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司結という少女


5月21日1802時(里絵が目覚める約3ヶ月前)





 里絵しずく少尉は縦仙基地近郊にいた。


 辺りはまばらに生えた気が目立つ地帯。視界は悪かった。


 エイシェ国の戦闘服を身につけ、黒髪のショートカット、一本の日本刀を帯刀する里絵。

里絵には表情はなく、どことなく硬い、冷たい印象があった。


挿絵(By みてみん)


 周りを警戒しながら、速くない速度で走りながら、誰かを探している様子を里絵は見せていた。


 そして、遠くから人の声がかすかに聞こえてくる。それに反応した里絵は、すぐさま動術の《加速》を発動させる。


 木へ衝突しないように丁寧な動きで回避しながら、それでも十分に速い速度で声のもとへ急行する里絵。


 しばらくすると、対象が目に入った。

 



 イーティル国の戦闘服を着た戦闘員が、エイシェの戦闘員を地面に押し倒し、両者、ジリジリと刀どうしを押し込み、つばぜり合いになっていた。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)


 すぐにエイシェ側の戦闘員が圧倒的に不利だということがわかる。里絵は、《加速》によってついた速度を減速せずに、抜刀し、そのまま敵戦闘員に突撃した。



 だが、敵戦闘員はすぐに里絵の接近に気づき、里絵から放たれた斬撃を刀で受け止めた。同時に、下にいたエイシェ戦闘員からの攻撃を予期した敵戦闘員はすばやく、体勢を変え、その場から距離をとった。同時にエイシェの戦闘員も、ただちに地面から起き上がり、刀を構えた。



 敵戦闘員は女性だった。茶色のウェーブのかかった髪、上品な顔立ち、この状況でも嬉々として獣のように敵を狙う目。その女性の本名は不明。通称「巻き髪」と(エイシェ側で勝手に)呼称される敵国イーティルの戦闘員だった。


挿絵(By みてみん) 


 その巻き髪が見つめている少女、エイシェの特殊戦闘員の戦闘服を身にまとい、長い黒髪をなびかせる。その幼く、整った顔立ちには汗が見え、余裕はなさそうに見える。


挿絵(By みてみん)


 少女の名は、司結つかさゆい少尉。里絵が今、保護するべき対象である。



「やっと届いた……。遅かったじゃん、援軍さん」



 司は余裕がないにもかかわらず、そう口にした。



 里絵は敵である巻き髪からどう司を遠ざけるかを考えていた。が、すぐに答えは出てこなかった。先手を取られる前に里絵は巻き髪に対して戦闘を仕掛けた。


 里絵が巻き髪の方向へ《加速》する。両手で握る刀は巻き髪対しまっすぐに突き進む。



「とんだ邪魔が入りましたわ」



 巻き髪は露骨に苛だちの表情を見せながら、脱力したように里絵からの斬撃に対処していく。



 その時、背後にいた司が里絵に対して



「援軍さん、少しそのまま!」



 と言い放ち、言うと同時に、体に力を込める。

 司は呪術【怨花】を発動させた。司の体の中から込み上げてくる実体を持たない植物のツルは、複数本も発生し、広がり、巻き髪と里絵のいる方向へ高速で伸びた。



 「今回も決着がつかなくて……」



 しかし巻き髪はその攻撃に一切動じることなく、里絵との戦闘を拒否し、距離をとるようなそぶりを見せた。


 里絵は巻き髪から戦闘の意思が消えたと確信した。里絵としては、司結の保護が確定するため好都合と考えた。


 里絵は、巻き髪に対し足蹴りを放った。巻き髪は《排他》を発動させ、里絵の攻撃を防ぎ、蹴りの勢いで二人との距離が空いてしまった。



「ちょっと!」



 司が驚きの声をあげた。里絵の行動を理解できなかった故の驚きだった。



「また会いましょう」



 巻き髪は《加速》を発動させ、消えるようにその場を後にした。辺りの緊張が溶けていく。



「なぜ逃がした! 理由を答えろ、援軍さん」



 司は里絵に問い詰めた。



 里絵ははしばらくの間、周りを警戒していたが、やがて司の方向へ振り返り、敬礼する。



「自分は里絵しずく(りえしずく)一般能力戦闘少尉であります。本任務の達成条件は司中尉への合流とその保護であり、敵目標の殲滅は達成条件にありません」



 里絵の顔に表情はなかった。里絵の目には呪術である怨花のツルが目に入っていた。半透明に透ける無数のツルは常にうごめき、不気味な様相を見せていた。



「達成条件じゃないから殲滅しないってことか」



 司がさらに聞く。



「そうです」



 里絵は迷いもなく答える。司はここで巻き髪を倒すことを考えていたのだろうか。里絵はそう考えるも、すんなり理解はできなかった。



「お堅いねえ、そんなんじゃ手柄は立てられないよ」



 里絵は司の煽るような言動に対して何も感じることはなかった。里絵の表情は変わらない。その目はただただ司に向いているだけだった。


 司は呪術の発動を解く。消えるように薄くなりながら、宿主である司の体へ戻っていくツル。さらに司は前髪を留めてあるヘアピンをはずす。黒い前髪がさらりと揺れ、髪先が目元に落ち着く。




「助けてくれたことには感謝する。このまま縦仙基地へ向かう。同行を求める」



「は!」



 里絵がハキハキと答える。


 司は回れ右し、里絵に背を向ける。二人はその場を後にした。


 辺りは、さっきよりも暗くなった。弱く吹く風は、里絵の前髪を揺らし、額をくすぐった。










 里絵と司はその後、縦仙基地へ帰投した。二人はすぐに軍本部へ出頭するようにとの命令を受ける。

 里絵は縦仙基地の司が休憩している部屋の前にいた。2100時にヘリで本部へ向かうことになっている。現時刻は2025時。


 里絵はヘリへ向かうのにはちょうどいい時間だと感じていた。


 里絵は部屋の扉にノックをした。微かに、部屋の中から送風音、ドライヤーのような音が聞こえていた。



(コンコンコンコン)



「はい」



 部屋の中から司の声が聞こえた。



「里絵少尉です」



 里絵はハキハキと名乗った。



「どうぞ」



 入室が許可された。



「失礼します」



 里絵少尉がきびきび部屋に入ってきてドアの前に直立する。



「お迎えにあがりました」



 里絵はそう言い、司の方を見た。


 司は今まさに、シャワーから上がってきたと言わんばかりに、バスタオル一枚だけを身につけ、まだ濡れている長い黒髪をドライヤーで乾かそうとしていた。当の司はそんな格好を他人に見られることなど問題ないと言うような表情で、こちらを見返していた。



 里絵は司のその格好に一瞬だけ動揺した。



司の半裸を目にする里絵……。里絵の反応は? 司の反応は?


次回 15話「届かない声」

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