『能力バカの馬鹿力、見せてあげる!』
里絵は、バイクの進路を素早く切り替えることを繰り返し、なんとか音火を振り切ろうとするが、スピードが違いすぎる2台の距離は縮まる一方だった。
音火はクラッチを握り、右手をハンドルから離すと、《加速》だけでバイクの速度を維持しながら、里絵に向かって銃撃を始めた。
里絵は音火からの銃弾を《排他》によって防ぐ。音火の弾丸は決して里絵を狙うことはなく、バイクのみを標的にしていた。里絵の《排他》ももちろんバイクを包み込むように展開し、銃弾を防ぐ。
その瞬間、里絵は急ブレーキをかける。決して、タイヤがスリップしないように、横滑りしないようにバランスをとる。
「しまっ!」
音火は里絵のいきなりの行動に、反応が遅れた。
里絵のバイクと音火のバイクが接触しそうになる。接触すれば、反応が遅れた音火のバイクがバランスを崩し、転倒する。そう考えて、音火は体を右へ倒し、回避行動をとった。
音火の視界から里絵のバイクがいなくなる。音火は急いでバイクのスピードを落とし、180度反転し、音火のバイクを再び追おうとした。
しかし、里絵のバイクは音火のバイクのすぐ側をかすめるように過ぎ去った。ブレーキをかけた後、反転して逆方向へ里絵のバイクは逃げたと考えた音火はまた、裏をかかれた。
その隙を利用し、里絵のバイクは木がまばらに生えた森へ入る。ここに入ってしまえば、里絵と音火の両人は《加速》によってバイクを加速させることが難しくなる。
音火も負けじとバイクで森へ入る。
二つのバイクの速度は拮抗した。50mほどの間を開け、付かず離れずの距離を保っていた。
音火はその距離をなんとか詰めようと、里絵の方向へ銃撃を開始した。ただし、狙うのは里絵でも、バイクでもなく、里絵のバイクの前方、木の枝だった。的確に銃撃されたそれは、太い部分も多く、接触の仕方によってはバランスを大きく崩す可能性があった。
里絵は目の前に落ちてくる障害物を次々にかわしていく。
じわじわと距離を詰める音火のバイク。
里絵は勝負に出た。音火に銃撃され、たった今落ちた大きな木の枝を、避けずに、アクセルと《加速》を使い、飛び上がった。
自然と立ち乗りになる里絵。バイクの後輪は見事に枝の上を過ぎ、地面へ着地した。
「舐めないで!」
音火はそう叫ぶと、里絵同様に、バイクをジャンプさせた。
なんなく枝を飛び越える音火のバイクは、見事な着地を決めた。
さらに、音火はすぐにアクセルと《加速》によって、里絵のバイクに急接近する。
その瞬間、音火はバイクのシートに両足の底をつけ、バイクを操作していた《加速》をバイクではなく音火自身にかける。
そして音火は、バイクを勢いよく飛び出した。
里絵のバイクに単身で接近する音火。だが、里絵もその行動に気づき、《排他》を発動させる。
音火は重力に引っ張られ、次第に地面へ近づいていく。しかし、音火の目は今まで以上に真剣だった。
音火は腰の刀、「黄昏花」に手をかけ、一瞬のうちに居合を里絵の《排他》に向かって打ち込む。
「くっ……」
里絵の《排他》が突破され、解除される。守られるものを失ったバイクはあっさり、音火の左手に後部シート部分を掴まれた。
音火はさらに、両足を地面へつけると、まるで、鍬が土を掘り起こすかのように地面をえぐる。
音火の両足はバイクの速度を落としていく。
里絵は音火がバイクをつかんだことに気づき、蛇行するようにバイクを振る。
音火はその抵抗に抵抗し、左手でぐっとバイクを握る。
里絵のバイクは蛇行と、音火の両足のせいで、速度を落とすも、停止するほどではなかった。
音火の行動はまだ終わっていなかった。右手に持った黄昏花を逆手に持ち替え、高々と振り上げた。
「能力バカの馬鹿力、見せてあげる!」
音火のバイクを握る左手、刀を握る右手がすさまじい力で握られる。身術の《強化》によって一時的に強化された音火の腕は、握ったバイクのテール部分を握りつぶし、ミシミシという音を響かせる。
そして音火は、右手の刀をバイクの後輪めがけ、一気に突き刺した。
決して折れない一本の刀を差し込まれたバイクは、ピタッと止まり、地面をこすり上げていく。
里絵はハンドルでバイクを操作できなくなった。バイクはバランスを失い、ゆっくりを左へ傾いていった。
そして、里絵と音火はバイクと共に木へ衝突した。それでも二人の勢いは止まらなかった
《排他》で自身の身を守る二人は、ゴロゴロと転がっていく。
里絵の回転していた視界が、急に止まった。里絵はすぐに立ち上がり、抜刀できない刀を構えた。その瞬間、音火が黄昏花で斬撃を繰り出してきた。それを里絵は鞘部分で受け止めた。
二人はつばぜり合いの形になった。
「なんで、脱走なんか!」
「……邪魔しないで!」
次回「速度の遅いチェイス」




