体が覚えている
9月3日0945時
「呪術【怨花】…………」
里絵は噛みしめるようにその言葉を口にした。
「私もこれ以外の能力は知らない。これだけ呪術【怨花】であって、「呪術」じゃないところを考えると呪術は複数存在して、それぞれ独立してるのかも…………って知り合いが言ってた」
「その能力についてはどこで?」
「本部からの情報開示で知ったの。そういう秘密事項は、普段必要とされないとされる戦闘員には知らされないけど、緊急時や、必要とされた時のみ開示される。今回私は、里絵少尉と行動をともにすることについて、知る必要があると判断されたみたい」
「どんな能力かも説明された……の?」
「うん、ある程度は説明された。術者の体の中に、ある花を宿して、そのツルを操って戦闘する能力。花と言っても、半分物理で、半分能力みたいな曖昧な存在。人によってははっきり視認できる人と、よく視認できない人がいるみたい。自分は見たことがない」
「司結中尉の所属? 分類? が特殊戦闘員だったのって……」
「そう、呪術【怨花】を所有してるから。怨花について説明することはまだあるけど、また今度にしよ。一気に説明するのはちょっと気が重くて……」
音火はまた遠い目をする。
呪術……つまり呪い……あまり気持ちいい能力でもないのだろう。里絵はそれ以上聞かなかった。
「じゃあ、練習を再開してもいい?」
里絵が尋ねる。
「もちろん!」
音火は満面の笑みで答えた。
あれぇ……
瞳が赤く染まった音火は切迫しながら、心の中でそんな言葉を漏らした。
VS
音火と里絵は刀による激しい戦闘を繰り広げていた。そう、激しい戦闘を。
里絵の握る黄昏花から放たれる、無数の斬撃。その一つ一つが素早く、重かった。狙い場所などは直球で、次の斬撃が読みやすいが、さっきまでの素人同然の刀さばきとは次元が違っていた。
というか、腕、腰、足はどうなってるんだ!? さっきの手合わせで乳酸地獄になってるはずなのに!!
音火は里絵からの攻撃にいっぱいいっぱいになっていた。
「急にどうしたの!? さっきとはまるで別人!!」
鬼気迫る声が出たが、里絵には届いていなかった。
度を越して集中している。まるで、この戦いの向こう側の何かを求めるように……。
そして、二人の持つ刀は鍔迫り合いの状態になった。
ギリギリと刀を押し付ける里絵。音火はその力に負けていた。
力で勝てないと判断した音火は刀をさっと外し、素早く里絵の横に逸れた。
だが、里絵もすかさず音火を狙い、斬撃を振るい続けた。
「熱くなりすぎ! ちょっと落ち着いて!!」
里絵の顔つきがみるみるうちに強張っていく。汗が滝のように吹き出している。さらに里絵の両目は焦点を外していて、もはや音火を見ていなかった。
音火じゃない誰かと戦っている。
「里絵少尉!!」
里絵は少しだけ幻を見ていた。
目は開いているのに、何も見えない。いや、本当は見えている。
記憶の向こう側にいる敵。昨日少しだけ思い出した人。姿を見て感じるのは、焦り、恐怖、そして悔しさ。
声が聞こえてきた。声は向こう側からでなく、こちら側、後ろから聞こえてきた。敵ではない声。
「そんなんじゃ手柄は立てられないよ」
「能力値、戦闘方法は悪くないが、いかんせん教科書通りって感じ。だから読まれやすい。実戦経験はあまりないんじゃない?」
「相手の思考を読み、自分の行動を悟られず、最後の最後に相手に一撃を食らわせる!」
そう、この声の人に自分にはなかったものを見た。自分にはなかったものを教えられた。
自分にはなかったものをもらった。
声を聞いて感じるのは、嬉しさ、楽しさ、悲しさ……。
思い出したい!
思い出さなければならない!
でも、思い出せない!
手を伸ばしても、走っても、届かない!
「ゆい!!」
里絵の動きが変わった。
刀だけではなく、手、足、体全体を使って、相手を倒そう、いや、殺そうとする動き方に変化した。
音火の握る刀の肢を、音火の手ごと左手で掴み上げる里絵は、さらに右手の黄昏花で音火の腹部に斬りかかる。
音火は体を後ろへ引くことで、その攻撃をかわした。
しかし、里絵はすかさず音火に体を接近させ、足を引っ掛け、体全体を回すように動かし、バランスを崩させる。
「くっ!!」
音火は、バランスが崩れ、転倒することが避けられないと察知し、里絵が力をかけている方向へ、自らも力をかける。
音火の体はくるりと回るように簡単に地面に落ちた。だが、その瞬間に里絵に拘束されていた刀を、振りほどいた。
そして、自由になった刀で、音火はバランスを崩しながらも、里絵へ一閃、斬撃を繰り出した。
音火の攻撃はまっすぐ里絵へ……
交差する里絵と音火の斬撃……勝ったのは…………
次回 第10話 「イレギュラーからの手紙」