世界が偽物と知ってから
9月2日1909時
里絵しずく少尉の精密検査はまるまる二時間用した。検査内容は里絵本人には知らされていなかったが、血液検査後、里絵は麻酔を投与され眠らされた。目が覚めたときにはいつもの部屋のベッドの上にいた。
「…………」
里絵は少しの頭痛を感じた。痛いというよりもくらくらする。眩暈に近い頭痛だった。
検査前、ベッドから車椅子へ移動した際に、体は重くなかった。里絵は自分が3ヶ月以上意識を失っていたということが信じられなかった。足の筋肉もそこまで落ちている様子はなかった。
(少しだけ体を動かしてみようかな)
ふと思いついた里絵は、ベッドから降りるため両足を床へ下ろそうとした。
「失礼します!」
大きい声にとっさに足を引っ込める里絵。声の主はもちろん音火希梨少尉である。声と同時に入室する音火は、言った意味の通り失礼。ただし、里絵に対し遠慮がなくなったとも言える。里絵が目覚めた時は音火も里絵に対し敬語を使っていた。今はそこまで使っていない。
「検査はどうだった?」
「すぐに麻酔を打たれたから不明です。ただ、少し頭が痛い……」
「じゃあ、もう休む?」
「まだいいです。今の今まで寝ていたからどうせ寝付けないと思う。それよりこの世界のことの続きを聞きたい」
「了解。そのために来たようなもんだし。これに座っていい?」
そう言うと音火は返事も待たずにベッド脇に置いてある車椅子に座り込む。そして話し始めた。
「どこまで話したっけ……。ああ、あっちの世界を知覚してこっちの世界が作られた世界だと判断したところからか。その説が正しかったら、誰がこの異世界を作ったがわからないのままだよね。だから必死になってその情報、証拠、手がかりを探したの。もちろんイーティルと戦争しながら。
現実世界に転移するのはちょっと大変で、当時は人、場所、時間の制約を受けてたから、エイシェはどうにか場所だけでも確保しようとその転移場所に戦力を投入した。幸い、その場所がイーティルよりもエイシエに比較的近かったから先手を取れた。
でもイーティル側が黙ってるわけない」
「戦況が激化した……」
「そう。イーティルの大規模進行で戦場は乱戦状態。さらにごく小規模だけど、現実世界での戦闘も行われるようになり、多くの血が流された。そんな状態が1年続いたけど、「この世界の謎」については一向に情報を得られず。そんな時に追い打ちをかけるよなことが起こった」
「なにが……起こったの?」
「私も実際に見たわけじゃないからうまく説明できないけど…………。ある怪物が現れて、両軍を襲い始めたの」
「怪物?」
「人でも動物でもないなにか。黒い物体で、様々な形に変化して戦闘員や民間人を襲った……らしい。物理攻撃や、能力での攻撃は効かないわけではなかったけど、致命傷を与えられるものではなかったって。そしてその怪物は結局殺すことはできずに封印された。封印に成功するまでに4年かかったって。
その生物が一体何からできていて、何の目的で、誰に作られたかは今でも不明のまま……。エイシェ側はイーティルの策略って、イーティル側はエイシェ側の仕わざだって主張して、戦争は依然続きっぱなし。怪物は両軍の兵士を殺害し続けたのに……」
「……」
「怪物の正体は、「この世界が作られたことを知ってしまった住人を始末するために送られた創造主の使者」って考える人もいるみたい」
「創造主の使者……」
「怪物の話はこれでおしまい。封印された場所はエイシェ側だから、イーティル国よりも近いよ。封印された怪物の体は常に冷気を出していて、巨大な氷柱になってて、二つの意味で納涼地として観光スポットになってるよ」
「二つの意味で?」
「冷気、というか氷柱の氷で実際に涼しいのが一つ。もう一つは、もし封印が解かれたらひとたまりもないというスリル……」
「なるほど……」
里絵の表情から「自分には理解できないな……」と心の声は言っているように音火には見えた。
「ちなみに私はよく行く」
「え…………」
少しばかりの沈黙が流れた。
「今度一緒に行かない?」
「…………か……考えておきます……」
「えー、行こうよー」
里絵に対する音火の態度が段々馴れ馴れしくなっていく。里絵はそんな音火に好意とまではいかなくても、親しみを感じ始めていた。ましてや、記憶がない今音火以外に知り合いと呼べるものなどいないこともその理由の一つであるが。
「スリル、好きなんですか?」
「そんなことはないよー。ただ、周りからはいろいろと危ないやつって言われるだけで……」
里絵は「あ、なるほど……」とでもいうかのような表情を表した。それを見た音火は少し口元を尖らせて不服さを表現した。
「音火少尉について聞いていませんでした。言える範囲で教えていただけますか?」
「そういえば何も話してなかったね。エイシェ第20師団所属、能力戦闘員、音火希梨少尉であります……って名前はもう知っているか。別に特に話す内容もないけど、3ヶ月前にある任務に参加した。任務内容は瀕死の里絵少尉をイーティル側から回収している戦闘員の援護および、里絵少尉の安全確保。エイシェの縦仙基地まで回収することはできたけど、その後すぐに敵の戦闘員に奪われちゃった」
「え……」
里絵は知らない自分のことに驚いた。里絵は意識がない中、両国に奪って、奪われての的になっていた。
「奪われたあと、すぐに奪還しかえしたから安心して……。本当に大変だったんだから……」
音火は里絵から視線を外して、虚ろな目をした。その仕草を見た里絵は察したのか、深くその作戦での出来事を聞くことをしなかった、できなかった。
「そ、そういえば、自分の能力については動術だって聞いたけど、音火少尉はなんの能力をお持ちなんですか」
「聞きたい?」
音火はそれまですらすら質問に答えていたのにもかかわらず、この質問には勿体をつけた。気のせいか、音火の鼻が少し高くなったように里絵は感じた。
「はい」
「身術、動術、刀術の三つ全てを所有している三重術士です!」
再び沈黙が二人の間に流れた。音火は明らかにドヤ顔を決め込んでいた。そんな音火相手に里絵はどんな言葉をかけたらいいか戸惑った。
「へ、へー…………」
「あれ……?」
音火は拍子が抜けた顔をした。
3ヶ月前のその日、里絵を拉致しに来た敵と、音火は戦っていた。
次回 5話 「あの任務のあとのこと①」