第二十五話 涙
王子は、 自室にいた。
優は今まで王子の事を一度も目撃したことがなかったため容姿を全く知らなかったのだがそのせいで王子を一目見て驚きを隠せなかった。
王子はあまりにも醜く、 シアの兄だとはとても思えないほど醜い顔をしていた。
これで性格が心優しい青年ならよかったのだが、 今まで王に散々甘やかされて育てられた王子がそんな性格のはずあるわけなく、 優が部屋に入る時には今まさに女性を無理やり襲おうとしている場面であった。
「いいからさっさと服を脱げ! 僕はこの国の第一王子で、 次期国王なんだぞ! その僕の妃になるということが一体どれだけ光栄なことなのかわかっているのか!」
「誰か! 助けて!」
女性は必死に助けを求め、 王子から逃げようとするが流石に華奢な女性の力じゃ男に勝てることはなく、 なすすべもなく服を剝がれてしまった。
その様子を見ていた優はというと不快の意を示しており、 ひとまずは女性を助けることにした。
「では、 私がお助けしましょう。 お嬢さん」
優はそう言うと右手に握っていた王の死体を王子目掛け投げた。
「ブヒィ!」
死体は見事王子に直撃し、 王子は豚のような悲鳴を上げながら壁まで吹っ飛ばされた。
「お嬢さん大丈夫ですか?」
「あ、 ありがとうございます。 あ、 あのあなたは何者なんですか?」
「私の名前は、 ファントムと言います」
「ファントム様ですか? 私は、 リーゼロッテ・ブリュンヒルドと申します」
ブリュンヒルド家は、 アーククラフトにおける有力貴族の一つである。
そんな彼女が何故このような状況に陥っているかというとそれは偏に次期国王の下に自分の娘を送れば次の台の時自身が政治に口出ししやすくなるだろうというリーゼロッテの父の汚い考えのせいであった。
「貴族様でしたか。 これは、 失礼しました」
「いえ。 お気になさらないでください」
-この子とっても強い子だな……
優はそう思うとますます不憫でならなかった。
優とて貴族の生き方について理解がないわけではない。
だがいくら何でも結婚相手がこうも醜いのは、 いくら何でも酷すぎた。
その為優はリーゼロッテの状況に同情せざるを得なかった。
「それでなんですが一つお願いがあります」
「お願いですか?」
「はい。 お願いの内容は単刀直入に言うと私が王子を殺すのを邪魔しないでいて欲しいのです。 仮にこのお願いを聞けない場合私はあなたを殺さねばなりません」
「邪魔をするなんて滅相もありません!」
「それはよかった。 私とてあなたのような綺麗な女性を殺すには気が引けますから」
「お世辞は結構ですよ?」
「世辞なんかじゃありませんよ。 これは私の本心です」
「ふふふ。 そうですか」
リーゼロッテは先ほど襲われた時に見せた表情とは対照的にとても可愛らしい笑みを浮かべた。
「さてお喋りはこれくらいにして、 服を着てこの部屋から退出してもらえますか?」
「あの服を着ることは分かるのですが何故部屋から退出しなくてはいけないのですか?」
「それは、 私が今からこの男に可能な限りありとあらゆる苦痛を与えたすえ、 殺すつもりだからです」
この時優は仮面の舌でひどく獰猛な表情を浮かべており、 体からも殺気が漏れていた。
「そうなんですか」
リーゼロッテの返事はひどくあっさりした物であり、 服は既に着替え終えていたのだが部屋から一向に出る気配は感じられなかった。
「どうしたんですか? 服を着替えたのなら部屋からはやく……」
「あのファントム様は革命軍の方なんですか?」
リーゼロッテからの唐突な質問に優は少々面を喰らいはしたもののそれを表面に出すことはなかった。
「いいえ。 私は革命軍ではありません。ですが革命軍の方々ももうじきこの城を攻め始めるつもりでしょうからリーゼロッテ様は、 そちらの方々に助けをお願いしてみてはどうですか? きっとリーゼロッテ様の様な方なら心地よく迎え入れてくださると思いますよ?」
優は親切心からそう言ったのだがリーゼロッテは首を横に振り、 否定を露わにした。
