「プロローグ」
君は寡黙な僕の女王
長門逸美には感情が存在しない。
小さい頃からそうだった。他人を思いやる事が出来ない。
心がないから相手を想う事も出来ない。
生物的には何一つ必要の無い「感情」が存在しないのだ。
それを補うように、彼女は文武両道であった。
そして美しい。まるで人形のようだというものもいる。
その人形の中には、人として生きるなら必要な「もの」は存在しない。
生きている人形。肉人形。神様の肉奴隷。
あらゆる名前で、彼女は呼ばれていた。
ただ風景を写すだけのレンズであるその眼球。
生命維持を行うためだけに脈打つ心臓。
ただその時がきたから子を孕む準備を始める子宮。
全てが生物的な機能として発現しているに過ぎない。
・・・・・・いや。もしかしたら本来人間はこうであるべきではないだろうか。
人間だけではない。知的生命体はすべからくこうあるべきなのか。
人形のように、プレイヤーに操作される土地開拓ゲームの主人公のように
秩序的に、それでいて無意味に文明を築くだけの人形。
操り糸のない人形。
そうして、誰一人として意見する事もなく助言する事もなく彼女は高校へと進学した。
最近のアイドルのことも知ってはいるが誰が好きでどんな曲が好きなのかもなく。
最新のゲームの事を知っていても、展開や表現に心動かされることもなく。
ライトノベルや携帯小説のような、ありきたりな日常系恋愛小説を勧められても、
その心臓は、その心は動かない。動けない。
まるで液体窒素で心を氷漬けにされているような彼女。
そして、幼なじみの自分に対しても、それは同じだった。
何も感じることの無い。普通なら何らかの依存性や友好的な関係になっているのに。
彼女は何もなかった。それどころか、学年が進むごとに僕の存在を脳から忘却しつつある。
何も思えない哀れな女王。
絶対零度に眠る君の心が融けることは無い。それはきっと神が氷漬けにし、
永遠に融けないようにする為。一度与えた心を失わせてみた、神のイタズラであり気紛れなのだから。
そんな君に、僕は恋した。
君には恋と言う感情は無いだろう。感じることも無い。僕がどれだけ君に恋を告白しても
君は何か感情的なアクションを起こす事さえ出来ない。
でも、君は特に断る理由も無い。何故なら君に恋する男子は無数に居ても、君が恋する
人間はこの世にいないから。これからも君は何も思わず、感じずに生きていくのだろう。