8話
冒頭はプチ回想になります。分かりにくかったらすみません。
「止めなくてよろしかったのですか?」
天幕から出て行く二人を黙って見ていたエミールに、レイオールは問う。
「・・・私も、奴の戦う姿をもう一度見たいのかもしれないな」
「エリオ殿の・・・ですか?」
自嘲気味に笑うエミール。
エリオの同行に反対していながら、もう一度彼の戦いぶりを見たいという自分勝手な想い。
「ああ・・・。それにしても、随分簡単に信じたのだな?」
「一度だけですが、森で彼の驚異的な動きを見ましたので」
森と聞いて、エリオと出会った場所を思い出す。
追っ手の足元からエリオが現れなければ、自分は間違いなく死んでいただろう。
「戦闘があったのか?」
「いえ・・・。ただ、彼の動きが並では無いことは分かりました」
「そうか」
何があったか聞かないエミールに、レイオールは新たな問いをぶつける。
「この勝負、どう見ますか?」
「分からん。ニールは強い。戦闘力だけなら我が隊でも指折りの猛者だ。並の者では歯が立たないだろう・・・」
「勝つとは言わないのですか?」
からかう様な口調で問うレイオールに、エミールは憮然とした表情で答える。
「・・・あいつは感情的になりやすいからな」
「そうですか・・・。ぷっ、くくく・・・」
堪えきれずに笑い出すレイオール。
直情的な彼女が、"感情的になりやすい"と評するのが面白かったのだろうか。
エミールは顔を真っ赤にしている。
「わ、笑うな!」
「申し訳ありありません。しかし、ニールが相手で断言出来ないとは、かなりの相手ですね」
「・・・ふん。それに、やつの強さは我々騎士とは違う」
「騎士とは違う・・・?」
意味が分からず問いかけるレイオールを尻目に外へ向かうエミール
見てみれば分かる。彼女の背中はそう語っていた。
レイオールも彼女に続き天幕を出る。
外では、エリオとニールが既に距離を取り、剣を構えていた。
両者の準備を目で確認し、右手を掲げながら宣言する。
「それではこれより、エリオ殿対ニール・ロットンの試合を行う。相手の武器を打ち落とすか、寸止めまで追い詰めた方の勝ちだ」
エリオとニールが、互いに構える。
「それでは、始め!!」
合図と同時。
エリオは地面を強く蹴り、爆発的速度でニールに肉迫する。
「シッ!!」
速度の乗った切り上げが、ニールを襲う。
「っぐ!!」
エリオの切り上げをなんとか剣で受け流すニール。
持ち上げられた剣をそのまま振り下ろし、エリオを後退させる。
が、それでは止まらない。
「もう一度っ!!」
追撃をかけるべく再び地を蹴り、ニールの胴体目掛けて横薙ぎに振り切る。
速く鋭い打ち込みをなんとか剣で受け止めるが、勢いが強く、たまらず後退してしまう。
一瞬の出来事に、周りも騒然とする。
ニールはエミールも実力を認める猛者だ。
代々騎士を輩出してきた名家、ロットン家の嫡男であり、騎士選抜試験を僅か二十歳にして合格した経歴からも強さがわかる。
"天才"とは行かぬまでも、並の才能ではない。
そんなニールが、油断していたとは言え押されている事実に、レイオールや騎士隊の面々は驚きを隠せない。
「(出来るとは思っていたが、まさかここまでとは・・・)」
青年を見つめるレイオールの視線は、どこか険しい。
エミールも、彼らとは別の事に驚いていた。
彼女が見たエリオの戦い方とは真逆。
まるで騎士の様に正々堂々とした戦い方。
なのに、どこか歪だった。
「(この気持ち悪さは、なんなの?)」
言いようのない不快感が、エミールを苛んでいた。
「(くそっ!調子に乗りやがって!!)」
今しがたの攻防を振り返り、ニールは強く怒りを顕にしていた。
エリオの最初の一撃。続く二撃共、かなりの大振りだった。
