SはspecialのS?
「せんぱ~い、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが~」
食堂で松葉夕子ちゃんが声をかけてきた。
彼女はいわゆるパソコンオタクであり、その特性を見込まれて民間企業から陸自の情報部に引っ張られてきた少し変わった経歴の持ち主だ。霧島一尉が懇意にしているハッカーには及ばないが、なかなかの腕前である。但しちょっと不思議ちゃんなのが残念なのだが。
「どしたん? 分かることなら答えるよ」
夕子ちゃんは親子丼をテーブルに置くとよっこらせと俺の前の椅子に座った。
「えっとですね、他の人から聞いんですけど、今ここに特殊作戦群の人が来てるらしいんですよ」
「あー……あの人達のことは分かんないなあ、俺達でも殆ど顔を合わせることが無いから」
「いやいや、別にその人達のことを知りたいわけじゃなくてですね、その人達を差す名前が良く分かんないんですよね」
「ふむふむ」
実は夕子ちゃんの後ろにいるんだな、その人達。
普段は個人情報も秘匿されていて得体の知れない集団なのだが、今日はたまたま霧島一尉が話しているところを見かけたんだ。確か香取とか言ってたな。霧島一尉も元は“S”の人だったらしいという話もあるし、その前にはレンジャーにいたのだからあそこに知り合いがいても不思議ではない。
ただ、どうしてその彼が情報部に配属されてきたかは実のところ謎だ。訓練中に負傷したとか自分から希望したとか噂はされていたが真相は謎のまま。まあ上には上の考えがあるのだろうし霧島一尉が優秀な隊員であるならば別に謎は謎のままで構わないんだが。
「よく“S”って言ってますよね」
「そうだね、言ってるね」
うわあ……後ろの人、絶対に耳がダンボになってるよ。夕子ちゃん変なこと言い出さなければ良いんだけどなあ。こういう時に限って不思議ちゃんの本領を発揮するから油断できないよな、取り敢えず逃げる心づもりだけはしておこう。
「そのSって何の略なんですかね、やっぱりドSのSですかね」
何人かがご飯を噴き出した。おぉう、さすが夕子ちゃん、こちらの期待を裏切らないね。お兄さんは嬉しくて涙が出てくるよ。
「いやあ、どうなのかな。それとこれとは違うような気がするよ」
「そうですかあ、じゃあ何だろう?」
「ここはほら、やっぱりspecialのSじゃないかな」
「えー……」
いや、えーって。それが一番普通な答えでしょ? 違うの? ねえ違うの? なんか自信無くなってきたんだけど俺。
「スペシャルだと何だかスペシャルお子様ランチみたいで嫌ですぅ」
「嫌ですぅと言われても……」
うわ、こっち見た! Sの人こっち見てるよぉ! 死ぬ、絶対に死ぬよ、俺。俺、絶対に死んじゃうよ!!
「ちょっとそこの人、うちの大事な子を睨まないでくれます? せっかく民間から才能ある子を引き抜いてきたんですから辞められちゃったら困るわ」
神! 神が来たっ! 同じ情報部の分析官である三笠三尉。これで何があっても大丈夫だと思いたい。
「三笠せんぱーい、どう思います~?」
「そうねえ……ドSのSも捨てがたいわね。けど、よくS級ハッカーとか言うじゃない? だからやっぱりスペシャルなんじゃないかしら」
「なるほどぉ……S級の場合は確かにスペシャルって意味ですもんねえ……」
夕子ちゃんはちょっとガッカリだなあと言う顔をしてショボーンとしている。
まあそれは良いけど、そこのお二人さん、夕子ちゃん越しに睨み合うのはやめてくれないかなあ。火花散っていて怖いよ……。
「ま、この程度の事で腹を立てるようならスペシャルお子様ランチのSでも良いわよね。ね、原田君?」
お、俺に話を振らないで下さい……!!