抜き打ちな戦闘
「起きられる?」
「はい……」
司はさっきと同様に里絵に手を貸す。
「……一つよろしいでしょうか」
「どうぞ?」
「なぜ、呪術を使われなかったのでしょうか」
「今日私たちが戦ったのは刀術士の巻き髪だったし、明日の任務で遭遇する可能性はある。刀術士との戦闘は慣れとくべき。まあ、久しぶりに刀術だけで戦いたかったってのもある」
「なるほど」
里絵と司の手合わせはその後、緩やかなものとなり、お互いの能力の見せ合いになった。そうなったのも、里絵が動術士、司が刀術士であり、司が訳あって他の能力についてあまり詳しくなかったからだった。
「司は《排他》と《加速》の指輪は持ってないのですか?」
「まあ……軍学校を卒業してないからね……経歴は知ってるんでしょ?」
「はい。」
もともと有効な防御を持たない刀術士は軍学校卒業時に《排他》と《加速》の能力を宿した指輪を寄与される。この指輪も刀術《付加》によって作られる。要は、刀でなくとも金属であれば《付加》できる。ただし、刀以外の特に刃物以外の金属に入力するのは至難の業で、大量に存在するわけではない。
刀術士が特殊な指輪を利用し《排他》と《加速》を使うことはイーティル側も同じだった。巻き髪が刀術士であるのに《排他》と《加速》を発動させていたのはこれを利用していたからだ。
「《守護》の能力のたちあおい、【怨花】もあったからね……事足りたかもね。そういえば、里絵の刀は何の能力? 見せて」
「一般的な《切断》の能力です」
里絵が腰から刀を鞘ごと抜き、司に渡した。鞘は黒色、柄は黒いゴム製のグリップで滑らないようになっている。さらに手に結ぶストラップまでついていた。実用性に特化した仕様になっている。
「ストラップまでつけてるのね」
「動術士といえど、戦場で刀を手放したときが死ぬ時だと教えられました」
「さっきはそれが敗因だったけどね」
司は皮肉を言いながら刀を抜く。
「ちょっと《印加》してみてもいい?」
「構いません」
司は刀に集中して、力を注ぐ。刀身が薄い赤に染まっていく。
「私のたちあおいの青とは正反対の赤色……きれい……」
「たちあおい?」
「私の愛刀の名前。で、この刀の名前は?」
「名前は決めていません」
「うっそ!」
司が驚きの表情をを見せた。
「なんで決めないの! 刀がかわいそうだよ! 信じられない!」
「……義務がないので決めていませんでした」
司の反応に里絵は少したじたじになった。
「ほとんど義務みたいなもんだよ! 任務までに名前を決めておくこと!」
「は!」
「今まで名前をつけてなかった罰は、この刀を使う私との戦闘で許してあげよう」
刀を構える司。里絵が驚く。
「え、ちょっ……」
「敵は待ってくれないよ!」
言うと同時に司は横に一線、振り切る。里絵はとっさに《排他》で防ぐ。司はさらに追い込みをかけようと接近しようとするも、里絵は《加速》し、司から距離を取る。
「抜き打ちですか」
「びっくりした?」
優しくにやける司。
里絵は銃を抜き、反撃する。司は呪術《怨花》を発動し、ツルを出現させ、銃弾を防ぐ。
「切断の刀だと遠距離攻撃ができるからいいよね」
司は刀に力を込め、大きく横に振りぬく。斬撃は空中を飛んでいき、里絵を襲う。が、その斬撃も《排他》のせいで里絵には届かない。
「この刀、能力切断もできそうだね」
「できます」
能力つまり《排他》などの能力効果も切断できるということ。動術、刀術、刀術で《印加》した能力が作用するのは、物理、能力、概念という順に高難度になる。《操作》なら《物理操作》《能力操作》《概念操作》の順に難しくなるし、《切断》でも《物理切断》《能力切断》《概念切断》の順でやはり難しくなる。
刀をまっすぐ里絵に向け、突く。狭い範囲に力が収束された斬撃が里絵を襲うが、里絵は危険を察知し、かわした。
「それだったら……」
司はツルを伸ばして里絵を攻撃し、動きを止める。
もう一度、突きの斬撃を飛ばす。
里絵の表情に力がこもる。全力で《排他》し、この斬撃も防ぐ。
里絵がこっちに弾丸を撃つ。だが、狙ったのは私ではなく、少し逸れたツルの根元だった。
ツルの数本が銃撃によって切断され、里絵の拘束が解かれた。
「ほう」
里絵の戦い方はセオリー通りだが、判断は速い。読みやすいだけで、決して弱くはない。司はそう評価していた。
里絵がさらに距離を取り、戦闘が一時的に中断する。
「離れてるだけじゃ、いつまでも有利にはならないよ」
「は!」
「相手の思考を読み、自分の行動を悟られず、最後の最後に相手に一撃を食らわせる! この言葉、脳に刻み込め」
「は!」
「さあ、この言葉を聞いた上で、どう攻める?」
里絵が黙り込む。
「その表情良いね」
司が言う。
里絵は思った。
今自分が持っているのは残弾9の銃とそのマガジン、一般的なミリタリーナイフのみ。一方、司には呪術のツルに守護刀、切断刀まである。
(相手の思考を読み、自分の行動を悟られず、最後の最後に一撃を食らわせる)
この言葉を脳に刻み込めと言われた。ひと時も忘れないようにしよう。
遠距離で何とかできるほど、この状況は甘くない。ならば接近するしかない。
遠距離の相手に接近する手段の一つは、《圧縮》と《膨張》の爆発で一瞬、視界のスキを作ること。けど、それは司もわかっているはず。どの術士もミリタリーナイフを常備していることは司も知っているはず。
「自分の行動を悟られず」……。今、銃でできることは少ない。でも、銃を銃として使わない方法もないわけではない……。
里絵は銃のマガジンを交換する。これで里絵の銃の残弾は30発になる。
里絵は銃を司に向け、静かに、ゆっくり構えた。
一瞬の静寂。そして里絵は司の周りに存在するツルの根元を狙い、銃弾を一気に10発撃ち出す。銃声が施設内にこだまする。銃弾はすべてヒットした。
里絵は瞬間的に《加速》し、司にあと5mのところまで接近する。ツルに囲われそうになるも、距離を維持しながら銃でツルを撃ち、それを回避する。
残弾残り10。そしてこの残った10発を全力でツルではなく司に掃射する。掃射はやはりツルに阻まれ、司に届かなかった。残弾0。
残弾が0になったのにもかかわらず里絵の表情は諦めを見せていない。
里絵は左手を腰にまわし、マガジンをつかむ。その瞬間に《圧縮》と《膨張》で里絵と司との間に爆発を発生させ、視界を遮る。
里絵の怒涛の攻撃に司は動揺などしなかった。里絵が爆発を生む前に、マガジンをとる動作を司は見逃さなかった。その動作から里絵は再び距離をとって銃撃してくると司は判断した。
司は一瞬見えなくなった、ある程度距離をとったであろう里絵に向かい斬撃を飛ばす。
しかし里絵は距離をとることなく、その場にとどまっていた。司からの斬撃をかがむことでかわし、銃とマガジンを捨て、ミリタリーナイフを腰の後ろから抜いた。さらに《加速》と《浸食》で司に体当たりし、ツルの隙間にナイフを突き立てる。斬撃を振るったせいで切断刀は司の体の前には無かった。
「なっ!?」
司は里絵の予想外の攻撃に目を見張った。
里絵の握るナイフが司の首元へ迫る。
司との戦闘……果たして結果は!?
次回 17話「知っていく二人」