呪術【怨花】の戦い方
「さあ始めましょ」
言うと同時に司は里絵に接近し、複数のツルで攻撃し始める。里絵は《排他》し、攻撃を防いだ。
「結構硬いね」
司は戦闘中であるのに軽い口調で里絵に話しかける。司が言った「硬い」というのは里絵の《排他》の強度のことだ。
里絵は《加速》して司から距離をとる。司はすかさずツルを伸ばすが、司を中心に円を描くように里絵は動き、回避する。
里絵は沈黙を貫いていた。
「つまんないなあ、おしゃべりしましょう」
「戦闘中です」
そう言うと里絵はハンドガンを抜き、こちらに銃口を向ける。
「ほう」
司が感心したような声を出す。
里絵は銃弾を3弾撃ち、それらを《加速》させる。動術士の戦闘法の一つ。
司の周りにあるツルが銃弾をはねのける。
「やるねぇ、けど実弾でも良かったのに」
司はツルからの感触から実弾ではなく、ゴム弾であると察知した。
「訓練での実弾の使用は禁止されています」
「お堅いねえ。みんなやってることだよ」
里絵は動きを緩める。そしてツルの攻撃を刀と《排他》で対処する。何本かのツルが切断される。
呪術【怨花】の特徴の一つに、ツルから伝わる感触は感じるが、痛覚は感じないというものがある。
「ツルを切っても痛くもかゆくもないよ」
【怨花】の呪術士にとって、ツルを増やすことは造作もない。
その時、里絵と司の間の空間が歪む。その瞬間、爆風が司を襲う。砂埃が舞い、里絵を見失う。動術の《圧縮》と《膨張》を使う破裂攻撃。空気を《圧縮》後に《膨張》させ、爆発を生む攻撃方法だった
だが、司は動じなかった。
「後ろなのは丸わかり」
そう言うも司は振り向かなかった。
司の背後に回り込んだ里絵は、反撃するツルを刀で次々に切断しながら《加速》で接近し、あと2mというところまで来ると、《排他》で身を守りながら《浸食》で刀をツルの隙間にねじ込む。
「良い攻撃だけど、残念でした」
里絵の刀は司のうなじにあと1cm届かず、ツルに動きを封じられていた。
里絵は距離を取ろうとするが、退路もツルに封じられ周りをどんどん固めらていく。必死に《排他》で身を守ろうとするが、排他領域も徐々に押しつぶされていく。
司はふと何かを思いついたような表情を見せた。
里絵の排他領域が崩壊する瞬間に、ツルで里絵の脇の下を刺激する。すると里絵は目をカッと開け、次の瞬間、
「あははははははは……やめ…ちょっ……くふふふ……あははははははは!」
と悶絶する。目は涙ぐみ、口を大きく開けて、表情は弛緩しきっている。
司のくすぐりは10秒くらいで終了した。里絵のとっては長い10秒だったろう。
「うぅ……ずず……はぁ……はぁ……」
うめき声、鼻をすする音、荒い息が聞こえる。里絵は地面にうずくまったままプルプルしてる。
「大丈夫?」
「は……い……」
「立てる?」
「はい……」
「まだやる?」
「はい……」
「……怒った?」
「いえ……」
司は里絵に手を貸してあげた。里絵の息は落ち着いてたが、目に涙をいっぱいに貯めていた。
「負けました。今の戦闘の評価をお願いします」
「能力値、戦闘方法は悪くないが、いかんせん教科書通りって感じ。だから読まれやすい。実戦経験はあまりないんじゃない?」
「その通りであります。軍学校を卒業して4ヶ月です」
「卒業直後でこれなら優秀な方だが」
「ありがとうございます」
「次は刀術だけで勝負してあげる。里絵は動術もありでどうぞ」
「は!」
「こっちは擽る気で行くからね」
「……は!」
里絵の返答に一瞬間があった。
二人は再び施設中央で対峙して構える。司は愛刀「たちあおい」を右手で握る。《守護》の能力を持つ司自身が打った太刀だ。
司は刀術の一つである《印加》を発動させる。たちあおいの刀身が薄い青色に染まっていく。刀術士が作る刀は作る人によって個性的な色がつく。常時色づく刀もあれば、《印加》時のみ色づく刀もある。たちあおいは後者だ。
「剣術に自信はある?」
「最低限の実力はあるつもりです」
「結構」
そう言うと司はすかさず里絵に接近し、刀を振り下ろす。
里絵は刀と《排他》で防ぐ。
里絵は刀をいなして、《加速》し、司の後ろに回り込む。司は今、刀術しか使っていないため、身体能力は人並しかない。動術士に《加速》されてはスピードで勝てるはずがない。
「残念でした」
後ろからの里絵の一振りを刀で受け止める。里絵が目を見張る。
里絵は後方へ跳びながら、銃で攻撃する。
「苦手だけど!」
放たれた銃弾6発をすべて刀ではじく。《守護》の能力を持つたちあおいだからできる芸当。
距離を置いて、二人は硬直する。
「やっぱり楽しいわ。単独潜入兵は生き残ることが最大目標。こういう手合わせは殺し合いじゃないから気負わない分楽しく感じる。そう思わない?」
「……あまり考えたことがありません」
「じゃあちょっと気にしてみて」
司はじりじりと里絵との距離を詰める。
「かかってきな」
言い終わるのと同時に里絵が急接近する。そして司は一撃を受け止める。速さと威力にたじろいてしまう。里絵はまたすぐに《加速》し、今度は後ろに回り込む。司の体が里絵に向く前に攻撃を刀で防がれる。里絵は少し距離を取り、銃で10発撃ちこむ。司は刀を盾のように使い、刀身の面で銃弾を受ける。処理はぎりぎりだった。気が付くともう里絵は目の前にいなかった。
また後ろ! と思うも間に合わないと判断し、刀で頭上からの攻撃から守るように構え、姿勢を低くする。頭の上を風が起こる。見えなかった斬撃は横からだった。
「ラッキー」
すぐに振り向き、司から見て右にそれた里絵の刀を、地面に叩きつけるように刀で打つ。
地面に里絵の刀の先端が刺さる。さらに、刺さった刀の先を踏みつける。刀と右手がストラップで結ばれている状態の里絵は無防備な状態になった。致命的な隙だ。
司の持つたちあおいの切っ先が里絵の首元へ……。里絵の負けが決まる。
「ということで……」
里絵が体勢を立て直す前に、司は無防備な脇の下に両手を伸ばしダイブする。
司の訓練はそっとやちょっとじゃ里絵を離してくれない。
次回 16話「抜き打ちな戦闘」