「何故革命軍に助けを求めるのがお嫌なのでしょうか?」
「それは私を助けてくださったのが革命軍の方ではなくファントム様だからです。 ですから私はそんな貴方様のする行いを最後まで見ていたいのです」
「そうですか」
優は小さな声でそう呟くとそれ以上リーゼロッテに対して何も言わなかった。
「おい、 お前たち! 僕を無視するな!」
王子は先ほどから自分の事を無視された事に腹を立てており、 地団駄を踏んでいた。
そんな小さな子供がするようなことをしている王子に対し優は呆れる他なかった。
「はぁ……全くどうやったらこんな大人になるんだか……」
「ぐぬぬぬ! ぼ、 僕の事を馬鹿にして! もう絶対許さないからな! パパに言いつけてお前なんかすぐに処刑してやる!」
王子は顔を真っ赤にしながらそう言っているのだが、 先ほど自分に当たった物体が自分の父親だとは全く気付いていなかった。
「あなたのパパならそこに転がってるじゃないですか」
優は親切心からそう言い先ほど投げた物体が王であると指さした。
「あ、 あわわわわ……」
王子は変わり果てた自分の父親を見て顔を青ざめあたふたするほかなかった。
それとは対照的にリーゼロッテはというと初めは気分が悪そうな顔をしていたが、 それよりも王が死んだことに対して安堵の表情を示していた。
「さて王子。 今からあなたを殺そうと思います。 ですがそんなあなたに一つだけチャンスを上げましょう」
「チャ、 チャンス?」
王子のチャンスという言葉に対する食いつきはすさまじく先ほどまで青くしていた顔が今は真っ赤になり、 食い入るような目で優の事を見つめていた。
「ええ。 チャンスです」
「僕は何をすれば一体助けてもらえるんだ?」
「ただ質問に答えるだけの簡単な物ですよ」
「なんだそんなことか。 それならいいぞ。 僕は天才だからな。 どんな質問だっても答えてやる」
「別に勉強とかの問題じゃないんですけどね。 それにあなたが頭がいいとはとても思えませんが?」
「うるさい! いいから早くしろ!」
「全くあなたも本当に偉そうですね。 ですが今はそれは置いておくとして、 私からの質問の内容は至ってシンプル。 あなたは、 自分の妹であり、 この国の第二王女ユリシア様のことをどう思っていますか?」
「あの化け物のことか?」
この時点で優の中で怒りのボルテージが急速に上がっていくのが自身でも理解はできたが、 先ほど感情の赴くままに王を殺してしまったことを学習していた優は、 奥歯を強く噛み何とか怒りをこらえた。
「か、 彼女は、 化け物ではありませんよ。 歴とした人間です。 それであなたは、 彼女のことをどう思っていたんですか?」
「あいつは、 顔だけはよかったからな。 もう少し成長したら無理やり犯してやろうと思ってたけどパパから死んじゃったって聞いてたからその点は残念だな~」
王子は下卑た笑みを浮かべながらそう言った。
そんな王子の様子に優は、 我慢の限界に達しかけていた。
「よくわかりました」
「そうか! お前がなぜあの化け物のことを聞いたのか知らないが、僕の命を助けてくれるんだな!」
「いえ、 そういうわけじゃありませんよ」
「へ?」
「私がわかったといったのは、 王子が自分の立場を理解しておらず、 よほど自分の命を散らせたいのかということです」
その瞬間王子の両腕がとんだ。
「ブヒィィィ! 僕の、 僕の腕が!」
「黙れ。 豚。 お前には、 最大級の痛みを与えてやる」
優はゆっくりとした足取りで王子の元へと近づいていった。
「ブ、 ブヒィィィィィィ! 誰か! 誰か僕を助けて!」
「お前は、 そう言う女性を何人犯してきたんだ? いざ自分の立場になるとそう言うのは、 少々ふざけすぎなのではないか!」
優のその怒声とともに今度は王子の両足がとんだ。
「ぼ、 僕が悪かった! 今まで、 無理やりしてきた女性にも謝る! だから! だから命だけは助けてくれ!」
「今更! 今更そんなことが許されると思っているのかぁぁぁぁぁぁぁ!」
優は怒りの感情を抑えることなく王子の顔を殴った。
