知っていく二人
司は里絵の攻撃に対処した。とっさに刀を握っていた左手を離すと、ナイフの刃をその左手でそらした。里絵が突きたてたナイフは司の右肩をかすめただけだった。
攻撃に失敗した里絵は急いで司から離れようとした。
司の持つ切断刀の先を《固定》し、一瞬のスキを作れる。しかし、司は切断刀をすぐに離し、手を腰に回し、守護刀たちあおいで居合の姿勢を取った。
里絵は《排他》も《加速》も間に合わないと判断し、とっさにナイフを構える。司のもつたちあおいから居合が放たれ、それをナイフで受け止める。刃どうしが当たった瞬間ひねるようにナイフを回転させ、切断されないように対処する。しかし、ナイフは衝撃に負け、折れる。鈍い音がこだまし、折れた切っ先が飛んでいく。
「残念でした」
司が言う。里絵は銃もナイフも失った。
司は刀を収める。
「ここまでやるとは思わなかった。正直驚いた。ちゃんと考えた結果だね」
「ありがとうございます……」
「ごめんね、ナイフ壊しちゃった」
「大丈夫です。使い込んだナイフですから壊れてもおかしくありません」
「予備持ってる?」
「持ってないです。購入しようとは思ってましたが」
「じゃあ、私の貸してあげる」
司は腰から一本のナイフを出す。一見普通のミリタリーナイフだった。
「良いんですか?」
「いいの。私には呪術があるからあまり使わないし」
「ありがとうございます」
「折れた方のナイフはもらっていい?」
「はい」
折れたナイフを拾い上げる。ナイフは刀身の半分を残して二分されていた。切り口はギザギザしていて、切れたのではなく、千切れたという感じに見える。
「あ、それと……」
「え……」
司が何かを思い出したかのような表情をした。
「くすぐるの忘れてた!」
素早く里絵の両脇に手を入れる。本日3回目のくすぐり。
「やめてええええええ」
里絵の悲鳴がこだました。
「はっ!!」
里絵は夢から覚め起きた。
場所は変わっていない。遠くの空まで見渡せる場所だった。里絵が夢を見る前より少しだけ暗くなっていた。
「はぁ……はぁ……」
里絵は落ち着かなかった。
里絵は思う。
記憶が断片的に戻ったことは何度かあったが、これほど長い期間のことを思い出すのは初めてだ。頭がパンクしそうになる。でも、思い出した記憶は新しく説明されたことよりも、すんなり頭に馴染んでいく。自分の記憶として納得がいった。
里絵は呼吸が落ち着くと、バイクへまたがり、エンジンをかけた。
ふと、バイクの脇にさしている刀に目がいった。触れられない刀。里絵は疑問に思った。とっさの時に刀の柄を握れなければ、どうしよう……と。
恐る恐る刀に手を伸ばす。そして触れる。
「あれ……」
思わず声が出る。簡単に柄を握ることができた。柄を握りながら、刀を手元まで持ってくる。刀に触れることができない場所はなかった。いつの間にか刀に触れることができた。
しかし……
「あれ……」
鞘から刀を抜こうとしても抜くことができなかった。これでは少し重たい木刀と大差ない。握ることはできても、まだまだ武器として使えるものではない。
里絵は肩を落としながら思った。今手元にある刀は任務中に自分が持っていた刀ではない。じゃあ、この刀は……。
里絵は刀を再びバイクへ差し込むと、バイクのハンドルを強く握った。
任務全てを思い出す日も近いと、里絵は直感的に感じていた。
そして里絵はバイクを発進させる。
音火は資料の約4分の1ほどのを読み終えた。
里絵と司との出会い。それが例の任務の始まりだった。里絵が記憶をなくすきっかけの始まりだった。
音火はふと時刻を確認する。1849時。
「あっ……」
1920時には本部からヘリを使い、里絵の目的地と思われる縦仙基地へ向かうことになっていた。
音火は急いで移動する準備を始めた。それは大部分が戦闘の準備と同じであった。ハンドガン、ナイフ、そして愛刀である「黄昏花」。それらをまとめていく。
しかしながら音火は一刻も早くさっきの資料を読みたい気持ちでいっぱいだった。
それを必死に押し殺しながら準備を進めていく。
「ヘリの中で続きを読も」
音火は一人つぶやいた。
同日1925時
音火はヘリの中にいた。すでに離陸しているヘリの中で再び手にする資料。その中に羅列してある情報を頭に入れていく。同時に思い描かれる任務の様子。里絵しずくと司唯の様子。
里絵と司は手合わせの翌日に、任務の詳細に関するブリーフィングを立参謀のもと、行った。それが終わると、今の音火と同様、二人はヘリで縦仙基地へと向かった。
だが、二人が縦仙基地へ到着後に、ある事件が起こる。これが、音火が口にしていたイレギュラーの一つ目だった。
縦仙基地で里絵と司を襲った事件とは……?
次回 18話「立つ葵に、伏す茜」