通常ならあのような大振りの対処は難しくない。
剣を引きつけ、懐に潜りこめば勝ち。たったそれだけで済む。
だが、あの速度ではそれも不可能に近い。
なんとか防ぐことには成功したが、あまりの勢いにこちらの腕を持ち上げられてしまった。
破れかぶれの打ち下ろしもあっさり躱され、続く二撃目も防ぐことしか出来なかった。
初手から大振りなど、よっぽど自信があるのか、考えなしのどちらかだ。
そしてエリオは前者だろう。あのスピードに加え、勢いを乗せた斬撃には腕がシビレた。
そこまで考えて、ニールは気づく。
エリオの狙いは最初から、剣だったのでは無いかと。
それはニールのプライドを深く傷つけた。
あれ程の速度なら、もっと有効な攻撃手段があったはずだ。
しかし、エリオが取った行動はわざと防御させること。
それを自分に向かって実践した。ただの平民が騎士である自分にだ。
「貴様ぁ!!」
咆吼を上げながら、今度はニールが地を蹴り、エリオに襲いかかる。
エリオの様な爆発的な速度は無いが、十分に驚異的な速度で。
右上段から袈裟懸けを冷静に剣で受け流され、続く横薙ぎの一閃もあえなく防がれる。
普通なら冷静に攻めるべき場面だが、怒りに囚われたニールは止まらない。
袈裟懸け、横薙ぎ、斬り上げ、突き。
明らかなオーバーペースで攻撃を繰り出し続けるニール。
既にエリオが戦える事は十分に理解している。
本来なら試験は終了でも問題ない。
しかし、それではダメだ。
ロットン家の後継である自分が。
騎士隊の隊長になるべく生まれた自分が。
平民の男一人倒せないなど、あってはならない。
もっと速く。もっと強く。もっと鋭く。
鬼気迫るニールの攻撃をエリオは防ぎ続ける。
いつまでも続くかと思われた攻防だったが、終わりは唐突にやってきた。
度重なる攻撃が実を結んだのか、遂にエリオの防御を破り、体勢を崩させる事に成功する。
「(来た!!)」
体勢を崩したエリオへ、斜め上段からの切り下ろしで終わり。
勝ちを確信したニールの表情は、歓喜に満ちている。
しかし、それは次の瞬間、驚愕へと変わる。
エリオに叩きつけられるはずだった剣は、虚しく空を斬る。
体勢を崩していたエリオは、バックステップで距離を置く。
ニールの身体が流れた所を見計らい、すかさず地を蹴る。
誘われた。
そうニールが理解した時には、既に遅かった。
エリオの剣は彼の首に当てられる様にして止まっていた。
「そこまで!勝者、エリオ殿!!」
レイオールが告げる。
周りの者は今の出来ごとに唖然としていたが、徐々に正気を取り戻し、二人の健闘をたたえる拍手を送る。
エリオとニールが互いに武器を収め、レイオールに向き直る。
レイオールは二人の下へ歩みながら、エリオに視線を向け、健闘を称える。
「よくぞ戦い抜きましたな、エリオ殿」
「ありがとうございます。ニールさんも、ありがとうございました」
そう言ってエリオは、ニールに手を差し出す。
一瞬驚くニールだったが、すぐに不愉快そうな顔に戻る。
「・・・次は絶対に負けない」
そう強く言い残して、ニールはその場を去っていく
差し出した手のやり場に困り、エリオは思わず苦笑してしまう。
「は、はは・・・はぁ・・・。」
「うちの部下が失礼した。あいつの事は気にしないでくれるとありがたい」
ニールの背中を見るレイオールの眼差しは、温かみのある優しい色をしていた。
「・・・仕方なかったとはいえ、怒らせちゃいましたね」
「レイオールの言うとおり、あいつの事は気にしなくて構わん」
レイオールに遅れて、エミールもやって来る。
「なまじ実力がある分何とかなっているが、今のままでは成長できん。今回の事はいい薬になっただろう」
「へぇ~、部下の事良く見てるんだね」
