表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

<序>

 オスカは自分の部屋に入ると扉を閉め、じっと立ち尽くした。何も考えられなかった。これまでの彼の人生でこんなことは始めてだった。部屋の中は乱雑に荒れ果てていた。本が床にまき散らされ、食べかけのリンゴが転がっている。ベッドは整えられないまま、剣が上に載せられていた。いつもと同じ光景だった。しかし今は彼の心を物語るようだった。

 虚ろな瞳がテーブルにある見慣れぬものを捉えた。その瞬間、それがほのかに青く輝いているように見えた。オスカが瞬きし、我に返ると一冊の本が静かな部屋の中心にあった。見覚えがなかった。徐々に頬が紅潮して来るのを感じた彼は大股にテーブルに近付いた。勝手に部屋に入ってはならない、彼と周囲の協定は意味があってのことではない。ただ単に、お互いの信頼を計った取り決めだった。しかしそれも崩れ去った。いつもと同じように。

 本に手を触れるまでのわずかな間、オスカは誰がそれを持って来たのかも、何の目的があったのかも考えず、ただ虚ろな自分から引き戻された怒りをぶつける対象を求めていた。別になんでもよかった。自身を取り巻く雑多な感情、とりわけ大きなそれから逃れられるなら、さらに部屋を荒らすことも全く厭わなかっただろう。それでも指先は触れる寸前で止まった。引きちぎろうと飢える心にふとある考えが浮かんだ。この本は魔法の物かもしれない。表紙の青が不自然な程、目に焼き付くように感じた。躊躇した指先を戻し、考えるときの癖でわずかに傾げた視界に茶色の髪の毛が入った。

 指先で髪を梳きながら、じっと本を観察する。

 表紙は深い青で海の色に似ている。閉じられている頁はごく普通の白で、全体の大きさはオスカの持っている卑猥な本よりも大きいが、辞書よりは小さい。おかしな点はどこにも見受けられなかった。タイトルがないことと、彼のものではないことを除けば。

 こんなことを仕出かしそうな者の名を頭の中に思い浮かべる。両親は論外だ。父が部屋に入ることは永遠にないし、母が彼の部屋に無断で入ることもない。嫌がらせならば別だが。同じ理由で弟もない。とするとアンドレアだろうか? 彼女ならやりそうな悪戯のように思えた。オスカの表情が困惑したかのように歪み、そして引き締まった。彼女をどう扱えば良いか迷っている彼自身のように。彼は本を手に取ることを決意した。彼女に負けたように感じるのは嫌だ、という意識することのない理由で。

『真に泣きたい時に我慢するのは男のすべきことではない。』

「理由がないのに泣くのは馬鹿のすることだ。」

 オスカは誰が話しかけているのかを探すため、辺りを見回しながら反射的に答えた。床の本、食べかけのリンゴ、ベッドの剣、同じだ。誰もいない部屋の中で本に触れながら喋っている自分を除けば。

『私と会話したいのか、それともそうではないのか、私は知りたい。』

 今度は間違いなかった。誰もいないし、声は……聞こえなかった。彼は片手で耳を塞いでいた。しかし声は両耳から聞こえる。

『今度は両手で塞いで、鼻で触れたらどうだろう?』

「触れないという選択肢もある。」

『それで我慢するのか? 泣くのを、ずっと?』

 俺は我慢などしていない、表紙から手を離して一人、胸中で呟いた。

 静寂。

 自身の荒い息づかいと窓の外の練兵の掛声が聞こえる。静かな部屋に小鳥の囀りが届いた。

「何者だ?」

『自身を見つめる勇気は大切だ。無視するのと同じくらい大切だ。』

「質問に答えろ。お前は……何だ?」

『私がどのように存在しているか君は理解出来ないし、話せば長い物語になる。それよりも差し当たっては、約束して欲しい。なすべきことをなす、と。』

「どうやら得体のしれん化物らしいな。お前をこの部屋に持って来たのは誰だ?」

『約束してくれたら教えよう。その前にお前、お前というのは止めてもらいたい。私には”青の書”という名がある。』

「青の書? 妙な名前だな。化物はお前で丁度いいだろう。それより、なすべきことが何なのか解らないのに約束するのはフェアとは言えんな。」

『それが何なのか、私は知っている。しかし君ほどではない。なぜなら今、君の中で最も大きな部位を占めているのはそれだから。それから声に出して話すのは懸命とは言えない。馬鹿のようだぞ。心の中で言いたいことを思い浮かべてみたらどうだろう。』

