あの任務のあとのこと② ジュリア、ダンテ登場
5月27日2100時
音火希梨とジュリア・ブールの戦闘が始まった。
お互いの刀がぶつかり合い、耳を突く音が響く。接近戦だけでなく、銃撃戦も交えた息の吐かない殺し合いが続く。
音火は刀術だけでなく、身術の《強化》で力強い斬撃でジュリアに攻撃するが、ジュリアは攻撃を流れを逸らしながら、攻撃をいなしながら、戦闘を続ける。
「力任せな野郎だ。これだからダブルやトリプルは……」
《加速》を使い姿を隠し、すぐに背後からの攻撃に移るように攻撃するジュリアは、音火には掴みどころがなく、戦いづらい戦闘スタイルだった。
だが、一少女が戦争最前線で生き残っていることを考えると、当然のようにも音火には思えた。
戦闘を続けているうちにジュリアの能力、特に動術(刀術経由の発動)の《加速》《排他》、刀術の《取扱》がはっきり強力になっていくのがわかった。
「効いてきたな」
TMX137の効果が刀から音火に伝わってくる。
音火はジュリアからの攻撃を刀で受けるか、動術の《排他》で防いでいたが、追いつけなるのを感じていた。
「それなら……!」
音火は《加速》を使い、ジュリアがしていたように、森の影、暗闇の中に隠れた。
「ちょこざいな」
ジュリアは無差別に四方八方に銃撃する。銃弾は《加速》され、一発の威力が威力だけに、近くに着弾した衝撃にびっくりし、体が反射で動きそうになるのを音火は必死に堪えた。
戦闘は一時的に静かになる。
「出てこいよ!」
声からは焦りも、怒りも感じなかった。
身を隠している木からそっとジュリアを覗き見る音火。下手をすれば顔面に向かって銃弾が向かってくる。
いくら身術士はいくら《排他》ができるからといっても、無意識中への攻撃を防ぐことは難しい。今は敵に意識を向けてはいるが、それでも死の恐怖は感じる。そう音火は思った。
音火の方向からはジュリアの左背後から左側面が視認できる。真後ろから攻撃したかったが、この最仕方がない……音火はそう心に決めると、黄昏花を強く握りしめ、一気に木から身を出すと、瞬く間に《加速》した。
音に気づいたジュリアはとっさに振り返る。音火が見た敵の表情は驚きからくるものだった。
黄昏花の刃がジュリアの頭上から振り下ろされる。刀とジュリアの間には《排他》が存在していたが、不意打ちであることと、音火が潜在的に持っている能力値の高さで、攻撃が通った……と音火は思ってしまった。
「イミナ(TMX137の隠語)してるから」
ジュリアはニヤリと音火を嘲笑った。
音火はとっさに《加速》し、ジュリアから離れた。そしてすぐに刀を構える。
「せっかくの不意打ちを無駄にして……。これがお前の唯一の……!!」
言葉が止まった。
ジュリアはさっきの嘲笑った表情ではなく、苦痛に顔を歪めていた。左目を固く閉じ、左手で頭を押さえていた。
「いっ!…………ちょっとだけ……飲みすぎたか……」
TMX137の副作用。様々な症状が副作用として現れ、頭痛や吐き気、動機、発汗などが存在する。
確かに経口に加えて、注射までしたらそうなるかな……。このチャンスは見逃せない。音火は咄嗟にそう考え、
「ここで追い込む!」
と、小さくつぶやいた。
音火が握った黄昏花の刃は、ジュリア目掛けまっすぐに突かれた。だが、ジュリアは難なく片手で握られたゲンチアでその攻撃を弾く。音火は間髪入れずに次の攻撃、さらに次の攻撃を繰り出して行く。マシンガンのような連続的な攻撃は、小さな少女を少しずつ追い込んでく。
「くっ……!」
ジュリアはゲンチアをいつの間にか両手で握り、必死に音火からの攻撃を防いだ。依然、
苦しそうな表情をしたジュリアは、一歩、また一歩と、立ち位置を後ろへずらしていく。対照的に音火は、一歩、また一歩と歩み進めていく。
