋じゃ」
目を覚ますとそこには優のよく見知った天井が広がっていた。
そしてそんな彼の傍らには、 どこか不満げなティアがイスに腰かけていた。
ただ不満げといっても彼女の顔からは先程まで泣いていたのか涙の跡が見て取れ、 瞳も真っ赤に充血していた。
「あー……うん。 なんとなく状況は察した」
「そうかそうか。 それはよか……ったとでもいうと思ったのかこの馬鹿者が‼」
ティアの顔が烈火の如く真っ赤にそまる。
そしてティアは優への不満を次々口にし始めた。
「大体おぬしはどうしてこうもわらわに心配させるようなことばかりしようとするのだ‼」
「そ、 そういわれましても決闘はこっちも不本意だったわけでして……」
「なら受けなければよいではないか‼」
「そ、 そういわれましてもこちらにも事情があったわけでして……」
「おぬしの事情など知ったことか‼」
「ええ……流石にそれは暴論……」
「うるさい‼」
ティアの反論を決して許さない物言いに優の背筋は自然と伸び、 彼女に殴られると思い、 優は恐怖から目を瞑ってしまう。
「……あれ?」
だがいつまでも経っても優の体に痛みが襲ってくることはなかった。
それどころか彼の唇には何かとても柔らかい物が触れている感触がし、 花の様なとてもよい匂いが彼の鼻腔をくすぐった。
「ん……? 今のって……」
「なんじゃ。 わらわに殴られるとでも思ったのか? だと思ったのじゃたら心外じゃな」
柔らかな感触とよい匂いの正体それはティアであった。
ティアは優が恐怖で目を瞑っている間にいつの間にか優の事を抱きしめながらキスをしていたのだ。
「え? ティア!? お、 お前今俺に……」
「別にそれぐらいいいじゃろう。 おぬしはわらわのものなのじゃからな」
「だ、 だが……」
「なんじゃ文句でもあるのか?」
ティアの潤んだ瞳が優の姿を捉える。
当然それは彼女の嘘泣きなのだがそれでも美人の潤んだ瞳の破壊力はまさに核兵器並みの破壊力であり、 当然優にもそれに抗う術はなかった。
「そ、 それは反則だろう……」
「まあそういうでない。 そもそも元はと言えばおぬしがわらわの事を心配させたのが悪い」
「それはそうだが……」
「それにこの状態じゃと……」
そう言いながらティアは自身の形のよい胸を優へと押し付けられ、 その結果彼女の柔らかな胸の感触が優の腕の感覚を支配する。
「わらわの胸の感触が味わえて役得じゃろう?」
「どうしてそうなる‼」
「なんじゃ? わらわの胸では不満か?」
「そういう問題じゃなくて……」
「ならどういう問題なのじゃ?」
「俺が聞きたいのはなんで急にこういうことをしてきたってことだ」
「はぁ……」
「おい。 なんで今ため息ついた‼」
「それはその様なこと言われれば女性ならば誰だってため息つきたくなるからのう……」
「どういう意味だ?」
「秘密じゃ。 お主だって頭がついているんじゃ。 少しは考えろ」
「ぐぬぬぬ……」
「そんな不満げな顔をしても絶対教えぬからな」
「分かってるよ……」
優とてティアの頑固さは身に染みて理解している。
だからこそこれ以上この話題には、 優が触れることはなかった。
ただその理由はティアの頑固さだけが理由ではなく、 優には一つ気になることがあったのだ。
「それで決闘の決着ってどうなったんだ?」
実は優は、 あの場で自分がしたことをほとんど覚えておらず、 彼が覚えていたのは自分がティアを庇ったところまであった。
「まさかおぬし覚えておらんのか?」
「ああ……」
「そうか。 覚えておらんのか」
ティアも流石にその優の反応は予想外だったのか珍しく少し驚いた表情を見せる。
事実ティアの驚いた表情は、 非常に稀であり、 そんな一面を垣間見れた嬉しさのあまり優は、 つい自然と笑みを零す。
「なんじゃ? その顔は?」
「いや何……ティアの驚いた顔は珍しいって思ってさ」
「なんじゃ? おかしかったか?」
「いや。 むしろとっても魅力的だと思うぞ?」
「な!? なななな!?」
優のあまりのストレートな賛辞の言葉が予想外だったのかティアの顔が羞恥に染まる。
「ティア?」
「お、 おぬし一体どういうつもりじゃ‼ い、 いきなりそのような事言うなど今までなかったではないか‼」
「そう……かもな……」
実際優は今までティアの事をこうして正面から褒めたことはなかった。
優が今までそうしてこなかったのは彼女と友好的な関係を築く気が全くなかったからだ。
だがそのような状況も決闘の前のシルフィとのやり取りで完全に変わり今の優は、 ティアの前で“嘘”はつかないことを決めていた。
「ユウ? おぬし何を考えておる?」
「ん? 何も?」
「嘘をつくでない‼ おぬしがそうやってわらわの事を褒めるなど絶対碌ではないことを考えている時だけじゃったからな‼」
「嘘じゃないって。 それに俺はもうお前に“嘘”はつかないって決めたからな」
「な!? おぬし本当にどうしたのじゃ‼ もしかして決闘の時ルドルフに殴られすぎて頭を……」
「違う違う。 ああ、 もうお前が信じないならもういいよ。 それよりも決闘の結果を教えてくれ……」