 オスカは戸惑った。考えを内心でこねくり回すのは性に合わなかった。彼は行動の人だった。それに、確かに満たされてもいた。他のことを考えるのは困難だった。不可能とすら言えた。

『自尊心は時に君を律する為に働く。だがもっと大切なことがあるように思う。意識は作られたもので、固定されたものではない。自覚すれば瞬時に変えられる。つまり、正直になったらどうだろう。』

 オスカは省みた。俺は正直ではない? 自尊心を利用して真にすべきことから逃げている? 親しい人の死をいくら悼んでも蘇るわけではない。自分の為にしているだけだ。ハッ、馬鹿げている。

『若、そんなことをしていますと、皆に笑われますぞ。』

 両目を大きく広げて本を見た。皺を寄せて睨みつけた両眼の険はやがて晴れ、いつしか一粒の涙が流れ落ちた。自尊心に包まれた巨大な悲しみはもう待ってはくれなかった。小さく嗚咽を漏らしながら身を屈める。

『爺や……。』

 思い出が走馬灯のように奔流となってオスカを駆け抜けた。

ほとんどが小言を言われた時のことだ。もっとこうすれば、ああすれば、悔恨に身悶えした。

 それでも知っていた。彼は自身以上でも以下でもない。選択肢があっても見えていなかった。どうして選ぶことが出来るだろう。どうして優しくなることが出来るだろう。この感情は爺やではなく、爺やの思い出に根ざしたものだと知っていた。そして、この感情を忘れることはもうないだろう。再び彼に会うその日まで。

『落ち着いたかな?』

『ああ。』

『それは良かった。』

『醜態をさらすのは性に合わん。それが何ものであってもな。すまなかった。』

『そうか。』

 その”声”はどこか嬉しそうに思えた。

『君は約束を果たした。私も果たそう。しかし誰が私をここへ運んだか知っていたら、果たして君は謝ったかどうか。』

『どういう意味だ?』

『うすうす感づいているかも知れないが、持って来たのはアンドレアだ。』

「やっぱりか、あのくそアマ!」

 本から手を離して身を翻しながらオスカは本が作り出した爺やの言葉を思い出していた。彼にはこう聞こえた。

『若、そんなことをしていますと、自分に笑われますぞ』、と。


 アンドレアが行きそうな場所は心得ていた。彼女は自由奔放に振る舞っていたが、公式の身分はヘレネス家の人質だった。建前は。

 実際、領地を治められるのは彼女の力によることが大きい、と言う者もいて、オスカも同意見だった。領民に、主が誰か尋ねれば多くものは亡き父の名を出すだろう。少数の者が母の名を出しても可笑しくはない。彼の名を出す者は皆無だろう。そして領主は彼なのだ。そんなオスカにとって彼女はなくてはならない片腕だった。対外的な職務は彼女が見る。家政を見る片腕は失われた。疑いようもなく彼のせいで。

 廊下を大股にゆくオスカに使用人がお辞儀をし、衛兵が敬礼する。表面上は敬意をはらわれているように見えた。だが通り過ぎた後、失笑の声が漏れているのを彼の耳は聞き漏らさなかった。

 それもそのはずで皆がゆったりした長衣を着ているのに対して、彼は腰の位置で切りそろえられたチュニックを着て、ズボンを履いていた。細い革ベルトには中途半端な長さの剣が突っ込まれていた。完全に蛮族の姿だった。

