立つ葵に、伏す茜
里絵と司はブリーフィングを受けていた。
以下、任務の詳細。
22日1900時、司、里絵両名は徒歩で縦仙基地から国境東側の森林地帯よりイーティル領土へ侵入。
そこから5日かけ、イーティル領土内の森林地帯をおよそ100km北進。
27日0000時以降48時間中無作為の時刻に巨大遮断結界を破壊。同時刻に無線により状況を確認。目標である初蟹基地攻略作戦の実行が可能と判断され次第、本隊がヘリから降下。初蟹基地を西側から奇襲。
本隊の攻撃を合図に両名は敵防衛線を東側よりかく乱。防衛線破壊後、基地内部を攻撃し、基地を無力化。本隊が基地を制圧完了し次第、ヘリにて縦仙基地に帰投。
敵領土内進行中、侵入が敵に露見された場合、直ちに西進し、敵国境内の戦闘地帯に合流し、その後縦仙基地に帰還。
目標である初蟹基地に近い地点で露見した場合、5km南西部の南初蟹市に潜伏。遮断結界破壊の混乱に乗じ同じルートで帰還。
潜入失敗時、無線返答は無し。
要するに、5日森を歩いて、待機して、攻撃する。ばれたら戦闘地域に横から攻撃してるように見せ、遮断結界の破壊を感づかれないようにする。南初蟹市の潜入も単独潜入兵として振る舞って誤魔化す。
その後里絵少尉への呪術【怨花】の詳細な情報の開示があった。
半能力、半物理的なツルを能力者の体から出し、それを使い戦闘する。
ツルは能力者であれば視認可能。はっきり見える人もいれば、あまり見えない人もいる。
ツルは再生可能。再生速度も速い。個人差はあるが一度に50本くらい出すことできる。
呪術士はツルからの感覚(触覚)は感じることができるが、痛覚は感じない。
呪術【怨花】を有するものは強力な身体治癒能力を有する。治癒能力の強さは身術《再生》と同じか、それよりも少し劣る。軽い擦り傷なら1〜2分、出血をともなう切り傷は5〜10分、肉まで到達する裂き傷は1〜2時間で完治する。
ツルを介しての刀術の使用は不可能。
呪術【怨花】の説明後、ブリーフィングは終了した。
「もう少しで縦仙基地に到着します」
ヘリの操縦士の声で司は目を覚ました。体に響くローター音。薄暗い機内。対面には里絵しずく少尉。離陸時にはまだ明るかった外は少しだけ暗くなっていた。
目をこすり、眠気を覚ます司。里絵を見ると本を読んでいた。家庭菜園の本だった。
「……その本おもしろい?」
「はい、とても興味深いです」
「そう」
「そういえば、司はなぜこの本を自分に勧めたのですか」
「別に意味はないよ」
「というと?」
「参考書や戦術書以外なら何でもよかった。ぱっと思いついたのが家庭菜園だった」
「そうだったんですか」
里絵の表情は「騙された!」って感じの表情ではなく、いつも通り冷静な表情がそこにはあった。
「だったら、ぜひ読みましょう。お貸しします」
「遠慮しとく。それにその本も借り物でしょ。又貸しになるよ」
「そうでした……」
貸出期間なら個人的な貸し借りは大して悪いことじゃないと思うが。これで黙り込んじゃう里絵も里絵だな。司はそんなことを思った。
時計を見ると時刻は1650時。作戦開始まであと2時間10分。
「基地に着いたらどうする?」
「装備を整えた後、仮眠を取ります」
作戦は夜に開始し、敵に見つからないためにも昼は動けない。必然的に昼夜逆転になる。
「賛成。早めに起きてシャワー浴びよ」
「カフェインを取るのも忘れずに」
「わかってる」
ヘリは何事もなく縦仙基地へ到着。二人は予定通作戦の準備と休息に入る……はずだった。
資料は一度ここで途切れる。音火は次の資料を手に取りながら、疑問に思う。
里絵少尉に呪術【怨花】の情報開示時に、開示されてない項目があった。
それは、【怨花】の能力者はだいたい20歳から25歳までの間で必ず「開花」と呼ばれる現象によって絶命するということだった。
文字通りツルが体を突き破り怨花の花が咲く。そして怨花は周りの人間を無差別に殺していく。