王子の体がすでに死に体であり、 自ら手を下さずとも出血多量で死ぬ。
普段の優ならその事に気付くのだが今はそれに気が付かないほど逆上していた。
その原因は言わずもがなシアの事をひどく罵倒されたからだ。
そのせいで今の優は完全に感情という名のリミッターが外れており、 その様子を例えるなら修羅と言うに相応しかった。
「ファ、 ファントム様! それ以上は、 ダメです! 王子は、 もうすでに死んでいます。 だから落ち着いてください!」
そんな優の様子をみたリーゼロッテは流石に止めなければ不味いと判断したのか優に抱き着き、 これ以上は止めるよう訴えかけた。
「うるさい! こいつは! こいつは! シアを犯したかったとかほざきやがったんだ! それにこいつは、 シアのことを化け物とも言いやがった! 邪魔するならお前も殺すぞ!」
だが今の優の怒りはその程度で抑えきれることはできず、 リーゼロッテに対しても強い敵愾心を向けた目を向けた。
その瞳は常人ならすぐに気絶してしまうほどの殺気が込められていたのだが、 リーゼロッテはそんな視線を向けられても一向に引こうとはしなかった。
「いいですよ」
「今何といった?」
「私を殺してもいいと言ったのです」
今のリーゼの瞳からは強い意志を感じ取れ、 その発言が嘘ではないことを物語っていた。
「元々私は、 ファントム様に助けてもらっていなかったらその男に一生死ぬまで玩具にされていた身です。 そんな私の安い命で、 ファントム様の気が済むなら私は喜んでこの命を捧げましょう!」
「……」
優はその言葉に何も言えなくなってしまった。
リーゼロッテは優に殺されても本当に恨まないと気づいたからだ。
そしてそのおかげで優は冷静さを取り戻し、 そっと王子から手を離した。
「……すまん」
優がそう呟くとリーゼロッテは一目散に優に抱き着いた。
「ファントム様が心優しい方だということを私は、 理解しています。 何せ今のファントム様の顔は、 涙が流れているのですから」
リーゼロッテが優の顔に流れておる涙をハンカチを使って優しくふき取った。
その時優は初めて自身が泣いていることに気が付いた。
「俺は、 泣いていたのか」
「はい」
リーゼロッテは優しい声音でそう呟いた。
そんな様子に優は先ほど自分が見せた姿を急速に恥ずかしく思った。
「すまない。 少し醜い姿を見せてしまったな」
「お気になさらないでください」
「リーゼロッテ様はお優しいですね」
「別に私は優しく軟化ありませんよ。 それでなのですがファントム様は、 これからどうなさるのですか?」
リーゼロッテがこう疑問に思うのは至極当然である。
何せすでにこの国のトップ二人の命を取ったのだから今の優は実質革命は成功しているからだ。
「私は、 この後この死体二つを引き連れて王の玉座がある場所で革命軍を待とうと思っています」
「そうですか。 それなら私も、 ついていきましょう」
優はこれ以上迷惑を掛けたくない思いからリーゼロッテにはついてこないよう何度も説得を試みることにした。
「あなたまでついてこなくてもいいのですよ? あなたは、 この王子に襲われた被害者なだけなのですから私にそこまで付き合う通りは……」
「いいえ。 先ほどもいいましたが私の命はファントム様に救われました。 ですから私は、 今後の命をファントム様の為に使いたいのです」
ー少し重い気がするけどこれも命を救ったものの責任か……
ユウはそう思いながらリーゼロッテの動向を許可した。
「ありがとうございます! それと今後は私の事は、 リーゼとお呼びください」
「わかりました。 これからよろしくリーゼ」
「はい!」
リーゼは満面の笑みを浮かべそう返事をした。
そんなリーゼの様子に優は城に来てから初めて笑みを零した。
「あのファントム様一ついいですか?」
「別に構いませんよ」
「それじゃあ何でファントム様はそんな変な喋り方をしているのですか?」
「それはまあ色々あるのですよ」
「そうなんですか」
リーゼのその言葉を最後に会話は終わり、 優は死体を二つ掴み、 部屋を後にした。