 オスカに言わせればこの格好にも理由がある。長衣を着て馬に乗るのは上品かも知れない。幅広のベルトをし、大刀をさすのは格好が良いかも知れない。皆が言うには。

 彼は人が言うから無条件でそれに従うのが嫌いだった。長衣一つ取ってもそうだった。もし馬から落ちたら? 逃げる必要にかられたら? 走るのに邪魔だと思った。室内で敵に襲われたら? 天井や柱に剣がぶつかるかもしれない。皆が崖から飛び降りるから、自分もそうするのが嫌だった。そして自分の方がより良いと思っていた。これまでは。

 オスカは唇を噛んだ。

 城門の跳ね橋を渡りながら滅多にないことに彼は後ろを振り返った。初春の空に、館にある一本きりの尖塔の吹き流しが揺れていた。自分も皆と同じようにこの館のことを”城”と呼ぶべきだろうか?

 考えごとをまとめる為に、従者の持って来た手綱を断ると、歩き始める。イリス城下はそれなりの繁栄を保っているように思えた。他の地域に比べれば豊かだった。島の中央にあるという立地の良さと、先主の努力の成果だった。軒先に出ていた商店主がオスカに礼をした。子供達が彼を見て寄って来る。懐にあったリンゴを放り投げると、彼らは獲物の貧弱さに悪態をつきながら、それでも赤い果実を追っていった。オスカの口元に微笑が浮かんだ。子供達は職務を放って遊んでくれる彼に懐いていた。もしかしたら領主が誰か知っている者がいるかもしれない。

 城下を過ぎると春の自然がそこら中に息づいていた。黄色が目に眩しい花を手折ろうとして、はたと止まった。なぜこんなことをしなければならない。やめておいた方が無難だ。彼の中の何かが警告していた。

 新緑の街道を歩きながら、二つのことを思う。一つは自分のやり方が間違っていたのではないかという疑念。もう一つは本のこと。あれは魔法だった。だが、本があんなふうに話す魔法など聞いたことがない。あれはまるで人と話しているかのようだった。オスカの知っている魔法と言えば、火の玉を飛ばしたり、傷を治したり、航海がうまく行くように風を起こしたりするものだった。つまり、自然に起こることを発生させたり、促進させたりするもので、オスカの知らない秩序に縛られていた。だが、あの本は違う。まるで世界の中で独立しているかのようだった。今日は妙な日だ。今、深く自分の思考に没頭していることもそうだし、良く知っている声を聞き逃したこともそうだった。

 気がつくとオスカは田園風景のなかにいた。視界の端で立ち上がった人影が口に手を当てて何か叫んでいる。どうやらこっちへ来いと言っているらしい。自分を呼びつける者はそう多くはない。そして彼女はその内の一人だった。彼は落ち着かない気分になった。武者震いとでも言うのか、戦闘の時と似た気持ちになったが、体はリラックスしている。相反する状態に彼は混乱した。いつもと同じように。

「貴婦人のもとに来るのに花の一つも持って来ないなんて、間が抜けてるわね。」アンドレアは腰に両手を当ててまるで見下ろすかのように言った。

 周りの女達が一斉に笑い出した。

 オスカはアンドレアの声の響きに萎縮したが、瞬時に立ち直り反射的に思った。負けるわけにはいかない。どんな勝負で、何が勝ち負けを決めるかは思考の外だった。負ける訳にはいかない。

「それが貴婦人の姿なのか?」

 彼女は自分の姿を見下ろした。今やっと気づいた、という感じに。元は白かったであろうドレスの裾は膝までたくし上げられ、袖はまくり上げられている。泥があちこちに飛び、斑点になっていた。足は畑の中に突っ込まれている。両手が泥を払い落とそうと中空を彷徨ったが、すでに取り返しのつかぬ現状に諦めてだらりと落ちる、かのように思えたがすぐさま尊大に組まれた。

