第二話
「そちらの傘は3色あって、他に赤と黒があるんですよ」
綺麗な黒髪を後ろでまとめたその店員は、エクステをつけた長いまつげをパチパチさせながらそれらを開いてみせた。水色のものは紺色で、黒いものは白で細く縁取られ、赤いものは一色だった。
「特に、赤いものが人気ですよ」
店員は微笑みながら、赤いほうを開いたまま少し持ち上げて見せた。
「水色、ください」
相原日向子は、店員につられニコッと微笑みながら言った。店員は更に笑顔になり、サッと3つの傘をたたんだ。
「ありがとうございます」
そう言って日向子をレジに案内した。会計を済ませ振り返ると、
「赤も可愛かったのに」
岡本菜摘は、少し口を尖らせ冗談っぽく言った。彼女は、茶色の髪をゆるく巻き、黄色いシフォンのノースリーブのシャツに、青いデニムのタイトスカートを着ていて、そこから形の良い綺麗な脚に、紺色のスニーカーを履いていた。目が大きく鼻筋の通った綺麗な顔で、笑うと八重歯がみえる。
「水色も可愛いでしょ」
会計の時に値札を切り、すぐ使えるようにしてもらったその傘を、少し持ち上げながら、日向子は答えた。日向子の黒に近い茶色の髪は、まっすぐで、肩につくかつかないかくらいの長さ。前髪も後ろと同じくらい伸ばし、右側を耳にかけている。菜摘ほど大きくはないが二重で、少したれ目。鼻も高くはないが小さく、少し厚めだが小さい唇。本人は日本的な愛嬌のある顔だと思っている。紺色と白のボーダーのTシャツに、濃いデニムのスキニージーンズ、お尻が隠れるくらいの大きめの白いシャツをはおり赤いフラットシューズを履いていた。その答えに菜摘は、まあね、と八重歯をみせながら、出口の方を向いた。外は、粒の大きな雨が降っていた。まだ正午を過ぎた位の時間なのに、日が落ちたような暗さである。家を出た時は晴れてたのに。いきなり降り出した雨で新しい傘を買うはめになった。日向子は左手に持っている傘に目を落としたが、すぐに菜摘のあとをついて歩き始めた。
「昨日、夜勤忙しくてさー」
日向子と菜摘は、駅から少し歩いたところにあるカフェに入った。メニューを見ながら、菜摘は仕事の話を始めた。2人は看護師として大学病院の同じ病棟に勤務している。日向子は地元の、菜摘は東京のそれぞれ別の3年制の看護学校を卒業し、現在の職場に就職して、4年目になっていた。年齢が同じで同期ということや居心地の良さから、一緒にいることが多い。普段は、シフトで休みがあうことが少ないため、今日の様に休日が一緒のときは、買い物や食事に行きたくさんの話をするのがストレス発散になっていた。4年目ともなると、後輩に指導する機会も増え、中々楽しいだけではやっていけなくなる。あまりグチをいう方ではない菜摘も、最近はストレスが溜まるらしく、よく日向子に仕事の話をする。彼女も同じ様に共感することも、自分が話すこともあるので、全く苦ではなかった。
「少々お待ち下さい」
注文が決まる頃には、菜摘のいかに昨日の夜勤が忙しく、一緒だった元々菜摘の嫌いな先輩が、仕事もしないのに嫌味を散々言ってきた話は済み、日向子も怒ったり笑ったりしながら聞き、菜摘は満足そうな顔になっていた。2人はそれぞれパスタとプレートのランチを頼んだ。店員が席を離れると、突然菜摘が言った。
「てかさ、来週の土曜日夜勤明けだよね。夜、暇?」
日向子は、菜摘の目がキラキラ輝いているのをみて嫌な予感がした。急いで勤務表を確認し、菜摘と以外の予定があることの珍しいスケジュール帳を開いてみたが、菜摘の言うとおりだった。
「暇みたい。何かあるの?」
日向子がそう答えると、菜摘はニコニコしながら
「飲み会やるの!人足りないからさ、ひなちゃん来て欲しいなーー」
と言った。菜摘が日向子をひなちゃんと呼ぶのは頼み事がある時だけである。逃げられないな。
「いいよ、暇だし」
「本当!?助かる!結構いい人くるっぽいから・・・」
菜摘が飲み会の相手の職業やなんかを説明しているのを聞きながら、ふと外に目がいった。外が明るくなっていた。雲の間から青空が見える。しかし、雨は粒が小さくなったものの降り続けていた。天気雨。日向子は、菜摘の声がだんだんと遠くなっていくのを感じた。