予想以上に早い
「無力化処理をしとこうか」
司が里絵へ指示。
「了解」
里絵が答える。
結界付近で戦闘でも行った無力化処理。いくら相手が動けない状況だからといって、身を近づけるのは怖いと感じる里絵。ましてやその相手が巻き髪となるとなおさらだった。
巻き髪はツルでガチガチに拘束されている。しかし、その目は常に周りを警戒していて、勝つことを諦めた顔つきではなかった。それが余計に2人の不安を煽る。
無力化処理をするときに当たって、それが危険を伴うものであれば、殺害してもいいことになっている。敵兵の命より、自分の命が優先なのは当然だ。
「司、嫌な予感がします。ここは無力化処理でも、殺害処理が適切かと」
「そうだね……私も何か感じる」
「あら、私はここで殺されてしまいますの?」
巻き髪が口を挟んできた。
「そこのチョココロネ、うるさいぞ!」
司が言う。
こんなところでもたもたしている時間はなかった。
「殺害処理を実行します」
「そうして」
司に許可を得、ふしあかねの切っ先を巻き髪の首元へ向ける。
そして、勢いよく刀を刺す。
しかし、刀は巻き髪へは届かずに宙で止まった。
力を抜いたわけでも、躊躇したわけでもない。刀が物理的に停止したのだ。明らかに巻き髪の能力だ。が、それがどこから、どのように作用したかは見当もつけられなかった。
里絵は絶句した。驚きの言葉も出なかった。そして自分自身のスキに気がついた。気がついたときにはもう遅かった。
巻き髪は、右手の刀を再び体の中へ戻し、手のひらの方向を変え、再び勢いよく出すことで右手を拘束しているツルを切断。同時にその他のすべてのツルを一瞬で切断し、体の自由を取り戻す。
そして間髪入れずに刀は自分を襲った。
ふしあかねは空中で固定され、びくともしない。そのせいでストラップで繋がれた右手も動かすことができなかった。里絵はとっさに左手でナイフを引き抜き、巻き髪の攻撃を受け止めた。
だが、巻き髪の攻撃はそれだけでは終わらない。左手に握られているもう一本の刀で脇腹に切り掛かる。その斬撃が届く瞬間、右手に繋がれているストラップをほどくのに成功した里絵は、全力の《加速》で後方へ逃げ、司の場所まで距離をとる。
この状況に違和感を覚える里絵。巻き髪が拘束から抜け出したことではなく、巻き髪が拘束から抜け出したこの間に司からの援護がなかったことだ。どのような状況でも一瞬で冷静な判断を下す司が、なにもできなかったことはありえないと里絵は感じた。
「司!」
巻き髪から目を離せない里絵は、背後にいる司に問いかけるが、返事がない。正面から巻き髪がゆっくり歩み寄ってくる。振り向きたくてもそうできない状況だった。
「司! どうしました」
またしても返事がない。すぐ後ろにいるのに、確認できない。
その時、巻き髪が口を開いた。
「なんですの、もう始まってますの? 予想以上に早かったですね。残念ですわ」
その言葉で里絵はこの状況が理解できた。理解できてしまった。
一瞬のスキを突かれ、巻き髪が拘束から抜け出した。やはり、嫌な予感は的中するものだと、司は思った。
すぐに、里絵を守るべくリカバリーをしようとツルを再び出現させる。
だが、ツルは出てこなかった。
違和感を覚えた瞬間、いきなり体が脱力し、司はその場にへたり込む。緩んだヘアピンが地面に落ちる。
「っ……」
体に力が入らない。
言葉も出ない。
目をしっかり開いているのに、情報が入ってこない。
遠くから声が聞こえるが、意味を理解できない。
激しい悪寒に襲われた。寒い。
それなのに汗が噴き出してくる。
そして、体の中を何かが這いずり回るようなドロドロした感覚に襲われる。その感覚は下腹部から全身に広がり、体を突き抜けるように感じられた。
気持ち悪い。吐くこともできない。
意識が遠のくのを感じる。
今まで感じたことのない感覚ではあったが、司ははその存在を知っていた。
呪術【怨花】の開花の約2〜6時間前に見られる兆候だった。
次回「切っ先を向けた先」