「女の価値は見かけじゃないわ。仕事よ。だから私はそうなの。」

 オスカはその理屈にもならない理屈にあきれた。女達が歓声を上げた。審判が自分の負けを告げていた。花をもって来るべきだったろうか。ありえないが。

「畑仕事はしなくていい。いつも言ってるだろう。」

「あら、土に触れるのも私の大事な職分よ。あなたもどう?」

「いや、遠慮しておく。」

 早く疑問を氷解させたかった。それに格好を笑われるようとも、彼は良いと思って仕立てていた。服を汚したくなかった。

「話がある。」

「仕事の? だったらここで聞くわ。」

 オスカは農婦達を見渡した。皆領主の前で神妙にしている、ように見える。しかし何がそんなに楽しいのか、忍び笑いを隠しきれていなかった。

「違う。」

「そう。だったらいい場所を知ってるの。ついて来て。」アンドレアは最初不安げに、それから明るく言った。


 樹上から見る景色は確かに絶景だった。

 遠くに館の尖塔が見える。守り、広げる為に働いている城下の家々が意外なほど小さかった。耕作地のあちこちで作業している民の姿が少なく見えた。

「ここからだといつもは見えないものが見えるわ。自分が誰のために、何故戦っているのか。」

 その口調は誇らしげにも、悲しげにも聞こえた。声の方へ向くと、彼女の横顔がそこにあった。オスカも認めない訳にはいかなかった。彼女は美しかった。宮廷のうわさ話が好きなご婦人方や延臣が評価するのは真新しいドレスや宝石類で着飾った彼女だったが、今は顔や手こそ洗ったとはいえ相変わらず泥だらけのドレスを着ている。化粧もしていない。それでも弧を描く眉や遠くを慈しむように見つめる瞳、すっきりとした鼻梁、そして何故か、何かに耐えるかのように結ばれた唇。

「どうしたの?」

 視線が絡み合った。オスカは思っていたよりも長く彼女を見つめていたことを知った。口をぽかんと空けて。彼は自分を殴りつけたくなった。女の顔に見とれるなんて。しかもよりによってアンドレアに! 内心の葛藤を彼女に知られたかわからない。しかしオスカはアンドレアの瞳に映った自分がまごまごしているのを発見した。こんな時はアンドレアが教えてくれたように……いや駄目だ。当の本人が目の前にいる。きっとばれるに違いない。

 二人はしばらく見つめ合った。

 そうしている間、オスカは不思議な経験をした。彼女の目が眇められると、何かに気づいてピタリと止まり、やがて大きく見開き始めた。自分と同じように。彼女を瞳に捉えていると、いい知れぬ安心感があった。彼女も同じように感じているのがわかった。それは生じた時から徐々に強まり、二人の間の空気が温くなるかのようだった。彼女の引き結ばれていた唇がほどけた。そして不安げに震え始めた。何かが起きようとしていた。彼は聞いて欲しいことが彼女と同じ位たくさんあった。しかし今言うべきことは一つだけだった。どんな言葉なのか知らなかった。だが、思いは一つだった。何故か”りゅう”の言葉を思い出した。空気が肺に入り、出て行った。何度もそうした。何故か言葉にならなかった。何かが邪魔をしていた。周囲の雑音や領民のことではなかった。自尊心でもなかった。そんなものはとうの昔に吹き飛んで行った。もっと大きな、自分や彼女の力ではどうしようもないもののように感じた。オスカは苛立った。正体がわからなかった。信じがたいことに、二人で過ごした時間が抗いようもなく負けるのに憤りを感じた。どうしてそう思うのか、本を持って来なかったことを後悔した。

「民はどうだ?」

 太い枝に腰掛けた二人は微妙な距離を保ったまま座っていた。

 そんなこと、いや、そんなに大切なことを聞くつもりはなかった。もっと私的なこと、いつでも聞け、そして聞けないことを言いたかった。しかし駄目だった。口を告いで出た言葉は誰にも打ち消せない。

