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切っ先を向けた先

 拘束が解けてしまった赤仮面は起き上がってこない。幸いにも敵は、里絵の目の前にいる巻き髪だけ。巻き髪はあまり《加速》を使いたがらないため、全力で司を連れて《加速》すれば、逃げられる可能性は十分にあった。


 

「さあ、どうしますの? その方を連れて逃げますの? 刀は置き去りにしますの?」



 巻き髪は里絵を煽りながら、空中に固定されていたふしあかねを手にする。


 脱出に使った方の刀は見えない。いつの間にか体内に《内包》したのだろう。それでも巻き髪の手には二本の刀がある。その一方はふしあかねだ。

 里絵が使える刀は今存在しなかった。司の腰にはたちあおいがあるが、里絵はそれに触れることができない。


 やはり、ここにいるべきではない。里絵はそう判断し、巻き髪に背をむけると、司を肩に担いだ。



「あら、本当に行ってしまいますの? 刀は?」



 後ろから聞こえるがすぐに《加速》し、その場を離れようとした。



 だが、あるものに遮られ、その逃走は中断される。



 里絵は自分を瀬切ったものを見上げる。同時に絶望が体を染めていくのを里絵は感じた。



 敵のミリタリーローブと仮面。その仮面の色は赤色……ではなく青色。


 左足には確かに司が付けた傷。


 縱仙基地を襲撃した青仮面であった。


 青の右手にはすでに抜刀してある刀が握られていた。


 青はまっすぐ刀を振り上げる。










 一瞬の絶望。だがすぐに考えを巡らす里絵。



 この最悪な状況をどう切り抜けるか。戻る選択肢はない。青と戦う選択肢もない。結局は逃げるしかないのだが、簡単にできそうにない。里絵はそう考えた。



「サービスですわ」



 突然聞こえてきた巻き髪の声と同時に、何かが投げられた気配を感じた。青の方向に展開した《排他》を後ろにも集中させる。しかし、巻き髪から投げらたものは、排他空間にぶつかり近くに落ちる。それはふしあかねだった。

 訳も分からず地面に落ちたふしあかねを掴み上げ、青の斬撃を受ける。そのまま力を左に逸らし、右の森へ《加速》。さらに進行方向に背を向け、青のへ20発の銃撃。それでも青は《加速》して追ってきた。


 こんな時に限って青が《加速》を使ってくる。ふしあかねを使い、周りの木を切り倒し、《圧縮》と《膨張》を使い爆風を作り出し、青の追跡を妨害した。



 少ししたら、青の姿は里絵の視界の遠くに消えた。


 だが里絵は続けた。

 

 2分ほど経った時、里絵は逃亡の跡を自ら敵に教えていることに気づき、足を止める。


 息が上がっている。噴き出してくる汗は焦りからくるものがほとんどだった。ふしあかねを収め、進行方向を北へ変え、歩き出した。



「司、大丈夫ですか?」



 問いかけるも、返事はない。



「司……」



 再度司の名を呼ぶ。



「聞こえてる」


「気分はどうですか」


「平気」


「そうですか」


「下ろして」


「しかし……」


「いいから下ろして」



 里絵は肩から司を下す。司は木に寄りかかり、座り込む。



「司、以後の作戦についてなのですが……」




 言い終わらないうちに、言葉を遮られた。目の前に刀を向けられることによって。




 司は一瞬で刀を抜き、里絵に向けた。たちあおいの切っ先は里絵の顔面からわずか3cmのところにあった。刃の奥で司は依然座り込んでいる。顔は伏せられ、前髪のせいで目元は見えない。


 里絵は微動だにしなかった。動けなかったわけではなく動かなかった。



 十数秒が経った。



「なにか私に言うことはないの」



 司が冷たい声色で言う。



「……」



 里絵は返答することができなかった。



「何もないならこっちから言わせてもらう……おまえ、私の監視だろ」



次回「隣にいた理由」

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