イレギュラーからの手紙
里絵両腕から伸びる黄昏花の切っ先は音火の首元ぎりぎりで止まっていた。刀を止めていたのは音火が発動させた動術《排他》だった。
音火は、両肘と尻と地面へつけ、動けずにいた。
音火が打った斬撃は、里絵が持つ黄昏花によって弾かれた。その勢いで音火の持つ刀は手から離れ、二人から5mほど遠くに転がった。
息を切らす音火と里絵。部屋は二人の息使いのみがこだましていた。
お互いがお互いを見つめる。里絵の目はいつのまにか正気に戻っていた。じっと音火を見つめている。
「まっ……参りました……」
能力無しでの模擬戦闘。ましてや一人は能力を使えない状態で、もう一人が能力を使用した。これだけでも音火の負けは目に見えていた。ましてや、二人の体勢を見れば、誰がどう見ても里絵の勝利に違いなかった。
「はあ……はあ……っはぁ……」
里絵は未だに苦しそうな息使いを見せている。握る刀の先端はまだ音火の首元にあった。
音火は里絵を見つめていた。里絵は音火を見下ろす形になっていて、長く重みのある黒髪が顔に影を作らせていた。
「髪、切ろっか」
音火は里絵に言った。その言葉に恐怖も、嫌悪も、憐れみも一切無い。親しみだけがその言葉を作っていた。
「はぁ……はぁ…………はぁ………………短めがいいかな……」
里絵は音火の言葉に答えた。そして、体勢を戻して、黄昏花を納刀する。
さらに右手を音火の前に出した。起こしてあげる、のサインだ。
「ありがと」
音火は里絵の好意に甘え、右手を出し、里絵はそれを引いた。
「まだ、やる? 負けちゃった人が言うもんじゃないけど」
疲れが一気にきたのか、里絵からどんどん気力が抜けていく。
「もう……いい。なにか思い出せたわけじゃないけど……もう……いい」
里絵はその場にへたり込んだ。足腰立たないというのだろうか、自然と女の子座りになり、首をうな垂れた。さらにぷるぷると全身を震わせながら、重たいはずの黄昏花を鞘ごと腰から抜き、手だけ動かし、音火に渡すそぶりを見せる。
「あ、どうも…………立てる?」
「む……むり……」
二人が部屋を退室するのに20分も時間がかかった。
里絵は音火との模擬戦闘の後に、仮眠をとった。身体的な疲れと、精神的なストレスも、一度眠ることで大きく和らいだ。
ベッド脇にある時計を見ると、針は17時20分を示していたが、それが現時刻ではなく、止まってしまった時刻であることに里絵はすぐ気がついた。
里絵は体を起こした。
窓から差し込む光の強さを考えると、14時くらいだろうか。そんなに長い時間は寝ていないが、すごく体が軽い。そう里絵は思った。
ふと、膝下に何かが置かれているのに気がついた。
それは小さな紙だった。四つ折りにされた真っ白な一枚の紙。外側に「里絵しずくへ」と雑に表記されていた。少しだけ開かれた隙間から、文字の一部が見えた。内容はわからなかったが、マジックのようなもで大きく、太く書かれたメッセージに見える。
「手紙……?」
里絵は不思議で不自然な手紙に手を伸ばした。だが、触れるより前に手が止まった。
明らかに自分へ向けたメッセージ。音火少尉からではない。こんな雑紙が軍からの公式な文書なはずもない。差出人不明。さらに、この紙を置けるのはこの部屋に立ち入ることができる者だけ。
無断で開けてはならないもの、それくらいは里絵にも判断できた。しかし……。
里絵は躊躇なくその紙に触れる。
この紙を開けずに報告すれば、絶対と言っていいほど、そのメッセージはは里絵の元へ届かない。軍の目をしのんで里絵へ伝えるための手紙であることに間違いはなかったからだ。
四つ折りになった手紙を開き、そしてもう一度開く。
手紙に書かれていたのは、一言だけだった。しかし、それだけでも、里絵を動かすには十分すぎる内容だった。
里絵が手にした手紙の内容とは……
次回 11話「触れられない刀」
11/27 21:30頃更新