 オスカは彼女が泣くのではないかと思った。そう見えた。そんな女ではないと知っているのにも関わずそう思った。だが、再び引き結ばれた唇以外は無表情な彼女は穏やかに言った。

「今年は春が遅かったわ。収穫が少なくなるかもしれない。」

 二人の間の温い空気は去って行った。代わりにもたらされたのは過ぎ去った冬を思い起こさせる厳しい現実だった。

 オスカは頷いた。収穫の多寡は気候のせいばかりではない。畑を耕す人影は女子供や年寄りばかりだった。戦える女や男達は徴兵され、死んだか、訓練をしている。乱世なのだ。

「わたしに聞きたいことがあるんじゃない?」

 アンドレアは静かで、そしてすでに答えを知っている表情をしていた。彼女はオスカの準備が整うのを待っていた。彼は難しい方から尋ねた。

「俺は間違っていたのかな。」

「何について?」彼女はその問いが意外そうだった。

「全てさ。つまり……俺のやり方、生き方、俺自身のありようみたいなものがさ。」

「難しい質問ね。」

 オスカはほっとした。自分でもうまく言えるか不安だったのだ。

「そして馬鹿な質問でもあるわ。」

 彼はその答えに、そして心底呆れた調子に始め呆然とし、次に腹が立った。自分としては、これ以上ない最優先の問題だった。それをあっさり馬鹿だと切り捨てられた。彼はアンドレアを睨みつけた。

「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。」彼女は枝の上で立ち上がった。オスカはびっくりした。危ない、そう言おうとする彼の頭上から次々と言葉が落ちて来た。

「あなたは何もわかってない。もしあなたが間違っていたとして、どうしてそれを他人が正せる? 私たちはそれについて助言をし、必要なら行動するわ。でも結局のところ、最終的に判断し、実行するのはあなたなのよ。まだあるわ。あなたの生き方は誰かに強制されたものじゃない。考え、試し、貫いて来たのは何故なの? 」

「それはそうした方が……。」

「ほら、見なさい。自然とわき上がる感情を止めておくことは出来ないわ。それなのに、あなたは皆に笑われるかもしれないからってだけでそれを押し込めておくの?」

「その感情のせいで爺やは死んだんだ!」彼は立ち上がった。泣きそうだった。

「ガフ爺は信念の人だったわ。どんなに嫌がられ、避けられてもあなたを諌めるのを止めなかった。どうしてだと思う? 彼にとってはそれが自然のことだったのよ。彼にはあなたが間違っているように思えた。皆と違うことを仕出かすから。ガフ爺は馬鹿じゃないわ。何故あなたがそんなことをするか知っていた。どうしてだと思う? あなたが自分と同じように、自然とそうするのを感じていたから。それは理解しているのと何も変わらないわ。」

 彼女は泣いていた。

「それなのに……。それなのにくだらない連中の陰口を信じるの? あなたに悪意があって死んだって信じるの? だからあなたは何もわかってない。きっとガフ爺は自分を傷つけるのが死ぬより辛かったはずよ。あなたから自分を奪う行為だから。それでもそうした。これから先、あなたが誰かに傷つけられるよりもいいと思った。」

「それでも俺は爺やにいて欲しかった。」

「私もよ。」

 二人は申し合わせたように座ると、抱き合った。


 樹から降りて来ると、下にいた子供達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。アンドレアに手を貸しながら、どうして彼らが逃げたのか、笑っているのかが分からなかった。やがて二人の子供が抱き合いながら泣く真似をした。オスカは目の前が真っ暗になった。種は蒔かれた。きっとねじ曲げられ、誇張された噂が領内を駈け巡るだろう。買収するには数が多すぎる。

「もう一つ聞きたいことがある。」

「ええ、何?」

 紅い顔をした彼女から目を離して尋ねた。

「あの青い表紙の本は何の真似だ?」

「本?」

 俯いていたアンドレアはまたもや意外そうに呟いた。

「私、本なんて知らないわよ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