「ん? ああ、 そう言えばそのような話しておったのう」
「忘れてたのかよ‼」
「うむ」
「そこは素直なのかよ‼」
「まあそういうでない。 そもそもおぬしが変なことを言うから悪いのじゃ」
「変なことって……」
流石にそこまで酷い言い方をされては優も心が痛む。
だが自分が今までそれだけの事を彼女にしてきたと思うと優は、 自分の屑さ加減に嫌気がさしてきていた。
「決闘の結果じゃがおぬしの勝ちじゃよ」
「そ、 そうか……」
「なんじゃその反応は?」
「べ、 別に何でもないよ。 それよりもルドルフとカンナ。 それにシルフィはどうなった‼」
優にとってシルフィの安否は非常に重要な事項だった。
もし万が一でも彼女が傷つくような状態に陥っていたのなら優は、 自分で何をしでかすかわからないほど怒り狂う予感があった。
ただそんな焦った様子の優とは違い、 ティアはとても落ち着いていた。
「そう一遍に質問するでない」
「悪い……だが……」
「はぁ……落ち着かんか馬鹿者」
ティアはそう言いながら優の頭を優しくたたく。
その様子はさながら彼の母親の様であった。
「痛……なんで叩くんだよ」
「おぬしが焦って冷静さを欠いておったからじゃ」
「でも叩くことはないだろう」
「そうでもないぞ? 事実おぬしは冷静さを取り戻しておるではないか」
「ウッ……そう言われると……」
ティアの言う通り優は完全二冷静さを取り戻していた。
「さておぬしも冷静さを取り戻したことじゃし話を始めるとするかのう」
「頼む」
「まずルドルフじゃが……あやつは今独房におるよ」
「な!? どうしてそうなった!?」
「どうしても何もそんなの当たり前じゃろう。 あやつはわらわの大事な物を傷つけた。 それぐらいの罰を受けてもらわねばな」
「こ、 殺しはしないんだよな」
「はっはは。 何を言っておる。 そんな事するわけないじゃろう」
「そ、 そうだよな。 ははは……」
「腕一本切り落とす程度じゃ」
そういうティアの声は絶対零度の冷たさを纏っており、 優は自身の背筋に氷水をぶっかけられるそんなうすら寒さを感じさせられていた。
「さて次はカンナじゃったな」
「カ、 カンナは流石に独房じゃないよな?」
「む? 何を当たり前のことを言っておる」
「わ、 悪い。 そうだよな……」
「おぬしはわらわのことを一体何だと思っておるのじゃ」
「魔王」
「何か言ったかのう?」
ティアの顔は笑顔だった。
だが目だけは全く笑っておらず、 今にも優を殺しそうな程狂暴な殺気が籠っていた。
「な、 何も‼ だからその顔止めてマジで怖いから‼」
「むぅ。 女性にその言い方は流石に失礼ではないか?」
ティアはそう言いながら子供みたいに唇を尖らせ、 不満げな表情をする。
「わ、 悪い」
「もうよい。 それでカンナじゃがあやつは今医務室で治療中じゃ。 怪我の方も鎧のおかげで大した怪我はないようじゃしな」
「そ、 そうか。 それはよかった」
「なぁユウよ」
「なんだ?」
「何故おぬしカンナの身を案じた? あやつは曲がりなりにもおぬしの事を傷つけたのじゃぞ? もしかしておぬしカンナの事が……」
そういうティアの瞳からは全く生気が感じられず、 顔も全くの無表情であった。
優も流石にヤバいと思ったのか必死に弁明の言葉を紡ぎだす。
「違う違う違う‼ 俺がカンナの事が好きなんてことは絶対にない‼ ありえない‼」
「そこまで露骨に否定されるとかえって怪しいのう……」
ティアが先ほどの表情なまま訝し気な様子で優の瞳を見る。
だが優としても何もやましいところがないため、 そんな彼女から決して目を逸らさない。
「本当にそんなんじゃないって‼ 俺が彼女の事を気にかけたのは、 彼女の決闘前の対応があまりに騎士らしくてそれに少し尊敬していたわけで……」
「そしてその気持ちがいつしか恋心に変わって……よし。 やっぱりあやつは殺しておくか……」
「待て待て待て‼ どうしてそうなった‼」
「無論冗談じゃがな」
「冗談かい‼」
「当たり前じゃろう? 何せあやつの先祖はわらわの親友じゃからな。 親友の子孫を殺す真似など流石にせんよ」
「へえ。 ティアにもちゃんと友達いたのか」
「当たり前じゃ。 ちなみにじゃがあやつの祖先はおぬしとも面識があったぞ?」
「え? そうなのか?」
「うむ。 わらわの記憶上仲はそれほど良くなかったがな」
「そうなのか」
「まあこのことについてはまた今度あやつが謝罪に来るようじゃからその時にでも話してやろう」
「別に謝罪までしなくてもいいのに……」
「まあそういうでない。 これがあやつなりのケジメの仕方なのじゃろう」
「そういうなら……」
そう言いつつもどこか納得のいかない様子の優。
「さて最後にシルフィの居場所じゃが……」
その時優の横でも何者かがぞもぞと動いた。
「お、 おい。 今横で何かが……」
「めくってみるといい」
ティアにそう言われ恐る恐る布団をめくる。
するとそこには……
「お父さん……」
静かに寝息を立てる愛娘の姿がそこにはあった。




