第六話 おばさん何変なこと言ってんの??
急な出来事に頭が回らないまま、張飛に引っ張られて伝言の人についていった。
ぼろい小屋だった。
中には見知らない瀕死のおばさんがいた。しかもおばさんは俺のことをよく知っているふうに色々話しかけてきた。
息子を見てやっと安心したのか、おばちゃんは間もなく息を引き取った。ここは仲良しの母子を演じるためにも、少しは涙を流してやるべきだったのだが、ある重大な事態に、俺は全然気を回してやれるほど冷静を保てなかった。
玄徳!? さっきおばさん、俺のことを玄徳と呼ばなかった!?
俺は自分の心境を隠すために屋外へ出た。
「優しいのね」
俺が扉から出たところを見て、張飛もついてきた。
暫く一人にさせてくれよ、もう!
って、言っても無駄か……こいつ話聞かないタイプだ。そして言葉を変な方向に誤解するタイプ。
「やっと分かった! 家に帰りたい原因。いい息子さんだね」
満面の笑みで言う。
「そんなつもりじゃない」
では一体どういうつもりだろう。自分もうまく説明できない。
「もうお母さんも亡くなったし、これで未練はないね」
空気読めよ? このタイミングで普通それ言う?
でも。
未練か……最初から未練などなかったけどね。俺が心配しているのはいつも未来のことだ。
道端の石の上に座り、頬杖をつきながら団扇をじっと見つめる。
玄徳。
三国で玄徳と呼ばれる人、俺の知る限りでは、一人しかいない。
即ち、劉備。
もし俺が劉備だったら、張飛がやけに絡んでくるのも説明が付く。
「あの、変なことを言うけど、あのおばさん、俺ぜんっぜん知らないよ」
「まあ、分かるよ。悲しいもんね! 忘れたほうがいいよ」
おめでたい頭だ。
「えへんっ」
張飛は咳ばらいし、改まった表情で俺に向き合った。
「大分遅れたけど、張飛張翼徳だ。さすれば、あなたの名もお聞かせ願おう」
「はぁー」
そう来たか。やはりそう来たか。
ここで劉備と名乗れば、何もかもが丸く収まるだろう。けど、俺自身が一番認識しているのが、俺は「あの人」じゃない。
だから素直に歴史の濁流に身を任せるなど、真っ平御免だ。