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Sな人  作者: 鏡野ゆう
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第一話

『良いお話なのよ絢音あやねさん。会うだけでもどうかしら』


 受話器越しに聴こえてくる伯母の声に溜め息が漏れる。先週末に伯母から分厚い封筒が送られてきたので嫌な予感はしていたのだけれど、やはり的中したようだ。


「伯母さん、私、まだ結婚なんて考えてないから。それにお見合いはもう……」

『それは分かってるんだけど、あちらのお宅も乗り気なのよ。同じ陸自の方だし紹介して下さった森永さんの顔を立てると思って、ね?』


 そこで直属ではないとは言え上官の名前を出してくるところがいやらしい。それをされたら断れないのを知っているくせに。更に大きな溜め息が出た。仕方がない、これも任務の内と諦めるしかないようだ。


「分かりました。会うだけですよ? 期待しないで下さいね」


 まだ封筒を開封すらしていないのに。


『ありがとう。じゃあ先方にもお返事しておくから。日にちが決まったら改めて連絡するわね』


 電話を切ってから再び溜め息をつく。


 この仕事について数ヶ月。やっと面白くなってきたと言うのにお見合いとか何の冗談かと思う。まあこの職場は相手を見つけるのは難しそうな環境だし同じ陸自の人間ならこちらの仕事にも理解はあるだろう。ただ見合いで一度酷い目に遭ったので当分は勘弁して欲しいというのが正直な気持ちだった。


 まだ学生の時分に一度、別の親戚からの強い勧めを断り切れずにお見合いをしたことがある。その時も今と同じでお付き合いする気が無くて申し訳ないのですがとお断りしたのだが、何故かお見合いした時点でお前は俺の物と相手が勘違いしてくれて、その後もやたらと接触しようとしてくるようになった。


 現在はその時に住んでいた所から引っ越したし携帯の番号も変えたので会うことも無くなったが、あれって某大型掲示板でよく出てくる“勘違い男”というやつだろうか?


 今ならとんだ笑い話だが、当時は正直言ってかなり参った。それ以来お見合いは御免こうむるとひたすら断り続けていたのだ。


 やれやれ困ったものだと思いながら冷蔵庫から缶ビールを取りだすと、それを手にやりかけていたジグゾーパズルの前に戻った。


「さてと……」


 情報分析官という仕事はこのパズルと似ている。ありとあらゆる場所から集まってくる情報というピースを然るべき場所に置いていくという単純作業の繰り返しだ。パズルと違うのは完成してそれで終わりではないということぐらいか。


「けどさすがに3000ピースは多かったかな……」


 たまの気晴らしにと買ってきたものだったが、仕事の合間に手掛けるにはいささか無理のあるものだったかなと少しだけ後悔した。



+++++



「三笠せんぱーい、これ頼まれてた東南アジア情勢の分ですぅ」


 松葉夕子ちゃんがUSBと束になったプリントを抱えて持ってきた。


「思ったより量が多くて時間がかかっちゃいました」


 てへぺろという表情をするがそんなことはない。あと二日はかかるんじゃないかと思っていたものだ。やはり彼女の処理能力は素晴らしい。こちらに来てもらって良かった。


「ありがとう、早くて助かった」

「えへへ、私、頑張りました」


 不思議ちゃんでたまにトンでもない事を引き起こすが私の可愛い高校時代の後輩だ。なので本来ならば階級付けで呼ばなければならない職場ではあったけれど、部内でだけという条件付きで先輩呼びを許している。


 その点ではこの情報部というのは新しく出来た部署で民間上がりの人間も多くいるせいか、規律が他の部署よりも若干緩い……いや、かなり緩いかもしれない。


「ところで、先輩、お見合いするって本当ですかぁ?」


 夕子ちゃんの言葉にガタンッと周囲で椅子やら何やらが動く音が一斉にした。動いたのは同じ部屋で仕事をしていた同僚達。全員が目を見開いてこっちを見ている。


 いや皆、人の事はいいからもっと真面目な事に反応しましょうよと心の中で突っ込みを入れた。


「なんだ、三笠女史、結婚するのか?」

「俺達を見捨てるのか?」

「野郎だけの職場なんてイヤだぁぁぁ」

「神は俺達を見捨てるのかあ!!」


 い、いや、そんな大袈裟な。それに仮に私がいなくなっても女性隊員はいるでしょう、現に目の前にいる夕子ちゃんとか。


 それといつの間にか定着してしまっているけれど女史という呼び名はなんなのか。彼等の方が私よりも遥かに年上でベテランだというのに。そんな呼び方を年上の男性陣にされると一気に老けこんだ気持ちになるから勘弁してほしい……いやもそれよりも。