開示する情報には開示できるレベルがある。現に、怨花の開花については音火が直接里衣参謀から伝えられたものだった。この資料にはおそらく開花については書かれていないだろうと音火は思った。
音火は別の資料を手に取り、読み込んでいく。それは里絵と司が縦仙基地に到着してから起きた事件についての資料だった。
5月22日1700時
時刻は1700時。里絵は刀を見つめていた。
装備のチェックを終了した里絵だったが……。
(任務までに名前を決めておくこと)
里絵には物に名前を付ける習慣がなかった。
里絵は困っている。過眠をとる予定だが、司から出された課題を終えないことには眠るわけにもいかない……というように眉をひそめ、鞘に収まった刀を体の前にかざしたり、持ち上げたり、睨みつけたり、意味不明な行動をする里絵。
考えていても仕方がない。行動しよう。……そうだ、研ぎながら考えよう。里絵はそう思いついた。
刀を持ち部屋を出て鍵をする。この縦仙基地の研磨室は本部棟の近くにあったはず。少し遠いが里絵は気にする様子もなくそこへ向かっていった。
廊下を歩きながら里絵は刀のことを思い出す。
この刀は購入品。能力の発現が遅かった里絵は、軍学校に14歳で入学した。その時に購入した。
動術士や身術士が購入する最も一般的な刀である切断刀。多くの種類の中から選んだが、正直里絵にとってはどれでも良かった。
刀術自体は使えないのだから、どれを選んでも一緒だと考えたからだ。そのように考える動術士、身術士も少なくない。今も里絵のその考えは変わっていない。里絵は柄にゴム製のグリップを巻き、ストラップをつけて実用性に特化させた。そのくらいしかできることはなかった。
司が《印加》したときは赤色になったが、里絵も見るのは久しぶりだった。刀術士である司が使う切断刀は、里絵にとって恐ろしく強力に感じた。
里絵は研磨室に到着した。12畳くらいの広さ。研磨台が3つ床に固定されており、研磨に必要な砥石、溶剤や薬品は隅の棚に置いてあった。
早速里絵は刀を研ぎ始めた。
刀術士が作る刀は《印加》した状態では壊れることはない。《通力》しなくても普通の刀の数十倍の強度がある。だから研ぐには力と時間がいる。
別に、研ぐ意味はそれほど無い。里絵は3年間使ってきて研ぐのは3度目。軍学校の実技の一環で研いだのが2回。だから自らの意思で研ぐのは初めてだ。
里絵の手に力を入れる。
しんとした静まり返った部屋に一定のリズムが響く。
「名前……。どうしよう……。……たちあおい……」
司の刀の名を口に出してみる。あの刀は青色で、この刀と正反対だと司は言っていた。守護の能力と切断の能力も攻守で対になる。里絵は名前も対にできないかと考えた。
「たち……立つ……対義語は座る? 座るはおかしいかな……。じゃあ伏せる……伏す?」
里絵は、たちあおいの「たち」が立つという意味で合っているかわからなかった。断つや発つという意味もあるが……。
「あおいの対義語…。難しい。あかい…?」
あおいは花の名称。花の名前に対義語もないだろうともっともなことを考える里絵。
「じゃあ、色が入る花の名…………あかね……?」
合わせて……
「ふしあかね……」
(どうだろう……良いのか、悪いのか判断できない。たちあおいを参考にしたわけだし、司に承諾が必要だ。却下されたらどうしよう。色々考えておこうかな)
そうするうちに時刻は1708時になっていた。時間の経過が早い。もう少し研ぎながら第二案を考えよう。
(ドン……)
その瞬間、違和感のある音が響く。爆発音ではなく、壁が崩れたような音だった。決して大きな音ではなかったが、周りが静かなおかげではっきり里絵の耳には聞こえた。
刀の名前のことは里絵の頭から吹き飛んだ。音は近い。
里絵はすぐに戦う雰囲気をまとった。
里絵が察知した音の正体は…………。
次回 21話「孤独な戦い」