「……甘いな」
ジュリアが苦し紛れにそう言った。
しかし音火の方が優勢に見えたこの状況、音火はジュリアを追い込みきれずにいた。圧倒的で連続した斬撃は全てジュリアの持つ刀によって防がれていた。
「……そんなん、力任せな攻撃……屁じゃねえわ……。少なくとも殺意、悪意が足りねえ」
ジュリアは、黄昏花とゲンチアが衝突した瞬間を狙い、力強く黄昏花を蹴り上げる。
「しまっ……」
その攻撃によって生じた音火の一瞬の隙をジュリアは狙っていた。一瞬にして《加速》したジュリアは先ほどの音火と同様、森の木陰に逃げ込み、姿を隠した。
「どこ!」
そんな言葉が音火から漏れた。
音火は体にある全神経を毛立たせる。
音火は感じていた。未だにこちらを覗き見ているジュリア・ブールの殺気を。油断すれば一瞬のうちに反撃にあうことも音火は理解していた。
しん…………と静まり返る森。遠くからは依然、富詩中尉とダンテ・インプの戦闘を物語る斬撃や銃撃の音が届く。しかし、音火の耳には聴こえない。
少しの時間が過ぎ去った。その時だった。
遠くから、ヘリのローター音が聞こえた。
「やばい!」
音火はとっさに危機を感じた。
敵国であるイーティル内での戦闘。聞こえる方向からしてもヘリはイーティル側から接近してくるものだった。それはつまりジュリアとダンテへの応援が来ることを示していた。
そして音火は後ろの気配に気づいた。
「!」
考える前に背後を振り向き《排他》を発動させながら、刀を構える。
それはダンテ・インプからの攻撃だった。《加速》されて体重の乗った膝蹴りが音火に迫るが、発動させていた《排他》でダンテの膝を受け止める。
音火は気づいていた。この攻撃が自分を傷つけるために繰り出されたものでないことを。
音火は五感からの刺激を感じる前、さらにはっきりとした敵の殺気を感じる前に動いた。
つまり、何も感じる前に動いた。
左方向へ全力の前転回避。《加速》も《強化》も使ったその行動は、背後からのジュリアの斬撃を間一髪のところでかわすことができた。
「スカしてるんじゃねえよ!」
ダンテが苛立ちを込めながら言う。
「るせえ、でけえ声だすな!」
ジュリアがさらなる苛立ちを込め、でけえ声を出した。それが原因でか、ジュリアの体から力が抜け、右膝を地面に落とした。先ほどまで苦痛に歪めた表情だったのに対し、今は意識が朦朧としていて、至極眠そうな様子だった。
「イミナ摂りすぎだ。あとで拮抗阻害打つから、撤収だ。ターゲットは諦めろ」
ダンテはそう言うとジュリアの首根っこを掴み、そのまま肩に担いだ。
「もういいや、あんなん……」
ジュリアがそう言うと、ダンテは《加速》し、ヘリの方向へ逃げ出す。
「させない!」
音火は二人を追うために《加速》しようとした。
ジュリアとダンテは里絵を奪取する時に、縦仙基地で非戦闘員を多数殺害した。それも多くは無残な方法で。許されることではない。ここで殺さなければまた犠牲者が出てしまう。戦闘不能のジュリアを担いだダンテのみが、今は敵戦闘員だ。富詩中尉と協力すれば勝てない相手ではない。音火はそう直感した。
「行くな!」
富詩の声が音火に届き、音火は動きを止めた。
富詩は続けた。
「里絵少尉奪還の命は達成した! それに敵ヘリに誰がいるかわからない!」
音火は迷った。敵二人を追うか、追わないか。ぐっと黄昏花を握りこむ。ヘリがいるであろう方向に目を向ける。そして、今度は後ろを振り返り、里絵少尉がいる車両を見つめる。
「…………」
音火は必死に考えた。そして答えは……。
音火の決断は……追う? 追わない?
そして、里絵はあの任務のことを想起する……
次回 第7話 「綺麗な髪とゾッとする声」