「夕子ちゃん一体どこからそんな話を?」

「うちのお母さんが先輩のお母さんから聞いたって。やっと見合いする気になったわーって喜んでいたらしいですよー」


 やはり漏洩元はそこだったか。


「伯母がしつこいし、相手が森永一佐の紹介なんで無碍に断れないんですよ。もちろん結婚する気も無いのでお断り前提なんですが。つーか、皆、仕事して下さい仕事!」


 そう言ってビシッと指をさすと彼等は渋々といった顔をしてそれぞれの椅子に落ち着いた。


「うぇーい」

「んで、相手って誰?」


 しつこく食い下がる人間が約一名。霧島一尉。仕事でもなかなか粘り強く作業を続けることでは定評があるけれど、こんなところでまでその特技を発揮しないでほしい。


「霧島さん、あんたもですか」

「いや何となく興味が。女傑様のお相手が務まるような男なんていたかなあと」

「知りませんよ。送られてきた写真もまだ見てませんし」


 ああ、封筒そのままだったなあ。当日までに見ておかないと。


「それに、ここで迂闊に話したら皆して仕事ほっぽらかして相手のことを調べるに違いないですからね。知っていても教えませんよ。そう言う訳で夕子ちゃんも知ったとしても何も言わないように。特にここの人達には!」

「はぁーい」


 そして当日になるまで結局は写真を見ることなんてすっかり忘れていた訳なのだ。



+++++



「あ……」


 ホテルのラウンジでその事を思い出した。


「どうしたの?」

「相手の写真、それと釣書を見るのを忘れました」

「えぇ?!」

「今更ですけど問題無いですよね、すぐに会う訳ですし」


 伯母の驚いた顔をよそにのんびりと紅茶を一口。上司の顔を立てる為に来たお見合いなのだ、別に誰だろうと興味は無いのだから顔を知らなくても今更困りはしないだろう。


「釣書に関してはお決まりの事ぐらいしか書かれていないから良いとしても顔だけでも見ておくべきだったね」


 伯父が可笑しそうに笑う。


「もう、絢音さんったら。今日だって振り袖も着てくれないしちょっとガッカリよ私」

「ですから会うだけで期待しないで下さいって言ったじゃないですか。森永一佐の顔を立ててるだけです」


 ちょっとウンザリした口調になるのは仕方がない。制服で来なかっただけでもマシだと思って欲しい。相手が同じ陸上自衛官と知って真面目に出掛ける直前まで制服で来ようかと考えたのだから。


「ちゃんと余所行きの化粧と服装をしてきただけでも褒めて下さい、伯母さん。髪だってほら、ちゃんと年頃の女らしい髪型ってやつでしょ?」


 お断り前提なのにちゃんと前日に美容室に行ってカットまでしてもらったのだ、破格の扱いではないかと。


 そんな私にやれやれ困ったねと笑う伯父が誰かを見つけたのかさっと立ち上がった。そのキリッとした顔つきと直立不動の姿勢を見ると、普段は呑気にしている伯父も元は自衛官だった人なんだなあと改めて実感する。


「お待たせして申し訳ない。何かとややこしい部署でね」

「いえいえ、自分達も今来たところですから」


 相手の立会人さんも雰囲気からして背広組ではなく制服組の人間らしい。


 立ち上がるとわざとらしくない程度の微笑みを顔に貼りつけて相手を見た。猫被りだけは得意なのだ。


「げ……」


 顔を合わせた途端に思わず声が出た。その逆三角形の凶悪な目つきは見覚えがある。確かにこの人の釣書は見なくても問題なかったかもしれない、恐らく経歴に関しては白紙に近いものだった筈だから。


「ス、スペシャルお子様ランチ」

「あんた、喧嘩売ってんのか」


 第一声がこんなお見合いなんて前代未聞じゃなかろうか。





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