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目覚まし時計がなってから

 

9月1日 1309時


 その部屋には二人の少女がいた。一人の少女は狭いその部屋の大部分を占めているベッドで眠っている。部屋自体は広くなく、生活感を感じるものが一切ない空間。ただ一つだけ、誰のものかわからない旧式の目覚まし時計がベッドのそばに置いてあるだけだった。時計の針は17時20分を指したままピクリとも動かない。


 仰向けに寝ている少女の周りに、呼吸を補助したり、心電図を示すような機械はない。深くゆっくりとした息をたて眠っているだけだった。しかし、穏やかに眠っていても彼女の形容は正常とは呼べなかった。彼女の顔には大きな傷跡が存在していた。右目のすぐ下から右耳まで伸びる傷と、左顎から喉元まで伸びる傷が彼女の顔面に痛々しく刻まれていた。


 もう一人の少女はベッドの傍らにある丸椅子に座り、落ち着いた手つきで知恵の輪を解いていた。金属でできたそのパズルは、カチャカチャと部屋に不規則で心地いい音を響かせていた。


 パズルを解く少女の名は音火希梨。年齢は20歳ほど。少し紫ががった黒色の髪は肩にかかるくらいの長さでゴムで結び、まとめてある。戦闘服を着こなし、落ち着いた雰囲気で、冷静に手を動かす姿は冷たい印象はなく、暖かく安らぎを与える姿そのものだった。



挿絵(By みてみん)


 彼女は考えながらというよりも、無造作に、とにかくパズルを動かすようにして解いているが、進展がなことに脱力し、静かに手を止めた。そしてベッドに横たわるもう一人の少女に目を移す。


 彼女へ向ける目は優しさが半分、そしてもう半分が知らない人へに対しての興味に満ちていた。


 眠り続ける傷跡だらけの少女の名前は里絵しずく。黒髪でセミロングの髪、背は音火よりは少し小さいくらいだが、女性の身長としては低くないほど。薄いピンクの患者衣を着用している。

 寝ている彼女に表情はない。しかし音火にはほんの少しだけ不安そうな表情に見て取れた。



「あなたはどうしたら目を開けるの? 夢から覚めないのは現実に希望がないから? 夢にしか望みがないから?」



 別に返事を期待する言葉ではなかった。夢を見ている彼女に届くように言った言葉でもなかった。音火の口からこぼれたただの独り言。


 部屋の中がしーんと静まり返る。音火はふと椅子から立ち上がり、扉へ向かい、開ける。そして、部屋から退出する瞬間ーー



「ジリジリジリ……………………」



 耳を刺す音に驚き、とっさに部屋の中を振り返る音火。音は振り返った瞬間には消えていた。目に入る光景に変化はない。そこにはベッドと少女と壊れた目覚まし時計があるだけ。



「……びっくりした…………」



 音火は壊れた時計が一瞬でも音を発したことに疑問を持たなかった。



(珍しいこともあるもんだ)



 その程度しか頭になかった。


 音火は部屋からでて、そっと扉を閉めた。



「今日も変わらず」



 再び独り言を発する音火。その言葉はすこしの寂しさからでたものだった。


 








9月2日 0911時


 今日も部屋には里絵しずくの一人相も変わらずベッドで眠っている。見舞いが日課になってしまった音火も今日はまだいない。4ヶ月以上変わることのない光景。


 だが、今日は、今日だけは違った。


 ゆっくりと……ゆっくりと目を開ける里絵。虚ろな目は焦点が合わない天井を見ているだけだった。虚ろな表情のまま里絵は少しだけ首を右に傾け、部屋の壁を見る。目に入るのは一つの目覚まし時計。


挿絵(By みてみん)


「……………………」


 表情に変化はなかった。次第に景色に焦点が合っていく。だがしかし、彼女の表情は虚ろなままだった。夢のなかに何かを忘れてしまってきたように、持っていた何かを失ってしまったように空っぽだった。





 

 そして、物語は動き始める。いや、「再び」動き始める。

音火は目覚めた里絵のもとへと急ぐが……


次回 第2話 「お目付役の任務」

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