「ふん。隊長として当然の義務だ!・・・私に似ているしな」
「・・・?」
最後の方が聞き取れなかったエリオ。
レイオールは聞き取れたのか、笑いをこらえる様に二人から視線を逸らしている。
「そ、そんなことより!以前見た貴様の戦い方と随分違うようだったが、何故だ?」
エミールが慌てた様に話題を変える。
「最初の二回。共に剣を狙っての攻撃だと思うが、なぜそんな回りくどい事をした?直接的な攻撃なら、もっと早く勝つことも可能だっただろう?」
「殺し合いならそれもありだと思うけど、これは試合でしょ?ニールさん強そうだったし、強引に攻めてどっちかが怪我することも無いかなって」
「なるほど。だから奴を怒らせて、攻撃を短調にさせたわけか。しかしそれでも危険な事にかわりないだろう?貴様が怪我する可能性も十分にあった」
「まぁパルスまでついて行くのは俺の我が儘でもあるし、怪我くらいは仕方ないかなって。騎士の人達の嫌がる気持ちも分かるしね」
「・・・そうか」
エミールはエリオから視線を逸らすが、すぐに戻す。
「それにしても、それだけ戦えるなら騎士にもなれそうなものだが、なぜ鍛冶師なのだ?」
エミールは気になっていたもう一つの事を尋ねる。
「鍛冶師が好きなのもあるけど、俺は魔術が使えないんだ」
「魔術が・・・使えない?」
エリオの返答に、訝しげな表情を向ける二人。
魔術とは、武器や防具に刻まれた"回路"と言われる特殊な文字に、各術式毎に必要なだけの魔力を通すことによって、"魔法に限りなく近い現象"をおこす物だ。
回路に魔力を通すには訓練が必要だが、"魔法"とは違い、誰にでも発動させる事が出来る"魔術"は、人間の主力兵器と言える。
「鍛冶師ならば、"鍛冶師学院"の卒業せいであろう?魔術発動の訓練は受けるはずだが・・・」
「訓練は受けたけどダメだったんだ」
あっけらかんと答えるエリオに、エミールは呆れる。
「・・・魔力が少ないと言う事か。それなら納得だな」
魔力とは、全ての生物が生まれながらに持っている力であり、その総量は死ぬまで変わることはない。
回路を刻んだ武具――魔装具を用いて戦闘する事が一般的である騎士において、魔力量の多さは重要な才能とも言える。
そのため騎士選抜試験では、魔力の総量も評価対象に入っており、魔力の少ない者は騎士になれない。
「例え魔力があっても、俺は鍛冶師になっていたと思うけどね」
そう言うエリオの目は、爛々と輝いてる。
この世界において、鍛冶師とは人気の高い特殊な職業だ。
それは魔術の発生源である回路を刻むことが出来る、唯一の職業だと言う事にほかならない。
各国は鍛冶師の育成に力を入れており、その一つが鍛冶師学院である。
鍛冶師学院の卒業生は、街の鍛冶師の店に弟子入りし、将来的には個人の店を持つのが主流だ。
特に優秀な生徒には、国からの援助を受けたり、領主お抱えの職人になるものなどもいる。
しかしこれは優秀な者のみの話であり、半数近くの鍛冶師が、個人の店を持てずに人生を終える
鍛冶師という存在が多い以上、必然的に競争率は高まり、力がない店などは自然と淘汰されていく。
そんな鍛冶師と比べ、騎士は遥かに待遇がいい。
末席とは言え、特権階級の仲間入りを果たせる。
騎士になれる素質を持ちながら他の職につくなど、人生を棒に振っていると言われてもおかしくない。
エミールもレイオールも理解出来ないでいたが、移動の準備があるため、話を切り上げる。
「話が長くなったな。レイオール、移動の準備を」
「ハッ!我が隊はこれよりパルスへ移動する!準備を急げ!!」
レイオールの指示を聞いた騎士たちが、せわしなく準備を進める。
準備を整えたエリオ達は、パルスの街へと向かう。
あいかわらず戦闘シーンって難しいですね。
※5/2改稿しました。